180話:スタッグ(大鹿)を追う
森に向かう道中、レンデたちは麦畑の景色を楽しんでいた。黄金色の麦が穂を揺らし、太陽の光を受けてまるで波のように広がっている。風が吹くたびに、心地よい音を立て、まるで自然の歌声が聞こえてくるかのようだった。
「あと少しで森だな」とリュウが呟いた。周囲の静けさに包まれ、彼らは息を潜め、心を落ち着けた。
森に入ると、まるで別世界が広がっていた。木々が高くそびえ、柔らかな緑の葉が日差しを遮り、地面には厚い落ち葉が敷き詰められている。隠蔽の魔法が施されると、どんな音も消え、枝を踏む音すらも隠される。彼らは静かに歩を進め、緊張感が高まった。
(見えた、スタッグだ)とレンデが小さく指を指した。目の前には、大きな角を持つスタッグが9頭、静かに草を食んでいる。これが狙いの獲物だ。全員の目が真剣になり、動作を確認する。
レンデは手を挙げて合図した。全員の隠蔽を解除する。瞬間、スタッグたちはその敏感な耳で微かな音を感じ取り、顔を上げて警戒の姿勢を取る。
急に前と後ろに何かが現れたことで、逃げる方向に迷っている今がチャンスだ。
ジェシカが風魔法を発動させた。「ブリザードバインド!」風が集まり、スタッグの動きを抑える魔法がかかる。スタッグは驚いて身動きを取れなくなった。
(いくぞ!)レンデは心の中で叫び、すぐさま氷魔法を発動させた。「螺旋氷槍!」細い氷の槍が次々にスタッグに向かって飛び、ジェシカが抑えている3頭の心臓を、的確に貫く。
弓矢のように飛び交う氷の槍が、スタッグたちの体に突き刺さり、彼らは一瞬のうちに倒れた。静かな森の中に、勝利の高揚感が広がっていく。レンデたちはその瞬間をしっかりと噛みしめた。
抑えていなかった残りの6頭は飛び跳ねて逃げていったが、1回で3頭も獲れれば良いだろう。
あとはこれを繰り返せば、良い稼ぎになる。なんたって、スタッグを狩るのはこの警戒心の高さから難易度が高く、市場に出回る素材の個数は多くないのだ。
スタッグが倒れた場所で、レンデはすぐに動き出した。狩りの後始末は重要な工程だ。まず、血抜きを行うための小さな穴を掘ることにした。
レンデは、木の根元から少し離れた場所を選び、手を前にかざして魔力を集中させる。「土の精よ、我が力を貸せ」と呟きながら、土魔法を発動させた。周囲の土がゆっくりと浮き上がり、直径20センチほどの小さな穴が出来上がっていく。彼は魔法の力を調整し、穴の深さを約15センチに整えた。
「これでいいだろう」とレンデは確認し、スタッグを横たえた。仲間たちもそれぞれの役割を果たしながら、倒した獲物の側に集まる。
マークがスタッグの位置を調整して、レンデはスタッグの首にナイフを当てる。鋭い刃が肉を切り裂く瞬間、流れ出る血が穴に注がれていく。血が地面に流れ出すと、周囲に独特の鉄の匂いが漂ってきた。
「すごい量だな」とリュウが呟く。スタッグの体は大きく、その分血も多い。レンデは、血が流れ続けるのを待ちながら、心の中で「無駄にはしたくない」と思っていた。
血抜きが終わるまでの間、ジェシカは周囲を警戒しながら、森の静寂に耳を澄ませていた。スタッグの体が心なしか軽くなっていくのを感じながら、レンデは仲間たちに目を向け、「みんな、準備はいいか?」と声をかける。
「もうすぐだ、急ごう」とマークが応じ、リュウも頷く。3頭のスタッグの血抜きが終わると、レンデはナイフを鞘に戻し、周囲を確認した後、穴を埋めた。
「これで大丈夫だ、次の獲物を探そう」とレンデが空間収納に3頭分のスタッグを入れ終わると、彼らは新たな狩りに向けて再び森の奥へと進んでいった。