5話:政争と死
ルーメリア王国の王宮内、広々とした図書室には静寂が漂っていた。古びた木製の棚には、古代の書物や魔法書が整然と並び、ヘルミオ・カスティウスは一冊の書物に集中していた。彼の白髪とひげは年月を感じさせ、目尻には深いシワが刻まれているが、その表情には依然として温かさが宿っていた。
「ヘルミオ様、お茶をお持ちしました。」メイドのエリザが静かに声をかけ、温かい紅茶のトレイをテーブルに置いた。彼女の目には、王宮内の緊張感を気にかける優しさがあった。
「ありがとう、エリザ。」ヘルミオは微笑み、紅茶のカップを手に取った。王宮の空気がどこか重く感じられる中、彼は平穏な一時を過ごしていた。しかし、心の中には政争の影が忍び寄っていた。
午後のひととき、ヘルミオは王子アランの私室を訪れていた。アラン王子は、父である国王の健康が不安定なため、王位継承に関する議論が加熱している状況に悩んでいた。部屋には緊張感が漂い、アランはヘルミオに不安を打ち明けていた。
「ヘルミオ様、私にはどうすれば良いのか分からない。」アランは焦燥感を隠せず、机の上に置かれた書類を手で弄りながら言った。「私の提案が本当に国のためになるのか、不安でたまらない。」
ヘルミオは静かに彼を見守りながら、言葉を選んで返答した。「アラン、今は冷静さが重要だ。君が真摯に国を思い、民を思う気持ちが何より大切だ。しかし、決して独断で動かず、周囲の意見も尊重することが必要だ。」
アランは深くうなずき、彼の言葉に少しだけ安堵の表情を見せた。「ありがとうございます、ヘルミオ様。私もできる限り、正しい選択をしようと思います。」
王子との会話を終えたヘルミオは、王宮内の静けさを守ろうと決意し、図書室に戻るつもりであった。しかし、その途中で突然の危機が襲った。廊下を急ぎ足で歩いていると、武装した兵士たちが現れ、冷徹な表情で彼を取り囲んだ。
「これは一体…?」ヘルミオが呟く間もなく、兵士たちは彼を取り囲んだ。彼らの中には、影のような存在も混じっており、その異様さが事の重大さを物語っていた。
「おとなしくしろ、ヘルミオ・カスティウス。」兵士の一人が冷たい声で言い放った。「あなたの役目はここまでだ。」
ヘルミオは一瞬ためらったが、敵意を持った兵士たちに囲まれている以上、反抗の余地はなかった。彼の目には焦燥の色が浮かんでいたが、その身体は従順に手足を拘束されていった。
強引に手足を縛られ、動きを封じられたヘルミオが冷たい石の床に膝をついたとき、扉が音を立てて開き、第3王妃の側近が姿を現した。彼の目には冷酷な光が宿り、ヘルミオの姿を見るとその口元に不敵な笑みを浮かべた。
「おや、まさかこんなところでお目にかかるとはね。」側近が冷たく言った。「第3王妃の命令で、あなたを排除するつもりよ。」
ヘルミオの心は急速に冷え込み、絶望感が押し寄せた。彼はすぐにその理由を理解した。第3王妃の勢力は、彼がアラン王子と密談を行っていたことを知り、彼が第1王子に加担することを決めたと認識したのだ。これにより、ヘルミオは第3王妃にとっての脅威と見なされ、排除されることになったのである。
「第3王妃が…私を…排除する理由は…」ヘルミオはかろうじて声を絞り出しながら、深い悲しみに沈んでいた。彼は、自分の意志とは無関係に、政治的陰謀の犠牲になろうとしていた。
その瞬間、背中に鋭い痛みが走った。短剣が彼の背中に深く突き刺さり、痛みとともに体が一瞬で硬直し、息が詰まるような感覚が襲ってきた。ヘルミオの身体が震え、倒れるように床に崩れ落ちた。
目の前が暗転し、意識が朦朧とする中、ヘルミオは無理に視線を上げた。そこには、第1王子アランが恐怖と驚愕の表情で立っていた。王子は目を見開き、体を震わせながらヘルミオを見つめていた。彼の顔には苦悩と無力感が浮かんでいた。
「第1王子…。」ヘルミオはか細い声で呟いた。その手を伸ばし、王子の手をぎゅっと握った。彼の目には深い悲しみが宿っていた。
「ごめん、私が…」ヘルミオは言葉を続けようとしたが、力が尽きてしまった。彼の手の力が次第に弱まり、視界がさらに暗くなっていった。
王子アランはただただ呆然と立ち尽くし、涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。その周囲には、第3王妃の冷酷な側近たちの冷たい視線が交錯し、王宮内の緊張が一層高まっていった。
ヘルミオの息が次第に途切れていく中で、彼は最後の力を振り絞って、王子に微笑みかけようとした。しかし、その微笑みは虚しくも消え、彼の目はゆっくりと閉じられていった。
ルーメリア王国の王宮内で、偉大な魔法使いの命が散り、国の運命はさらに不確かになった。その死は、王国に深い悲しみと混乱をもたらし、未来の光が失われたような暗い夜が訪れた。