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英雄王レオ・アウルム  作者: 轟十六夜
序章:第七王子レオ・アウルム
2/6

旅の始まり

「伯父上、お呼びになられましたか。」


 フォルティス王国北部に位置するセプテン地方の中でも最北の城塞都市に鎮座するオーディン城の執務室。

 整えられた髭をゆがませながら机の上の書面をにらんでいる壮年の男が目の前に立っている金髪の青年に書簡を渡した。


「レオ……。いや、レオ殿下。この書簡を。」

「伯父上?」


 このレオと呼ばれた金髪の青年こそが後の世に英雄王として歴史に名を刻むことになる若きひな鳥である。

 

 この時、およそ17の歳であった。

 

 オーディン城城主にしてセプテン地方を治めるオーネス候から手渡された書簡に目を通すと、レオの表情は困惑と義憤に満ちた。


「オーネス候!ここに書かれてあることは誠か!?」

「如何にも!この書状の捺印は王家の物に相違ありませぬ。」


 執務室に幾ばくかの沈黙が流れたのち、レオは書簡を机にたたきつけると執務室を出ようとする。


「殿下、どちらへ行くおつもりか!」

「無論王都である。このような物全くの大嘘だ!陛下が、父上がこのような言葉を遺すはずもない!」

「待たれよ。今王都へ行っても混乱の真っただ中。何が起きるかわかりませぬ。」

「だから私が行くのだろう!」


 レオは声を荒げるが、オーネス候は冷静に彼の碧き瞳を見据える。


「貴方は国王陛下の寵愛を特に受けておられた。そんな貴方がいま王宮へ行くのはあまりに危険でございます。」

「くっ。父の……亡骸を、拝むこともできない言うのですか……。」


 目頭を熱くするレオの無念をオーネス候にはただ静かに受け止めることしかできなかった。

 その時、執務室の扉が強く開かれた。


「急報!」

「!!何が起きた。」

「!殿下・・・。はっ。ストラナ台地にて練兵していたハンニバル殿下が周辺諸侯と合流し5万の兵でエニグマ殿下征討のため王都に向かったとのことです。」

「ハンニバル殿下が!……そうか。それならば安心であるな。」

「兄者が向かったのか。」


 レオは報せを受けてホッと胸をなでおろす。

 第一王子ハンニバル。

 知略と武力に長けた素晴らしき人物で国民からの信頼も厚く、みなが時期国王と信じて止まなかった人物である。

 何よりレオにとっては自身の母とハンニバルの母が実の姉妹ということもあり、幼少のころから慕っていたほどの人物だ。

 

「して、エニグマ殿下の兵力はどれほどか。」

「王都駐留軍及び宰相閣下の私兵をあわせて1万5千ほどであります。」

「うむ、ひと先ずはこの戦がどうなるか見届けねばなるまいか。」

「母を異にするとは言え、血を分けた兄弟が争うというのにジッとしていることしかできぬとは、歯がゆいものだな。」

「殿下……。」


 オーネス候にとってハンニバルはレオと同じく自身の甥である。レオにとって慕っていた兄が得体のしれないエニグマと対峙することの歯がゆさはオーネス候自身も感じていた。


「みなを集めよ。これからどうすべきか話し合う必要がある。」



 オーディン城の会議室に集められたのは、オーディン城守備兵隊隊長アルガン、かつて王国最強の大将軍として名をはせて、今はレオの世話役をしている老騎士グラン、オーネス候の長子にして一角協会にも属する聖騎士エルヴィン、そして第七王子レオ・アウルムである。


「さて、皆も知る通り昨日の朝方、国王陛下が崩御なされた。それと同時にエニグマ殿下によって陛下の遺言も布告された。我らがこれからどう動くか決めなければならぬ。」

「やはり、陛下の言葉とは到底思えませぬな。」


 グランの言葉に、オーネス候は神妙な面持ちをする中他の面々は首を縦に振る。

 グランは先々代国王の時代から王国の武を支えた武人であり、亡き国王の信頼が篤かった。

 そんな彼の言葉は他の誰にも出せない確かな重みがあった。


「グラン殿の言うとおりであります。閣下、やはり我らもハンニバル殿下と共に兵を挙げるべきなのでは。」

「うむ。確かにそなたの言う通りかもしれぬが、遺言のこともある……。」

 

 沈黙を遮る形でエルヴィンが書簡をオーネス候に渡した。 


「父上。先ほど協会から通達がありました。この度一角協会は完全中立の立場をとり、教徒各々の意思を尊重し民が苦しむことのないよう活動を続けるとのことです。」

「そうか。協会騎士団は我々のためには動かないという認識でよいのか?」

「ええ。騎士団が動くのは民が不利益を被るときのみ、基本王族間の争いには干渉しないというのが協会の意思です。」


 その言葉にレオは強く頷く。


「協会の理念は全くその通りである。我ら王族、いや貴族というのは民を守るもの……。このような内乱に時間をかけていたずらに民を苦しめるわけにはいかないのだ。」


 レオは一息つくと立ち上がり宣言した。


「もとより次期国王にふさわしいのはハンニバル兄である。なればこそ兄の旗下に入り、エニグマ兄、いや逆徒エニグマを討とうではないか。そして父の死の真相を確かめるのだ!」


