壊れる前の音
さて、動き出したはいいものの、この趣味を意図的に使うのは、あのリンプリザードを切り撮ったときのみだ。
切り取る条件や能力の詳細すら把握していない。
そして、先ほどは大して気にしていなかったが、この部屋はとてつもなく広い。
今は比較的固まって行動しているが、もし3体が警戒し、バラバラに行動し始めた瞬間、安全圏内からでは切り取れない可能性が出てくる。
つまり、1体からも認識されないように全員を画角に抑える、もしくは、姿を気づかれずに1体ずつ切り抜く必要がある、というわけだ。
加えて、一番の問題は対象が"やつ"らだということだ。
スカープライノーサウスは平均体長6m,体重3トンを誇る最上級の魔敵である。
おそらく、この部屋は壊されないように設計されているだろうが、僕はかすれただけで跡形もなくなるだろう。
幸いなことに現段階では、どの個体からも認識はされていない。
今できることとしては、どの個体からも気づかれないように趣味の能力を最大限試し、切り抜く条件を把握していくしかない。
ただ静かに覚悟を研ぎ澄ませ、僕はレンズを覗き込む。
この位置だと、1体の前足を含む半身くらいしか収まりきらない巨体だが――
…カシャッ。
…やっぱりだめか。
予想はついていたが、この趣味は対象の姿全体を収めなければ、切り抜くことができないのだ。
だって、写真を撮るとき、対象物を全部写真に入れてしまうだろう?
そういうところまで細かいのがこの趣味システムだ。
何も切り取られなかった代わりに、切り抜く条件と、そしてもう一つ、別の部分で成果を得た。
この部屋に入った扉のすぐ横にある別の部屋の中に、モーラボールがたくさんいることに気づいた。
それを見つけた瞬間、僕はこの指令の本当の目的を悟った。
それは、僕の趣味であるカメラの能力を引き出させること。
モーラボールはたとえ能力を使わずとも必死になれば倒せる程度の魔敵である。
つまり、今やるべきことはあのモーラボールを倒しまくって経験値を稼ぐことだ。
しかし、このカメラに写すと、倒した判定にならず、経験値が上がらないということを前回までに学んでいる。
だったら――
決意を固め、櫻良のいる扉の向こうに向かった。
そして櫻良がいる廊下に出たところで、先ほど気づいた隣の部屋について確認する。
しっかりと、廊下からの扉で繋がっている、ということと、部屋の上部がガラス製である、ということがわかった。
これがわかったところで、今回の作戦は全てが上手くいくと確信した。
「…櫻良、今からすぐ隣の部屋に入る。部屋の上が透ける作りになってるから、この廊下からでもカメラのフラッシュが見えると思う。
このフラッシュを合図にするから、これが見えたら回復料理を扉から入れてほしい。」
「な、なにをするの…?」
「経験値を稼ぎにいく。危ないかもしれないから、念のため、長時間扉を開いたり、顔を中に入れたりしないようにね。」
「わかった…!気を付けてね?」
「うん、ありがとう。」
そう言って、僕は自分に言い聞かせるように、
"やってやる"
そう思い、扉をくぐった。
モーラボールについて
"やわらかいボール"のような形状の魔敵です。
まあいわゆるスライムのような扱いの魔敵ですね。