老夫婦の絆
「シオ、お客さんじゃぞ。」
老人がセーラー服の少女を呼びだす。この二人は同居しているのだが、その態度からして老人と少女は血縁関係にあるのだろうか。
シオのもとに訪ねてきた依頼者はかなりの高齢の老婆であった。長年積み重ねてきた年輪が物語るのであろうか、もう歳は80は越えているように見受けられる。しかし生来身体は丈夫なのか、その背筋の丸みはそれほどでもない。恐らく後ろから見ると、実際の年齢よりも下に見られることであろう。しっかりとした眼差しで老婆はシオを見つめる。そしてセーラー服の少女が何者であるのか察したのかも知れない。
「お嬢さんが相談を受けてくれるのですか。」
その口調はまるで近所の小さな子供に話しかけるかのように、とても優しいものであった。それに対してシオはコクリと頷いた。セーラー服の少女の素直な仕草に、思わず老婆の表情は緩んだ。
「十年前に他界した主人が帰ってきたのです。もちろんそんなことはあるはずがないのは分かってます。それでも本人としか思えないんですよ。だって生きていた頃と相変わらず黙って縁側に座ったままなんですから。私は毎日あの人にお茶を出すだけなんですよ。でも私の方に顔も向けてくれないんです。」
そう話す老婆の顔はとても嬉しそうだった。きっと何十年もそのような夫婦関係・信頼が続いてきたのだろう。なんのかんの言っても寄り添う二人なのだろう。しかし老婆の表情はキリッと引き締まったのだった。今回の話の核に入るのであろうか。
「どうして今になって主人は私のもとに帰ってきたのでしょうか。その理由が分からないのです。」
もっともな質問である。亡くなってからじきに現れるのなら、なんとか理解できなくもない。しかし彼女曰く、もう十年の立ってからの帰宅なのだ。話からして老婆は嬉しい半面、霊として現れた夫の事が心配なのである。そこでセーラー服の少女は老婆をジッと見つめた。
「これまでの話を聞く限り心配ないわ。」
そう言いきる少女の眼には一点の曇りもない。その事が老婆に一定の安心感を与えた。
「今まで通りに一緒にいればいいのよ。」
「ただいま貴方。」
返事はない。老婆は一瞬心配した。まさか夫もう・・・。しかし彼はそこにいた。まるで彼は置物のように相変わらず縁側で座っているのである。そんな夫を見て、老婆はホッと胸を撫で下ろすのだった。
「はい、貴方。」
彼女は夫に淹れたてのお茶を出した。やはり見向きもしない。そんな夫を見て老婆は満足気な表情を浮かべていた。こんな日々がずっと続けばよいのに。老婆は心底そう思ったのであった。
それから一月が経過した。老婆は寝込んでいた。彼女は悟っていた。自分の寿命が尽きることを。それでも老婆は幸福を感じていた。なぜなら彼女の夫が傍で座っていたからなのである。不器用にも夫は表情を変えないが、それでも伝わってくる。彼は死期の近い妻に、せめて寄り添っていたかったのだ。すべてを悟った老婆の眼から一筋の涙が流れた。勿論それは嬉し涙である。彼女は今まさに幸せの絶頂期に達しているのである。
(お嬢ちゃんの言う通りだったね・・・。感謝するよ・・・・。)
そして夫婦は見つめ合う。老婆はゆっくりと眼を閉じた。もう彼女に思い残すことはないであろう。
老婆の夫の霊は背後の気配に気づいた。いつの間にいたのだろうか、セーラー服の少女は老婆の夫の横に座り手を合せた。そう全てシオの見立て通りとなったのである。とても満足げな老婆の顔が救いだった。
シオの顔を見つめた老婆の夫は、妻の傍らに置かれている封筒を指さした。少女は遠慮なしに封筒を取った。封筒には謝礼と書かれていた。
セーラー服の少女はスクっと立ち上がった。そしてスッと右手を挙げ、それをゆっくりと降ろしたのであった。こうして老婆の夫は 除霊されたのだ。シオは夫婦を離れ離れにしないために、ここに来たのだ。仕事を終えた少女は畳の中でポツンと一人立ったままで呟いた。
「私たちもこんな夫婦になれたのかな・・・。」
~老夫婦の絆~ <完>