学問と権利
生まれた頃から読書をさせられていた私は、幼稚園まで『英才教育』を受けていたものの、小学校に入学した途端それが無くなった。
地元の公立小学校に入学した私は、学問に興味を持つ、異彩を放った子供だった。担任には可愛がられたが、生徒からはいじめを受けた。
私は公立小学校の勉強に物足りなさを感じていた。試験は手ごたえがない問題ばかり、授業は遊びのようなもの。幼稚園の頃は算盤や四則計算や漢字を習っていたというのに、逆戻りして平仮名、足し算。授業は受けても受けなくても同じと思った私は、学校に行かなくなった。
両親は泣き喚いた。秀才に育てるつもりが、ただの登校拒否になってしまった私を見て。しかし、全て両親が悪いのだ。幼稚園では只管勉強させていたのに、小学校はごく普通のところを選んでしまった、両親が。
そのまま六年が過ぎた。私と同い年の子供は今頃中学校に入学しているところだろう。私は危機感を覚えた。私は中学校に向かった。親は泣いて喜んだ。
中学校は小学校に比べて窓・扉が幾分小さく、暗く感じた。皆黒い服に身を包み、睨むような表情で前を見つめている。私は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。緩やかな雰囲気の小学校と違い、緊迫している。首周りを覆う学生服とその雰囲気が私を嘔吐かせた。
入学式、始業式と過ぎ、その日から私は勉強が出来ると思っていた。楽しく勉強して、志望校に行けると思っていた。しかしその期待は外れ、毎日のように学級崩壊が起こり、勉強なんてとても出来なかった。
教師はこれの対処をしなかった。ただ、教室で暴れまわる者どもを傍観しているだけだった。黒板には何も書かない。何の試験もしない。
これでは、小学校と何ら変わらない。いや、寧ろ酷くなっている。皆、好き勝手をしている。私は、また登校拒否をした。
両親は再び泣き喚いた。私に何故、どうして、と訊いた。私は何も言わなかった。真実を言ったとしても、この親は何も認めてくれないだろうから。ただ、無言でそこに坐っていた。
これまで、無駄な月日を過ごした。世間の中学生は受験勉強に追われ(とはいっても、あの中学校の生徒がどうかは知らないが)、大変な毎日を送っているのだろう。受験をしないというのも、楽でいいかもしれない。どうせ勉強させてもらえないのなら、勉強しないほうがいいかもしれない。
勉強できなくて苦しむなら、勉強しなくて苦しむほうがいいかもしれない。
我々には、学ぶ権利などない。