183話:金貨の行方と慎重な選択
レンデとリュウの2人は解体所から戻り、馴染みの酒場に入った。いつもなら賑やかなフロアの一角を陣取るが、今回は額が額だ。分配を大っぴらにすれば、他の客に目を付けられる可能性が高い。マークもその点を心得ていたらしく、事前に仕切られた半個室を予約していた。
「さすが、用意がいいな」とリュウが感心するように呟き、4人が席に揃った。
1360枚の金貨が、順番に目の前に並べられた。数を確認し、4人で一人分ずつに分けていく。金貨340枚がそれぞれの手に渡るたび、その重みと実感が湧いてくる。
「こりゃ、驚きだな…」とレンデが思わずつぶやいた。
貴族の家庭教師や騎士団務めなど普通の務め仕事なら、金貨4枚もあれば十分な実入りだ。しかし、今回の分配額は桁外れだった。金貨340枚。これだけの額を、一度に手に入れることなど滅多にない。
マークはガッツポーズをして満面の笑みを浮かべている。「やったな!」と声を抑えつつも喜びを隠せない。ジェシカも冷静に見えながら、にやけた表情が隠せていない。彼女もまた、この成果に満足しているのだろう。
「まさかこんなに稼げるとは思わなかったよ。それに、さすがリュウの交渉力だ」とレンデが言うと、リュウはニヤリと微笑んで軽く肩をすくめた。
「まあ、あの解体所にはよくお世話になってるからな。少しは顔も効くってもんさ。それに、数が揃ってりゃ向こうも喜ぶ」
「これでしばらくは安泰だな」とマークが満足げに言い、テーブルを軽く叩いた。
「それにしても、これだけの額を持ってると、逆に目立って危険だな」とジェシカが真剣な顔で言い出す。
「その通りだ。金貨は安全な場所に隠すなり、使い道を考えないと。誰に狙われるか分からない」とリュウも同意する。
「しばらくは静かに過ごした方がいいかもな。派手な動きは避けるべきだ」とレンデも頷く。
一瞬、4人に静寂が訪れた。金貨を手にして喜びつつも、彼らは自分たちがどれだけ危険な立場にいるのかを再確認した。冒険者としての成果は大きいが、それは同時に多くの目を引き寄せるリスクでもある。
金貨を手に入れた後、4人は再び装備についての話題に戻った。マークが最も興奮しており、金貨を目の前にして新しい装備の可能性に胸を膨らませている。
「そろそろ、普通のロングソードも卒業していい頃かもな!アダマンティウム製の剣とか、ヴァラカイトの装備に手を出してみるのもありじゃないか?」と、マークはワクワクした様子で言った。
アダマンティウムやヴァラカイトはこの世界で最も希少で強力な金属の一つ。戦士にとっては憧れの装備であり、マークの気持ちは理解できる。
だが、リュウは冷静な目でマークを見つめ、皆に向かってゆっくりと諭すように口を開いた。
「マーク、浮かれすぎだ。確かに装備を新調するのはいいけど、あまり派手にやるのはやめた方がいいわ。周りの目もあるし、妬まれないようにしないと」
彼女の口調は冷静で落ち着いており、4人の中では最も理性的なリーダーとしての風格を漂わせていた。彼女が続ける。
「見た目が変わらない上位クラスの防具だってあるし、剣も鞘はそのままで、中身だけ上位のものに変える方法もあるわ。いかにも高級な装備を見せびらかす必要はないの」
マークが少し顔をしかめたが、リュウは優しく微笑んで続けた。「金の使い方には気をつけなさい。周りがどう思うかも大事よ。それに、見た目よりも実用的な装備がたくさんあるの。服の下に身代わり護符を隠しておけば、命を守るための大事な保険になるし、身体能力を向上させるアンクレットだってある。派手じゃないけど、効果は絶大よ」
ジェシカも頷きながら、静かにリュウの言葉を聞いていた。彼女も、無駄に目立つことを好まないタイプだ。
「そうね、私もリュウの意見に賛成だわ。派手に見える装備よりも、隠された力を持つものが実用的だし、周りに気づかれにくい方が安心できるわよね」
レンデは、リュウの言葉に納得しつつも、軽く笑って言った。「確かに俺たち、金を稼ぐのはいいけど、無駄に命を危険にさらしたくはないよな。リュウ、さすがだ」
リュウはその言葉に、少し控えめな微笑みを浮かべた。「みんな、戦いはこれからも続く。だからこそ、慎重に考えて、賢く使っていきましょう」
マークは少し不満げだったが、リュウの言葉に説得されてうなずく。「わかったよ、リュウ。慎重に装備を考えてみるよ。アダマンティウムの剣は、しばらく夢にしておく」
「まあ、今夜は祝おう」とマークが突然明るい声で言い、皆を和ませた。
「それもそうだな」とジェシカが微笑み、リュウも笑ってうなずく。
4人は、静かに乾杯のための酒を注文し、金貨の重みを一旦脇に置いて、今夜だけは無事に帰れた喜びを共有した。