97話:心の中の魔術師
レンデは静かにリビングのソファに腰掛け、目を閉じて深い呼吸を繰り返していた。彼の心の奥底には、2年半前の黒い魔術師の影が色濃く残っていた。あの魔術師が、ルーメリア王国を動かし、リーヴァルト王国に情報を流していたスパイであることは、もはや疑いの余地がない。彼がリーヴァルト王国軍の侵攻を手助けし、戦場での騎士団の突撃を阻止することで、戦争の趨勢をコントロールしていたのだろう。
その黒い魔術師の言動からすると、死んでいく人の魂を集めて黒いオーブの力として吸収していたと推測される。戦争の原因を作り、ルーメリア王国を引き裂いたのも、あの魔術師の仕業に違いない。
レンデはふと、自身の家族について考え始めた。彼の兄はどうしているのだろうか。レンデ自身が初級魔法学校の1年次から4年次まで出来損ないだった頃、家に帰ると兄はいつも彼を見下すような目で見ていた。兄は騎士団として戦場に出ていたのだろうか。そして、フォン・クライン家のエリスの兄、アレクサンダーは王城にいるのだろうか?もしそうなら、当主のアルフレッド・フォン・クライン様に相談し、レンデの兄が今どうなっているのか探してもらえるかもしれない。兄は、小さい頃は優しかったのに…と、レンデは思いを巡らせた。
レンデは、自分の内面で渦巻く疑念と葛藤に思いを馳せていた。心の中で、ルーメリアをこんなにボロボロにして逃げた黒い魔術師への憎しみが沸き上がる一方で、それをどうすればよいのか、どのように向き合うべきかが分からなかった。
あの黒い魔術師が引き起こした破壊と混乱は計り知れない。彼がリーヴァルト王国と手を組み、ルーメリアを手玉に取った結果、何もかもが変わってしまった。レンデはその黒い魔術師を直接的に討つべきなのか、それともリーヴァルト王国そのものに立ち向かうべきなのか、答えを見出せずにいた。彼の心は深い迷いに包まれていた。
「これは復讐なのか?」レンデは自問自答しながら考えた。「誰のために、何のために戦うのか?」自分が復讐のために動くのか、それとも正義を追求するのか、その境界線が曖昧であった。彼の心は、敵を打倒することで得られる満足感と、真の目的が一致するかどうかに対する不安で揺れていた。
黒い魔術師に対する個人的な感情もある一方で、レンデはその背景にあるリーヴァルト王国の策略や戦争の真実を理解する必要があると感じていた。彼の目的が復讐だけで終わってしまうのではなく、より大きな意義を持つものであってほしいと願っていた。彼は、自分が立ち向かうことで何を守り、何を成し遂げたいのか、その理由を明確にする必要があった。
その思考の中で、ヘルミオの声が再びレンデの頭の中に響いた。
「レンデ、お前がRANK6に到達したことは素晴らしい成果だが、一人でリーヴァルト王国に踏み込むようなことはするんじゃないぞ。そんなことができるのは、RANK7になるかさらにその先の力必要じゃ。とくに、ここから先の道のりは非常に険しい。」ヘルミオの声がレンデの頭の中に響く。
「RANK7に到達するためには、単にマナの量が増えるだけでは不十分だ。お前のマナ量が4倍になることが必要で、それには時間と非常に高い資質が要求される。」
レンデは静かに頷きながら、ヘルミオの話に耳を傾けた。「つまり、RANK6の中でもさらに差があるということですね。」
「その通りだ。」ヘルミオが続ける。「RANK6の魔術師の間でも、個々の実力の差は大きい。エリートクラスと呼ばれる者たちの中にも、RANK7に手の届くところまで来て、そこで諦めた者たちが多いのは、そのためだ。RANK6に達するまでにはかなりの努力が必要だが、RANK7に達するためには、それに加えてマナの量を飛躍的に増やし、心身を完全に高める必要がある。これが難しい理由は、単に物理的な限界を超えるだけでなく、精神的な成長も含まれているからだ。」
レンデは深く息を吸い込み、ヘルミオの言葉を噛みしめるようにしていた。「それでは、私がこれ以上成長するためには、どうすればいいのでしょうか?」
「お前が直面している問題は、その成長の壁を突破するためにはただの努力だけでは足りないということだ。」ヘルミオが答えた。「お前は私の経験から多くを学び、急速に成長してきたが、RANK7の境界を越えるためには、もっと深い理解と独自の進化が必要だ。それにはお前自身が新たな魔法や思考方法を発見し、既存の限界を超えるような方法を見つけ出さなければならない。」
そのとき、部屋のドアが静かに開き、エリスが姿を現した。彼女はレンデがいつもどこかで独り言をつぶやいているように見えたので、心配していた。彼女はレンデに向かって、少し躊躇しながらも声をかけた。
「レンデ、最近、あなたが何かと話しているように見えることがありますが、実際に何を話しているの?もしかして、誰かと話しているのですか?」
レンデは少し驚いたように顔を上げた。
エリスは興味津々で、さらに質問を続けた。「それで、私たちが2年半前に塔で出会った黒い魔術師が、私たちを見て『3人だ』と言ったことが気になっています。レンデを指さして『2人だ』と言ったことも、どういう意味だったのか教えてもらえますか?」
レンデはリビングの静かな空気の中で、エリスに向き直り、深く息を吐いた。彼はこれまでの沈黙と不安を打破するために、心を決める必要があった。エリスの質問に答えるために、彼は自分の心の奥底に潜む真実を語る決意をした。