老紳士の昔話(2)
運転手の両脇にマスターとウェイトレスが立っている。老紳士を3人が囲む形となっていた。
「マスターも、お嬢さんも椅子に座って下され。」
老紳士は2人を気遣っているようすでる。マスターとウェイトレスはそそくさと各自に椅子を持ってきて、運転手の両脇に着席したのだった。その感じから彼らも老紳士の身の上話への期待があることが伺える。
「さて始めようとしようかの。」
改めて老紳士は仕切り直し、自分の話を始めたのだった。
◯老紳士の話
ワシはこの辺りの生まれじゃった。そして自分がモノごごろがついた頃じゃ。それは戦後間もない焼け野原から、日本が復興している時期じゃった。とても実家は、とても貧しかった。それでも両親とも健在で働き者だったので、自分は何とか無事に育ててもらえたのじゃ。だからワシは、こうして今ここにおる。自分で言うのもなんじゃが、健やかな少年になったと思う。そしてワシは奉公にでる事になったんじゃ。家計が苦しく、働ける年齢になったワシは働くのじゃ。実際は、自分から志願したわけではないが嫌々ではなかった。苦しい経済状況でも両親はワシを一生懸命に育ててくれたのじゃ。これ以上に苦労をかけずに自分が一人立ちすれば、幾らかは家は助かる。そうワシは考えてたのじゃ。
「ふう。」
老紳士は一息つき、珈琲に口をつけた。少し覚めているだろうが、そんなことは気にしていないようだ。
「お冷やです。」
ウェイトレスは水と、ウォーターポットを持ってきた。彼女は老体を気遣っているのだ。
「お嬢ちゃん、有難う。」
口を潤わせた老紳士は話を再開した。
◯老紳士の話
奉公先は町内の名士じゃった。そこで家事をして給料を頂く。今でいう住み込みで働くというやつじゃ。勿論、ワシはそこでの厳しい生活を覚悟しておった。しかしの、それは杞憂じゃったのじゃ。それ程には、奉公先での生活は悪いものではなかったのじゃよ。奉公先の主人は地元では、頗る評判の良い人物じゃったのじゃ。実際に主人は奥さん共々、ワシに対して感じがよかった。ワシと同じく住み込みで働く女中も親切じゃった。それで十分に自分にとって救いがあるのじゃが、それだけでもなかったのじゃ。主人には2人の子供がおり、当時のワシと年の近い兄妹じゃったのじゃ。
「ふう。」
また一息をつき老紳士は水を飲んだ。そしてウェイトレスの顔をジッとみた。恐らく老紳士と彼女は初対面のはずであるが。なにやら意味深な視線である。少女もその事を感じ取っている様である。恐らくこれからが話の肝なのであろう。
◯老紳士の話
ワシと、その奉公先の子供である兄妹とは、すぐに仲良くなった。二人は奉公人であるワシに対して決して侮蔑した態度を取ることは無かった。ほぼ毎日ワシと関わっていた。はじめはワシは憂えている事があった。奉公人であるワシが、奉公先の子供と友人の様に仲良くすることは許されるのであろうか。悪くすると、奉公先から追い出される事にもなりかねない。そう自分は考えたのじゃ。
マスターは思った。きっとこの老紳士は自分自身が若かりし日の感覚に戻っているのだろう。だから先程、自分の娘であるウェイトレスに対して意味ありな視線を送ったのかも知れない。そしてそれはあながち間違いでは無かったことが、後々判明するのであるが・・・・・。
〇老紳士の話
それもまた自分の杞憂であったのじゃ。奉公先の主人は自分の子供と、奉公人であるワシが対等に接していても全く気に留める様子はなかった。あくまで子供同士のじゃれ合いを見ている父親であった。何とも心の広い御仁である、と当時のワシは子供なりに思ったモノじゃ。学校にも行けずに働く自分であったが、十分に充実した生活を送っていたのじゃった。じゃがな・・・・。
その接続詞に何か暗いモノを感じたのは、話を聞く三人とも共通した認識であった。皆予感をしていた。この老紳士の話の結末は悲劇であろう、と・・・・。
〇老紳士の話
やがて少年は青年になった。もう無邪気ではないのじゃ。ワシは変わらず奉公をしとった。もうお嬢ちゃんと同じくらいの齢になっとるかの。別に辛い事があるわけでは無いのじゃがの。じゃがの・・・・。ワシの中に、とある不安が生まれたのじゃ。
話の転換期に差し掛かることに確信を持った三人の内の誰かが、ゴクリと唾を飲み込んだ。それはマナー的に端ない事なので、ウェイトレスの少女はとてもバツが悪そうであった。それを分かって周りは、スルーしていた。
〇老紳士の話
皆さんも自分自身に置き換えてもらいたいのじゃ。確かにその当時のワシは働いていれば飯が食え、寝床もある。周りも優しくしてくれる。無邪気な子供の頃なら、それで満足なのだが・・・。成長して青年となれば、そうゆう訳にもいかなくなる・・・。貴方もそうは思わんかね。一体自分は将来どうなるのだろうか。やがて齢をとり中年・老人となっても、このまま使用人として働き続けなければいけないのか・・・。そして青年の感情は不安だけでは無かったのじゃ・・・・。それはあえて言えば・・・・、欲と言うものかのう・・・・。
ウェイトレスは気づいた。再び老紳士が自分に視線を送っているのも。それが何を意味しているのか、彼女は薄々と気がついていた。そしてマスターと運転手も・・・・。
<続く>




