水玉模様のワンピースの少女(2)
「有難うございます。それではお言葉に甘えまして。」
そう言うや否や、彼はシャツの前ポケットに入っていた煙草を取り出した。そしてシュボッとそれに火をつけるのであった。それで落ち着きを取り戻したのか、再び男はセーラー服の少女と眼を合わせた。
「いくらなんでも気づいたんですよ、この私でもね。」
フウッと男は煙を溢した。そしてチラッと彼女の顔を見たのである。でもセーラー服の少女は眉ひとつ動かさない。それは彼女にとって男の話が想定内であることを意味していた。
「その娘は毎日同じ時間帯に、同じ場所に座っています。しかも何をしているわけでもなく・・・。どうしたんでしょうねえ。今は学生にとっては夏休みの時期なので、不可能な行為ではないのですが。とても変わっていますよねえ。・・・まあその娘のことを余り悪く言うのはよろしくありませんよね。そんな女の子に私は癒しを求めていたのですから。」
そう言って男は灰皿に煙草を押し付けた。そしてこの話の確信へと向かう、そう言う眼を彼はをしていたのである。
「あれからもう10日を越えたでしょうか。もはやその女の子と並んで座るのが、私にとっては慣れとなっていました。その感覚の麻痺が私の判断を送らせたのでしょうか。すぐに気が付くべきだったのです
。何故かというと・・・・。もしも周りからみると、それは異様な光景だったことでしょう。こんな初老の男と年端も行かない少女が真っ昼間に隣り合わせで座っているのですから。これが毎日となると不審者として通報されてもおかしくないのではないでしょうか。でもそこがまた不思議なのです。疎らながら私たちの周りの通りすがりの人達は誰も関心を示さないのです。いえいえ、こんなことはおかしいと思います。それとも見て見ぬふりをして皆、平静を装っているのでしょうか。・・・いやそれはないかと・・・。そこで私は1つの結論に達したのです。もう貴女も分かっておられるのかも知れないのでしょうが。恐らく女の子はこの世の者ではないのです。要するに我々とは別の世界の住人なのです。しかしそうは思っても、私は彼女を拒絶するつもりはありませんでした。たとえ異質な存在であったとしも・・・。我々は少なくとも公園のベンチで並んで座っているだけなのです。彼女が私の生活に干渉してくる訳ではないのです。しかし・・・・。
そこでまた男は話を切った。そしてまた煙草をもう一本吸おうとしたのだろう。彼は自分の胸のポケットに手を当てた。しかし少しだけ指を動かした後、手を下げたのである。
「それで。」
セーラー服の少女が何かを言い出そうとしたとき、男はギッと彼女の顔を凝視した。彼の表情には何やら期待感がふくまれていた。
「この娘を徐霊して欲しいのね。」
セーラー服の少女は男が欲する言葉を出したのだろう。男はコクッと頷いたのである。
「それにしても随分気に入られたものね。」
その彼女の台詞に男は冷や汗が滲み出る感触を覚えた。そう、水色のワンピースの少女は男に寄り添い正座していた。男は完全に取りつかれていたのだ。
「じゃあ早速徐霊するわね。」
セーラー服の少女は除霊師なのであった。こんな若い娘が何故、除霊の能力があり依頼者が舞い込むのか、その訳は後々語るとして・・・・。とにかく彼女の対応は素早かった。スクっと立ち上がった。そして右手を高々と挙げる。流石に素人である男にも、その雰囲気は察することはできた。間違いないくそのまま隣の少女は除霊されるのだ。
「わっ・・!ちょ、ちょっと・・・!」
男は両手を広げてストップのジェスチャーをした。
「どうしたの・・・。」
除霊の執行を制止されたセーラー服の少女は男に問うた。しかし直感のみで意思表示をした男は、すぐには彼女に相槌を打つことは出来なかった。このままでは間が持たない事は明らかである。
「決心がつかないのね。」
セーラー服の少女は、男の心を見透かしているのか・・・。さらに彼女は男の背中を押す言葉を放つのである。
「この娘に悪意は感じられないわ。少なくとも貴方が侵食されることは無いのよ。」
除霊師の少女の台詞に、男が安堵する瞬間があった。そして少しの間だけ彼は考えた。すぐに男は姿勢を正した。
「許されるものならば、私は・・・この娘と寄り添っていきたいのです。」
除霊師の少女に追い込まれることによって、男は自分自身の本当の気持ちに気が付いたのであった。さらに自分の存在についても・・・。
「分かったわ。では心の準備はいいのね。」
「はい、是非お願いいたします。あ・・・・、それから依頼料の件ですが・・・・。」
「心配しないで。今回は特別な場合に該当するから・・・。」
「有難うございます。」
男は水玉のワンピースの少女の肩を抱き、観念したように眼を瞑った。セーラー服の少女も眼を瞑っていた。そして右手を挙げてゆっくりと降ろした。速やかに除霊は執行されたのである。
この和室の残るは一人のセーラー服の少女のみであった。水玉のワンピースの少女は除霊されたのだ。そして男も・・・・・。
そう。あの男は霊だったのである。営業職だった彼は過酷な業務による過労と、真夏の炎天下による熱中症で命を落としたのだった。彼は成仏出来ずに彷徨う霊となったのである。そんな絶望のみの状況で、あの水玉のワンピースの少女と出会ったのであった。きっと男は、いや水玉のワンピースの少女も、このセーラー服の少女に感謝している事であろう。二人は彷徨いから解放され、一緒に成れらのだから・・・。
セーラー服の少女の背後に影が迫る。
「今回は依頼料をもらい損ねたの。シオ・・・。」
そこにはかなりの高齢の老人が立っていた。どうやら少女は。この老人と同居している様である。
彼女の名はシオ・・・。超一級の除霊師である。
~水玉模様のワンピースの少女~ <完>