白の裏は白。黒の裏は白?
初投稿です。
いろいろとツッコミどころは多いかと思いますが、遠目に薄目でやわらかマイルドな感じで読んで頂けたら幸いです。
ジャンルとかもだいぶ悩みました。
「母上。お呼びと聞き参りました」
母である王妃からの呼び出しがあったのはとある日の午後。
久しぶりに母の私室に入る。
執務室ではなく母の部屋への呼び出しということは個人的な用件だろう。
ここ最近では滅多にないことだから少しばかり緊張をしていた。
母は無言で自分の向かいのソファに座るよう促し、自ら紅茶を入れた。
つまりは本当に個人的に、ということだろう。
部屋には自分達しかいない。もっとも、部屋の外には護衛が控えているのだろうが。
無言のまま、紅茶を飲みながらそっと母の顔を窺い見る。
優雅に紅茶を飲む母はいつもと変わらないように見えるが、おそらくは静かに怒っているのだろう。
これはどう考えてもあの件だろう。
最近ずっと悩んでいることで、ちょうど母の意見も聞きたかったところだ。
「あの、母上」
そう思い口を開いたが、すぐに母に遮られる。
「アレク。あなたはなぜ、マリアと距離を置いているのですか。婚約して2年経ちますがずっと仲良くしていたでしょう?」
やはりその件か。
母の静かな口調。だが、眼差しはこちらを射抜くようだ。
怖い。いや、本当に怖い。
でも、ここはちゃんと話すべきだ。
「……不安、なのです」
母は片眉を上げるとそのまま目で先を促してきた。
慎重に言葉を選びながら続ける。
「マリアは素晴らしい女性です。でも、清廉潔白に過ぎるのではないかと思ったり、人を諫める強さに欠けると思ったりするころがあるのです」
「やはり、婚約者ですから、将来を見据えて、私ができない部分を補って欲しいし......私に似ているような女性では向いていないのではないかと思って」
自分はあまり強く人に物を言えない。清廉潔白、というほどではないだろうがそういうのを好む。
マリアと一緒にいることは心地よいが、自身の立場を考えるとそれで良いのか悩む。
「も……もちろん、清廉潔白が良くないということではありません。ですが、清濁併せもつような人物の方が私の伴侶には向いているのではないかと不安を感じています」
母の目力に押されながらなんとか紡いだ言葉に母は、はぁ、とため息をついた。
「だから、冤罪を他人にかけるような人物であれば良いのではないかと思ったのですか」
呆れたような目を向ける母の問いに自信なく頷く。
再び母のため息。
「……あなたは、自分に見える部分が真っ白であれば、それは裏も白いと思うのに、見える部分が真っ黒であれば裏側には白い部分があると思うのですか?」
どういうことだろうかと首を傾げると母は続ける。
「あなたが言っているのはそういうことです。マリアの清廉な部分を見て、裏も表もなく清廉な人だと思う。実際はどうか分からないのに。逆に、ナザレ侯爵令嬢の悪い部分を知っていて、彼女は清濁併せ呑む、と思っている。なぜです? マリアの時のように裏も表と同じだと思わないのはどうしてかしら?」
うっすらと母が言いたいことが分かった気がする。じわじわと自分の思い込みに気づいてきた。
裏まで黒かったらナザレ侯爵令嬢はただの悪い人だ。
「で……では、諫めることについてはどうでしょう。ナザレ侯爵令嬢が冤罪をかけて断罪しようとしているのに諫めることをしなかったのはなぜですか?」
母はおそらく、誰かから当時の様子について聞いているのだろう。
「しようと思えばできたでしょうね」
あっさりと母はそんなことを言う。
「ではなぜ」
「あなたがいたからでしょう」
質問に被せるように母から言われる。
「あなたがいて、それなのに何もしなかったから。だからマリアも何もしなかったのですよ」
「え?」
「あなたがあの場にいて、ナザレ侯爵令嬢が何をしようとしているのか、しているのかを見ていたにもかかわらず、あなたは何もしなかった。むしろ、迷っている姿勢が透けていたのでは。王太子という立場のあなたが現状を把握していながら何もしない、ということは、あなたがそれを許容していると思われても仕方のないこと。マリアはあなたの意思を汲んで何もしなかったのですよ」
「私は……」
「あなたが人を諫めることが得意でないことは知っています。威厳が足りないとよく注意されていることも。でも、悪いことをしていると分かっているのに何もしないのは、あなたの立場ではそれを許容しているのと同じことなのです」
頭がすーっと冷えていく感じがする。
自分のせいだ。立場をちゃんと分かっていなかった自分のせい。
苦手を言い訳にして、人のせいにした自分のせい。
せめて一言だけでも、注意するべきだったのだ。
どうしよう。どうすればいいのだろう。
心を見透かしたような母のため息が聞こえる。
「どうしたらいいのかはわかりますね?」
「まだ……まだ許してもらえるでしょうか」
不安のあまり涙目で母を見ると、母は片眉を上げる。
そうして立ち上がると後ろの棚を開けた。
「え」
そこにいたのは少し困った顔をしながらちょこんと座っているマリアで。
母に手を引かれて棚から出てくるマリアを呆然と見ていたが、ふと我にかえる。
言葉もまとまっていないがそのまま深く頭を下げた。
「本当に……本当にすまない!」
どんなに言葉を並べても、どこまで頭を下げても足りない気がする。
申し訳ないという気持ちのままそのまま下へ下へと頭を下げていく。
床に吸い込まれそうだな、と思って膝を折りかけたところで両側から腕を掴まれた。
「それ以上はなりません」
咄嗟に顔を上げると左側にはマリア。そして右側には母がいた。二人とも厳しい表情をしている。
やはり、自分はダメな人間だ。
自分がいずれ王になるかもしれないなんて吐き気がする。
思わず下を向いた。
「殿下に確認もせずに勝手にお気持ちを想像して何もしなかったこと、申し訳ありません」
マリアはそんなことを言う。
絶対マリアのせいじゃないのに。また目に涙が浮かんでくる。
零れ落ちそうになった瞬間、右の肩に手を乗せられる。
「あなたは一人ではないのよ」
母の声に、なんとか涙を引っ込めて顔を上げる。
「私たちはまだ八歳になったばかりですよ。たくさん失敗もします」
そうマリアに言われる。確かに二人ともこの前八歳になったばかりだ。
「そう。まだ取り返せます。お互いを補い合い、成人まで共に頑張りなさいな」
母は笑みを浮かべると頭をくしゃくしゃと撫でまわしてくる。
「あ......やめてください! もう小さな子どもではないのです!」
あわあわと頭を押さえて抗議すると母は声を上げて笑った。
「八歳なんてまだまだ子どもですよ。たくさん悩んでたくさん経験しなさい。支え合うことも、困ったことがあったら相談するのは、大人になっても必要なことです」
目線を合わせてくれる母を見る。そうして、恐る恐るマリアの方を見る。
マリアもこちらを見て笑ってくれている。
母に視線を戻して頷く。
「はい。……これからもよろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
頭を下げながら横目でマリアを見ると一緒に頭を下げてくれている。
自分は愚かだ。王太子であることも不安なのに、完璧な王になれる器だとは思えない。
でも自分は一人ではない。一緒にいてくれる人が、確かにいる。
大切な人と笑って過ごせる日々がずっと続きますように。そっと願った。