165話:咆哮と地震
小山のように大きな背中が、雑木林の中からそびえ立っているのが見えた。こんなに王都に近い場所で、こんな獣がいるなんて信じられない。レンデは一瞬、騎士団の通常の周回警備がないために、こんな状況が起きたのだろうか、と考えた。
その大きな茶色い背中がゆっくりと立ち上がる。地面と同じような濃い茶色と土色の毛皮が体全体を覆っている。毛皮の一部は硬化しているように見え、鋭い爪が生えた前足が特に巨大だ。目は不気味に緑色に輝き、魔力をまとっていることが明らかだった。普通のクマよりもひと回り大きく、その背中と肩の筋肉の隆起は圧倒的な威圧感を放っている。
「あれは…アースベアだ!」レンデは初めて見るその巨体に、圧倒されていた。
「気をつけろ、来るぞ!」マークの警戒する声が響き渡る。
「剣を抜け!」リュウが叫び、すぐにその手に剣を握りしめた。
レンデはハッと我に返り、瞬時に危険を察知した。「火だ、火で叩くんだ!」と心の中で決断し、炎の魔法を唱える。焔を形作り、それをアースベアに向かって投げつけた。しかし、その巨体に火が当たる瞬間、アースベアは咆哮を上げて大地を踏みしめた。その衝撃で周囲の地面が大きく揺れ、レンデたちは立っていることすらできなくなった。
「くっ、これは…まずい!」レンデはとっさに、全員を守るために次の手を考える。彼は即座に「浮け!」と唱え、浮遊の魔法を全員にかけた。彼らの足元がぐらつく中、浮遊魔法がその重力の影響から彼らを救い出した。
揺れる大地の中、レンデたちは地面から10センチの空中で姿勢を立て直す。目の前にいるアースベアは再び咆哮をあげ、巨大な前足を振りかざし、今にも攻撃してくるかのような気配を見せていた。
ジェシカが、じっくりと風の魔法を詠唱している。彼女の詠唱は長く、力強さを増すための集中を要していた。レンデはその間に自身の役割を果たすべく、上空から攻撃を仕掛ける準備をしていた。炎を使ってアースベアを仕留めるために、彼は一瞬、深く息を吸い込み、全ての集中力を研ぎ澄ませた。
「風よ、力を貸してくれ…!」レンデは風の魔法を発動させる。周囲の空気が震え、風の渦が彼の手から巻き起こり始めた。それは徐々に大きくなり、激しさを増していく。アースベアの巨体を囲むようにその渦が広がっていく。
「今だ!」ジェシカが詠唱を終え、風の魔法を強化する。レンデは次の瞬間、炎の魔法を発動させた。炎の力が風の渦に取り込まれ、燃え上がる火の竜巻が形成される。
その炎の竜巻はまるで生きているかのように、赤く煌めく熱波を放ちながら上空へと持ち上がる。そして、そのままアースベアの頭上から急降下し、凄まじい勢いで叩きつけられた。巨大な火柱が立ち、アースベアを覆い尽くすように火炎の渦が地面に到達した瞬間、大地が震える。
アースベアは咆哮し、苦しみながらもその力強い前足を振り回すが、炎の竜巻に巻き込まれたその姿は、やがて大きな影に隠されていった。
アースベアは、炎に包まれたにもかかわらず、その巨体はまだ倒れていなかった。咆哮を上げ、怒りに満ちた緑色の瞳が光り、地面を踏みしめるたびに大地が揺れる。まるで自らの痛みと苦しみを力に変えるかのように、アースベアは一歩ずつ、彼らに向かって迫ってきた。
「まだ終わってない…!」レンデは焦りを感じつつも、次の一手を考える間もなく、マークが動き出した。
「俺がやる!」マークは叫び、盾を構えて突進した。彼の剣は、アースベアの心臓を狙っている。マークは無鉄砲ではなく、その巨体の動きを見極めていた。アースベアが踏み出した瞬間、盾の影から素早く体を滑り込ませ、下から突き上げるように剣を振る。
マークの剣は、深々と突き刺さり、とどめの一撃となった。