紙袋の男(1)
そのときの私は幼かった。何処かの田舎道を歩いていた。なぜだか懐かしい。恐らく私はいつもの道を通っているのだろう。思い出せない。これはあくまで自分の想像の世界なのだろうか。でもそんなことはどうでも良かった。今は自分は心地が良いのだから。時の流れを気にすることは無かった。しかしその平穏な気分は続かなかった。予感がするのだ。そしてその予感は感覚へと具体化していったのだ。そして決定的なものとなる。ついに私は不気味なモノを背中に感じたのだった。勿論それが何であるのかは知りたくはない。それでもそれが何であるのか確認せねばならないと思った。思い切って私は後ろを振り向いた。
「はっ!」
周りが光に包まれた。
「う、ん・・・・。」
そうして目が覚めた。しかし本当に不気味な夢だった。夢と言うものは日常的に見るものだと話しに聞いたことがある。そしてほとんどの場合、起きた時には忘れているのだそうだ。しかしその夢の記憶は真に鮮明であった。それ故に私はとても嫌な気分だった。浮かない気分で髪を整え制服に着替える。そして自分の顔を鏡でチェックするのだ。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
いつも通りに登校する。
「おはよう!」
「あ、おはよう。」
元気の良い友人だ。これが健全な女子高生と言うものだろう。それに比べ私は理屈っぽくって可愛げのない女だ。そんな私でも彼女は笑顔を絶やさない。
「さ、沙月・・・・。」
友人の表情が変化する。
「ん?」
私の顔に何かついているのだろうか。
「沙月、目にクマができているよ。どうしたの?」
私はよく眠れていなかったのだろうか。だから夢の記憶がはっきりしているのか。
「え?」
気が付くと友人の顔が至近距離に近づいている。その迫力に私は圧倒された。
「何か心配事があるのね。良ければ話してくれないかなあ。」
一転して友人の顔は真剣になっていた。友人の豹変にたいしてたじろいだものの、私は・・・・。
「だ、大丈夫。たまたま昨日は寝れなかったんだ。」
私は胡麻化すように彼女に返答したのだった。
「ふうーん・・・、そうなの。でも寝不足は美容の大敵だよ。沙月は美人なんだから健康に気を付けないと勿体ないよ。」
再び明るい表情となり、怒涛の如く私を責めてくる友人の明里なのであった。まったくそれは余計なお世話だ。思わずため息が出る。
「でも何か相談事があるならいつでもOKよ!こう見えてもワタシは頼りになるんだから。」
そう言って友人は自分の拳で胸元をトンっと叩くのであった。全く一体どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。そんな根拠のない発言ができる友人がある意味羨ましい。恐らくこの女の心の中には悩みと言うものは存在しないのではなかろうか。授業を受けているうちに、夢の事など全て忘れてしまっていた。もうこのまま自然消滅するのかも知れない。しかしそれは楽観的すぎる考えだった。その夜・・・・。
「はっ。」
気がつけばまた幼い私が、昨日の夢と同じ田舎道を歩いていた。そして完全に思い出す事になる。昨日と全く同じ状況だ。愕然とした。私はこの夢を忘れる事は出来なかったのだ。この事には何か意味があるのだろうか。一つ気が付くことがあった。昨日の夢との相違点だ。昨日の夢は懐かしい感じがして、そして心地よかったのである。しかし今日はそうではない。そうなのだ。今日の夢は昨日の夢を繰り返しているという認識を私は持っているのだった。故に私はすでに私は感じている。すでに予感からの感覚を経過した不気味なモノの存在を・・・・。どう行動するのかは自分の中ですでに決まったいた。昨日と同じく、思い切って私は後ろを振り向いた。だが夢は覚めることは無かった。
「え・・・・!」
私は驚愕した。自分の方に迫った来るものがある。それは成人の男性だ。自転車に乗っている。いたって普通の洋服を着ているし、別にその事自体は不自然な事ではないのだが、問題はそこではなかった。その男性の風体だ・・・・。何と彼は頭から紙袋を被っていたのだった。それだけで不審者と見るには十分だった。茫然と立ち尽くす私の方に、みるみるうちに紙袋の男は迫ってくる。
「うわあああ!!」
幼い私は恐怖で脚が絡まりそうになりながらも必死に逃げようとした。しかし幼かった私の脚では自転車に叶うはずもなかったのである。道を外れて隠れようという機転も利かなかった。幼いからである。
「あああ!!!」
ようやく目が覚めた。本当に夢でよかった、と心底に思った。
夢の記憶は鮮明だった。朝食を取っていると。
「どうしたの?沙月。」
母が私を気遣う言葉をかけてきた。私の調子がおかしいのに気がついたのか。
「ううん。」
私は歯切れの悪い相槌を打った。
「体調悪いの?無理しないで。」
ついに母の優しい声が私の心の扉を開いた。
そして私は夢の事を全て母に話した。
「・・・・・疲れているのね、沙月。」
すぐに私は異変を察知した。話しているうちに母の顔が強ばってきたのだ。私は確信した。母は何かを知っている。それに恐らくこれはただの夢ではないのだ。私は勇気を出して母に問いただした。
「お母さん、私の過去に何があったの!?」
<続く>