166話:ジェシカの助言
レンデは、アースベアとの戦いの余韻が心に残っていた。目の前に広がる静かな森が、一瞬で消え去った緊張感とは対照的に、彼の心にはまだざわめきがあった。
「もっと力を引き出さなければならない…」レンデは心の中で繰り返し呟いた。体力的には無事だが、精神的には落ち込んでいる自分に気づいていた。力が足りないわけではない、そう思いたかったが、事実は一発でアースベアを仕留めきれなかった。何かが足りない。もっと大きな力、一瞬で圧倒できる力が必要だ。
ふと、頭の中にヘルミオの声が響いた。「お前の魔法は確かに成長している。しかし、力は無限ではない。より短い詠唱で大きな魔力を引き出すには、イメージがすべてだ。炎の爆発、氷の壁、拳の如き圧倒的な力…お前の心に描け。だが、書庫にある奥義がなければ、その先へは進めん。」
「王都の書庫…」レンデはその言葉に反応した。確かに、奥義とも言える魔法がそこにあると聞いたことがある。しかし、そこにアクセスするには特別な権限が必要だ。自分にはその権限がない。どうすればいいのか、頭の中で方法を探りながらも、答えが見つからなかった。
「悩んでいても仕方がない、今できることをするんだ。」レンデは気を取り直し、イメージトレーニングを始めた。目を閉じ、炎が渦巻くような爆発、氷の壁が空を切り裂くように立ち上がる情景を、彼は鮮明に描いた。拳のように固く、足のように重く、圧倒的な力を思い浮かべ、さらにそれを瞬時に放つことを想像する。
「もっと…もっと強く…!」
彼の内なる声が、力を引き出そうとするたびに熱を帯びていった。
レンデが黙々とイメージトレーニングに集中していると、ジェシカがそっと近づいてきた。彼女は風の魔法を操る仲間であり、常に冷静な判断をする人物だ。彼の横に立ち、しばらく無言で風景を眺めていたが、やがて口を開いた。
「レンデ、いつになく悩んでるんじゃないか?」ジェシカの声は穏やかだが、真剣だった。彼女は仲間の様子をよく見ている。
レンデは少し驚いた様子で顔を上げ、ジェシカの言葉に反応する。「…まあ、少しね。もっと強い魔法を使わないと、いずれ倒されてしまうかもしれないって思うんだ。一発で仕留められないと危険すぎる。」
ジェシカは頷きながら、風に揺れる木々を眺めた。「確かに、強力な一撃が必要になることもある。でも、それだけじゃないわ。生き残るためには、今できることを見つめ直すことも大事よ。自分の力を過信しすぎても、限界を忘れたら危険だから。」
彼女は言葉を慎重に選びながら続けた。「イメージトレーニングはいいけど、焦らないで。少しずつ強くなる過程を忘れないこと。魔法は一瞬で強くなるものじゃないから。」
ジェシカはレンデに軽く微笑んで、彼の肩を軽く叩いた。「焦らずに、今できることをちゃんと見つめ直してみなさいよ。」そう言って、彼女は風のように軽やかにその場を離れていった。
レンデは彼女の言葉を胸に刻みながら、もう一度深呼吸をし、静かに目を閉じた。