 レオの言葉に出兵を悩んでいたオーネス候も決意を固め、オーネス侯とアルガンは挙兵のために城内を駆け回るのだった。


 しかし、レオのこの想いは翌日いざ出兵せしめんとした瞬間に打ち砕かれた。


 第一王子ハンニバル討ち死に報せを受けたのだ。


「ハンニバル兄が討ち死にだと!?しかも開戦1日でか!!」


 それは王国全土に衝撃が走る出来事であった。

 ハンニバル軍5万の兵に対してエニグマ軍はわずか1万。

 エニグマ軍は王都近郊の平野、ヴァレン平原にて陣を敷き、ハンニバル軍を向かい討ったのだという。

 後に一日戦争と歴史に名を刻まれることになるこの戦はハンニバル軍の壊滅とエニグマ軍のほぼ無傷の勝利で終わったのだ。

 

 ハンニバル軍の壊滅は王国民たちが抱いていた期待と希望を打ち砕くには十分すぎるほどのものであった。

 

 闇が、王国を包まんとしていた。


「カルマ!カルマはいるか!」

「レオ様。ここに。」


 レオの身の回りの世話をしている少年カルマ。

 城下町で盗人をしていたのを憲兵に見つかり、牢に入れられようとしていたところをレオに助けられて以来彼に忠誠を誓っている少年だ。


「伯父上と話がしたい。北門で待つと伝えてくれ。」

「かしこまりました。」


 オーネス候はわずかな護衛を連れてレオの待つ北門へ向かった。


「殿下。何用でありますか。」

「伯父上。昨晩決起したというのに恥ずかしい限りでありますが、今回出兵を取りやめていただきたい。」

「なんと!レオ、ハンニバル殿下の弔い合戦をしないと申すのか!?」

「伯父上!気持ちは痛いほどわかりますが、あの兄者が5万の兵を連れてエニグマの軍に敗れたのです!我らが今用意できる兵は3万ほど。周辺諸侯と合わせてもせいぜい5万です。正面からぶつかって勝てるるのでしょうか。」

「それは……。」

「エニグマの動きは色々怪しい。慎重に動かなくてはならないのです。」


 オーネス候はうなづき、側近の兵たちに出兵取りやめの報告をするように伝えた。


「して、レオよ。これからどうするというのか。この先は北の蛮族共の住まう土地ぞ。」

「承知しておりますとも。たしかに今や蛮族に支配されている土地ではありますが、遥か昔始祖王が初めて兵を挙げたのは北の雪原であると聞きます。」


 話を聞きつけたエルヴィンが白馬を駆りながらかけつけてレオの言葉に捕捉をする。


「そして、一角協会で伝わる予言にはこんなものがあります。『大陸が闇に覆われるとき、遥か北の大地より聖女がうぶ声をあげる』と。今がその時かはわかりませんが、北の大地へ行ってみる価値はあるかと。」

「そういうことです。伯父上。」


 オーネス候は整えられている髭をしきりにさわりながら唸る。


「う~む。しかし……。」

「そう心配なさるな。オーネス卿。」

「!グラン殿……。」

「殿下には私がついております。蛮族になど触れさせもしませぬ。」

「それに、レオ様が突っ走りそうになれば僕が止めてみせますよ。」

「カルマ……。そうだな。おぬしたちがついていれば万が一もあるまいか。」


 オーネス候はカルマ、グラン、エルヴィン、そして最後にレオの顔を見やると強く唇を震わせた。


「殿下、ご武運を祈ります。」


 それに応えるようにレオもまっすぐオーネス候の瞳を見据えて笑みを浮かべる。


「ああ!おぬしたちに第七王子レオ・アウルムとして最初の命を与える!」

 

 一瞬の静寂が流れた。


「俺が帰ってくるまで、決して死ぬな!どのような手を使ってでも生き延びてみせるのだ!」


 オーネス候とその護衛たちはレオの言葉に頭を垂れる。

 

 レオとその一行は翻り、北門をくぐる。

 門が閉まるまでの間、決して振り返ることなく、顔を見上げることもなく、ただ静かに道を進み、祈るのだった。


 後の世に英雄王レオ・アウルムとして詠われることになる彼の物語は、今この瞬間(とき)始まった。


 その覇道は決して楽な道ではない。

 彼が目指す地で待ち受けたるは雪原を支配せし蛮族たちの王だけにあらず。

 先々代国王の時代に起こったという北の大侵攻。

 撃退したのち、北の憂いを断つため30万の大軍でうち滅ぼさんと出兵し、これに失敗。

 北門の先に待ち受けるヴァルシア丘陵にて10万の兵が吹雪に斃れたのである。

 

 吹雪舞う呪われし地に今、レオは足を踏み入れた。

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