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夏の思い出

作者: 糸木あお

虫が出てくる描写があるので苦手な方はご注意ください。

 わたしが小学生の頃、Y県のM湖にキャンプに行った。これはその時の話だ。


 一時期父がキャンプにハマり毎週のように色んなキャンプ場に連れて行かれた。わたしは家で過ごす方が好きだし、キャンプ場で作る微妙なカレーも固めの白米も嫌いだった。M湖のキャンプ場は夏なのにやや冷んやりとしていて、わたしは思わず二の腕をさすった。


 父がテントを設営して母がカレーの具材を切っている間、わたしは暇だった。だから、近くの森を散策することにした。鬱蒼とした木々で陽が遮られて寒いくらいだった。その時、どこからかじっとりとした視線を感じる。視界の端にちらりと黒いものと白いものが見えた気がした。でも、静かな森の中には誰もいるはずもなく、わたしは勘違いだろうと思い先へと進んだ。


 そのまま歩き続けるととても大きな木が生えていた。雷に打たれたようで一部が焦げていた。当時は知らなかったが今思えばクヌギの木だろう。その木に大きな蛾が止まっていた。わたしの両手よりも大きな蛾は小刻みに震えている。その模様がなんだか人の顔のように見えて気持ち悪かった。


 気分が悪くなったのでテントの場所まで戻るとカレーの匂いが漂ってくる。歩いたから小腹も減っていた。父は額から汗を流しながらテントを組み立てていた。オレンジ色の大きなテントは森の緑の中でとても目立っていた。


 少し早い時間だったがわたしたちはカレーを食べて、マシュマロを焼く。父がお酒を飲んだりして過ごした。夜は虫も出てくるので正直早く眠りたかった。星が高くなる頃、三人で川の字になって寝袋に入る。下にマットを敷いていても寝心地は悪い。モゾモゾと身体を動かす。狭い。キャンプのこういう地味な不便さが嫌いだ。それでも疲れていたのかいつの間にか眠りに落ちていた。


 ふと、息苦しさを感じて目が覚める。まだ夜中のようだ。寒さを感じるとトイレに行きたくなった。幸いすぐ近くにトイレがあったため、眠っている両親を起こさずに懐中電灯を持ってテントの外に出た。


 寒くて暗い。それに何だか湿度が高く感じる。わたしはトイレに入るとすぐに用を足す。個室内に虫がいなくて良かった。たまに虫がいてギョッとすることがある。だからキャンプは嫌いだ。


 トイレから出て歩いていると懐中電灯がチカチカと点滅した。おかしい、家で電池を入れ替えたばかりなのに。


 懐中電灯の明かりがなくなると雲が月を隠しているようで周囲は真っ暗で何も見えなかった。それでもわたしは一歩ずつ進んでいく。


 歩いているうちに木の根に躓いて転んでしまう。真っ暗でわからなかったが木に手をついてしまったようだ。いや、木だけじゃない。静かな森の中でぶちゅり、と嫌な音がした。手に何か粘性のあるものが付く。


 わたしはパニックに陥りテントまで走った。途中で何度も転び、蜘蛛の巣にも引っかかってしまう。それでも無我夢中でテントに戻るとランタンで手を照らす。そこには赤茶けた粘液と蛾の触覚のようなものが付いていた。思わず悲鳴を上げると父と母が慌てて起きてきてわたしを抱きしめてくれた。


 手を見せると父が水場まで連れて行って洗ってくれた。そして、夜中に一人でトイレに行ったことを怒られた。危ないから次は起こしてと念を押される。わたしは父が付いていてくれることに安心して眠たくなってしまい、そのまますぐに眠ってしまった。


 翌朝起きると昨日の寒さと薄暗さが嘘のような晴天だった。わたしはホッとしてため息をつく。もうキャンプには行きたくないと強く思った。朝食を食べ終えてから何だか耳が痒くなり、掻いていると何かが絡まって出てきた。昨日の蜘蛛の巣かと思ったが良く見ると長い髪の毛のようだった。母もわたしも髪は長くない。でも、指に絡まった黒髪は随分と長い。その時、また、じっとりとした視線を感じた。でも、わたしはギュッと目を瞑りそれを見ないようにした。それしか出来なかった。


 あまり怖くない話だと言われればそうかもしれない。でも、わたしにとってはとても怖い経験だった。わたしの様子が暫くおかしかったため、それから家族でキャンプに出かけることはなくなった。


 それ以降、わたしはY県には行っていない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 正体のわからない恐ろしさを感じました。
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