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おまけ2.2年後

 アリエルとテオドアはアリエルの卒業から1週間後に王都の大聖堂で厳かに結婚式を行った。

 アリエルも綺麗だったがテオドアの美しさは通常の百倍は増されているので、皆が褒めちぎる。天使すぎることに自覚のないテオドアは微妙な顔をしながら、会場内でただ一人アリエルに見とれうっとりとしていた。

 

 式の始まりはさすがに二人とも緊張でぎこちない様子だったが、いざ、誓のキスの時のテオドアはキリっと表情を引き締めてベールを持ち上げアリエルを真っ直ぐ見つめると、あっという間に“ちゅっ”と触れて満面の笑顔をみせた。後ろでものすごい悲鳴や叫び声が聞こえていたがアリエルの耳には入らなかった。


 逆に、アリエルは体が固まったまま、誓のキスの瞬間のテオドアを瞬きも出来ずに凝視しただけだった。

 年上で普段テオドアを見守る側の自分が動揺したことが悔しくて、披露宴のはじめの頃は不機嫌な態度になってしまった。


 そんなアリエルにテオドアはニコニコと甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 飲み物いる? お腹空いた? 疲れてない? トイレは? アリエルの世話が嬉しくてしょうがないという顔で。まるで子犬が構ってほしくてアリエルの周りをうろうろしているようで、その姿に癒されてアリエルの機嫌はすっかり良くなっていた。それも今となってはいい思い出だ。


 この時のテオドアはアリエルより2cm背が高いくらいで、ヒールを履けばアリエルの方が大きくなってしまう。なかなか来ない成長期のせいで声もまだ高く天使のままだった。


 だから2年後のテオドアにこれ程動揺し続けるとはアリエルは予想していなかった。

 今日は街へ二人で買い物に行く。


「アリー、準備出来た?」


アリエルの頭上15cm上から、良く通る低い男性の美声が降ってくる。


「ひゃっ!」


「また驚かせちゃった? まだ慣れないかなあ?」


 そう、テオドアの声である。


 結婚式からしばらくすると遅れてやってきた成長期がはじまり、タケノコのようにあっという間に背が伸びて、急激に声変わりを果たしたのだ。

 声自体には慣れたけど、至近距離で脳髄に攻撃されると動揺してしまう。

 昨日までの天使が、突然脱皮して天空から訪れた男神になってしまった。

 気付けば顔もシャープになっていて、欠かさず鍛えていた体は細身でありながら筋肉もしっかりと付いていて、非の打ち所のない美青年がそこにいた。

 

 自分の知っているテオドアではなくなってしまった気がして一抹の寂しさを感じるがテオはテオである。見た目は成犬でも心は子犬のままであった。アリー大好きは健在である。

 ただ、テオドアが紳士っぽくなりスマートなエスコートが出来るようになると、逆にアリエルは恥ずかしくなって狼狽えてしまう。年上の貫禄と淑女としての矜持を守るための、日々戦いである。

 その様子をテオドアが子猫みたいで可愛いなあと愛でていることはアリエルだけが知らない。家族はそれを無言で微笑ましく見守っている。


 二人で馬車に乗り買い物をすませると、行きつけのフルーツパーラーへ寄る。定番のコースである。


「アリーいつものでいい?」


「うん」


 以前はアリエルがオーダーしていたのに気づけばテオドアがするようになった。

 給仕のおねえさんを呼んでアリエルの好物フルーツスペシャルパフェとテオのフルーツサンドイッチを注文した。給仕のおねえさんはテオドアを見つめながら注文を取ると名残惜しそうに厨房へ向かう。テオドアが天使の時は、もちろんそうなるわよねぇ~わかるわぁ~と眺めていられたが、テオドアが男神になってからはなんだか胸がもやもやしてしまう。

 もちろんテオドアはよそ見などしない。アリエルしか見ていないのだが……。これって俗にいう嫉妬と言う物なのだろうか。自分がそんな気持ちを持つなんて戸惑いを隠せない。

 注文の品がテーブルに置かれたので気を取り直す。

 フルーツスペシャルパフェはもちろん通常サイズなのだが、テオドアのフルーツサンドイッチは中のフルーツとサワークリームが明らかに溢れ出していてどうやって食べるんだ状態になっている。増量を頼んだわけではないのにである。メニューに載っている見本と天と地の差がある。これを見て他のお客さんが怒らないかいつもひやひやしてしまうが今のところ大丈夫だ。

