「もう大丈夫だよね。」
今回の依頼人は、年齢は50前後の男性である。彼はセーラー服の少女と向かい合わせで座っている。整った背広に身を包み姿勢も良い。いかにも真面目に仕事に取組み生きているサラリーマンといって風体である。恐らく大抵の人が好感を持つ人物ではなかろうか。
「では、お話してもよろしいでしょうか。」
依頼人は丁寧にもセーラー服の少女に自身の事を話す伺いをたてた。それに対して彼女は黙って頷いた。
彼は独身の一人暮らしだった。年老いた両親は共に亡くなっていた。彼は住んでいたアパートを引き払って再び実家に住むことにした。依頼人は大企業に勤めていた。真摯に仕事に取組み職場での評判は良かった。しかし生来から寡黙な性格であり、奥手であった彼は今まで異性交際した事は無かった。しかし慎ましい生活を送っていた彼は多額の貯蓄を持っていたのだった。長いサラリーマン生活に疲れていた依頼人は勤め先を早期退職したのである。そしてしばらく実家で暮らしながら、今後の事について考えていくつもりだった。別の職場で働くにしてもそれほどの収入は望んでいない。自分一人が生きていくには十分な経済力があるのだ。
とまあ此処までが依頼人が話した内容なのだが、取り立てて事件性のある話ではない。しかしここからが霊的な展開になるのであった。初老の男は話を続けた。相変わらず座布団で正座をして、そのきちんとした姿勢は崩していない。
「ここからが本題なんですよ。」
普段は大人しいであろう男は、少女に対して身を乗り出さんかという態勢を取ったのであった。それは勿論、今回の依頼の核となる部分への導入を意味していた。
「おっと失礼。」
自分自身の感情の高ぶりを制しているのか、依頼人は再び姿勢を整えた。セーラー服の少女には全く動じた素振りは無い。
「実は前々から気になっていたのですが、気配がするのですよ。私の実家では。それは私の両親の事ではありません。今はその両親は亡くなっており私の一人住まいなのです。何者かの気配が・・・。」
その男の口調からは、明らかに霊的なものを示唆されていた。だが不思議と深刻な態度ではない。
「実を言うとその気配は、私にとっては不快なものでは無いのです。いやむしろ心地良いとさえ思うのです。懐かしさというか何というか・・・。そしてそれは今に始まったことではないのです。かねてからその存在は感じていたのです。私は高校を卒業して大学に進学した頃から実家を出ていました。たまに私が実家に戻るたびに、その気配は感じられたのです。両親とはまた別の何かの・・・。」
と、ここで依頼者の話は止まった。どうやらほぼ彼が言いたかった事は終わったのかも知れない。だがこれだけの内容ではセーラー服の少女が問題を解決できるはずもない。唐突に彼女はスクっと立ち上がった。
「行きましょう。」
依頼者はセーラー服の少女と共に帰宅した。
「ただいま。」
家に誰もいなくとも挨拶をするのが、どうも彼の流儀なのらしい。勿論、誰からの返事も無い。
「・・・・・・。」
セーラー服の少女は、沈黙とともに左手をある方向にかざした。すると異変が起こった。
「あっ!」
依頼者は非常に驚いたのだが、そこには恐怖は込められていなかった。
「さ、沙織・・・。」
シオが手をかざした方向には、童女が立っていた。
「お兄ちゃん・・・。」
童女は依頼者に対して親し気に話しかけた。
「もう大丈夫だよね。」
その言葉の意味は十分に分かっていない様子であるが、依頼者と童女兄妹の様である。
「この沙織は私の年の離れた妹で、私が大学に入って間もなく事故で亡くなったのです。」
セーラー服の少女は全てを悟った。どうやらこの童女の霊は自分自身が事故で亡くなった事を受け入れられずにいるうちにこの実家から離れられなくなったのだろう。しかし霊としての力は弱く依頼者や両親の前に姿を現す事は出来なかったのだ。それ故にシオによって姿を現した童女は、自分の意志を伝えられるようになった事に喜んでいる様子であった。
「もう大丈夫だよね。」
同じ言葉である。見ると童女・沙織は満面の笑顔であった。それは童女が霊である事を忘れてしまいそうになるほどであった。少なくとも機嫌のよい意味での言葉であるのは間違いない。
「うんお兄ちゃんは大丈夫だよ。」
とても優しく依頼者は言った。<大丈夫>の意味は分からなくとも、依頼者は気にしていなかった。そんな兄を見て、童女も納得している様子なのであった。
「もう思い残す事は無いよ。お姉ちゃんとこれからも仲良くしてね。」
ここで<大丈夫>の意味が判明した。どうやら童女・沙織は依頼者とシオの事を勘違いしている模様である。
「うん心配ないよ。」
一生懸命に妹に話を合わせる依頼者。そしてセーラー服の少女も否定しない。
「じゃあ、お姉ちゃん。お願いします。」
急に童女は冷静になった。
「お姉ちゃん、私を成仏させに来たんでしょ?」
どうやら童女はシオが何者であるのか、悟っていたようである。幼い故にその神妙な態度は痛々しかった。
「沙織・・・。」
依頼者も覚悟していた。
「ではいくわよ。」
セーラー服の少女はスッと右手を上げた。そしてゆっくりとその手を下ろすのだった。
「・・・・・沙織・・・。」
依頼者が呟いたとき、もう童女の姿は無かった。
~「もう大丈夫だよね。」~ <完>