 

 テオドアはそれを器用に手を汚さないよう食べて行く。知らない内に技術が向上している。

 アリエルもパフェを食べ始めた。食べ始めてしまえばもやもやが消えて、おいしい! がやってくる。デコレーションされた果物を味わいながら食べ進める。

 ふと顔を上げると、ものすごく優しい眼差しでテオドアが見ていた。

 これは昔からだったが、最近は意識してしまうと恥ずかしくなってしまう。大口で食べていたのを後悔する。残りを急いで食べて帰り支度をする。

 お会計もテオドアがスマートに済ませてくれる。会計のおねえさんがうっとりしながらお釣りを渡している所を見たら、もやもやが再燃しそうなので先に外に出て待っていることにした。

 

 扉を出るとすぐに3段だけの階段があることを失念して足を踏み外し転んでしまった。

 転んだ音が響いたせいで道を歩く人たちが目を丸くしてアリエルを見ている。

 足の痛みも忘れて顔が真っ赤になる。早く立たなければと思ったらテオドアが慌ててお店から出てきた。


「アリー大丈夫? 足挫いた?」


 足は痛いけど恥ずかしさが勝り、早くここから立ち去りたい。


「大丈夫。早く帰りましょう」


 立ち上がろうと手を着こうとしたら、テオドアがアリエルの前に屈みこみ膝裏に手を差し込み抱え上げた。


「お姫様だっこ!」


 驚いて思わず叫んでしまった。テオドアは目を細めふんわりと笑った。


「そうだね。アリーは僕のお姫様だから。このまま馬車まで運ぶよ?」


 スタスタと歩き出すテオドアに小さな声で大丈夫だから降ろしてと訴えたが聞き流されてしまったので、顔を隠すように彼の胸に頬を寄せた。身長以外にもアリエルを置いてどんどん成長していく。恥ずかしげもなく王子様みたいなことを言うのだ。

 

 昔はアリエルがテオドアをお姫様だっこするつもりだったのに、いつの間にかテオドアは軽々とアリエルにお姫様抱っこをするようになった。

 何度されても慣れないのに、公爵邸まで戻る馬車の中では何故かアリエルはずっとテオドアの膝の上にいることになった。

 気恥ずかしさでお互い無言のままだったがアリエルは降りたいとは思わなかった。


 夕食後は、向かい合わせに座って二人でまったりお茶をする。

 アリエルは思っていたことをテオドアに聞いてみることにした。


「テオって最近、泣かなくなったわよね?」


 以前は、アリエルが機嫌悪くなると泣く、歌劇を見に行っては感動して泣く、本を読んでは感情移入して泣く、些細な事で泣いていた気がする。


「僕だって泣き虫のままじゃアリーに相応しくないって分かっているから頑張っているんだよ。昔からアリーは僕が泣くと可愛いって喜んでいたけど、泣いている方がいいならなるべく泣こうか?」


 テオドアが笑いながらそう言うと紅茶をふうふう冷ましながら飲む。その仕草は泣き虫な天使のテオドアのままだ。

 その姿を見ながら考えた。アリエルは確かに泣いているテオドアが可愛くて仕方なかった。もともと天使なのに泣くと幼気なさが溢れ出すからなのだが……。でも今は。


「確かに泣き顔は可愛いけど、わたくしはテオの笑っている顔の方が好きだわ。だから無理に泣かなくていいわよ」


 可愛い泣き顔を見るよりも、アリエルが笑うとそれが嬉しいって喜ぶテオドアの笑顔の方が好きだ。

 アリエルの言葉を聞くとテオドアは席を立ち隣に座った。

 そしてアリエルの手を取ると、指先にそっとキスをした。


「アリエル、愛してる」


 アリエルは真っ赤になったが、頑張って小さな声で私も……と返した。

 心で叫ぶ。テオ、それずるい! アリエルはある日気づいた。普段はアリーって呼ぶのに、好きとか愛してるって言うときだけアリエルと呼ぶことを。


 アリエルの天使はいつの間にか男神になって、更に進化を続けとってもずるい男に育ちそうな予感がしている。それでもアリエルのテオドアが大好きな気持ちは不変である。





 余談。【テオドア君を見守る会】はいつの間にか【テオドア様公式ファンクラブ】になっていた。内緒にしているがアリエルも会員でありその活動内容は……秘密である。




お読みくださりありがとうございました。

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