おまけ1.バザー
テオドアが溜息をつく。
アリエルは苦悩を滲ませて色気を漂わせるテオドアに首を傾げて聞いた。
「何か悩み?」
「アリー、ごめん。こないだの学期末テストの順位が思ったより伸びなくて……。こんなんじゃ、アリーのお婿さんに相応しくないよね(しょんぼり)」
テオドアの成績は特別悪くはない、良くも無いけれど。中の中で普通である。
アリエルは常に首席だったので比べてしまったのだろう。テオドアを守るために知識は武器になる。もちろん公爵家を継ぐにも必要である。周りからは勉強が出来る女は可愛くないと揶揄されたがテオドアは尊敬してくれているので問題ない。
「テストの結果だけが全てじゃないわ。テオには得意なものがいっぱいあるでしょう? 数字にとっても強いし、頼もしいわ。それで充分わたくしのお婿さんに相応しいわよ」
テオドアは数字に強い。一見しただけで直ぐに暗算できるし、間違いを見抜く力もある。
お父様はすでに領地経営の経理関係の仕事を教え始めている。
その辺の、甘やかされたぼんくら貴族とは違うのである。
もうひとつの特技は、アリエルを喜ばせてくれている。裁縫だ。アリエルの小物にはテオドアが刺繍をしてくれているものが多い。
とにかくテオドアは器用である。子供の頃は毎年アリエルの誕生日に、フエルトで作った馬のマスコットをくれた。昨年から本格的な馬の縫いぐるみに挑戦している。たてがみやしっぽも忠実に再現してかなりの出来栄えだった。愛馬リリーをモデルにした縫いぐるみは特徴をよくとらえている上に可愛く出来上がっていた。もちろんお気に入りの宝物だ。今はアリエルのベッドにいて毎晩一緒に寝ている。
「テオには手芸があるじゃないの。今年もそろそろ、バザーの時期だわ。みんなテオの作品楽しみにしているからお願いね」
「わかった。張り切るね。任せておいて!」
手を上げてガッツポーズも天使!
高位貴族にとって慈善活動は大事な義務であり社交でもある。
昔からマーレイ伯爵と合同で行っている。マーレイ伯爵領で作った布の端切れや規格を満たさなかったものを材料として提供してもらい、両家でいろいろな品物を作っていく。
アリエルは壊滅的に裁縫が苦手だがそれほど気にしていない。アリエルの苦手はテオドアがフォローしてくれているし、テオドアの苦手はアリエルが補えばいいのだから。
毎年テオドアは張り切ってハンカチに刺繍をしている。他の小物も作っている。そして他に目玉になる品を一個、時間をかけて作る。
テオドアの作るものはものすごく人気で、裏で高値で取引されていることが分かった。
それならばと、一部の品物はオークション制度を取って寄付してもらうことにした。
昨年は馬の刺繍のクッションカバーが目玉品となった。
オークションは白熱し、怒号が飛び交ったとかなんとか……。
驚いたことに落札したのは隣国からわざわざこのために来た公爵夫人だった。
落札価格は歴代一位のほぼ馬一頭分! テオドアの可愛さは国境を越えていた! お父様が密かに護衛の数を増やしていた。
隣でテオドアは今年のメインになるタスペトリーを織っている。
縦糸に横糸をスイスイと潜らせている。図案は頭の中にあるようで手は止まることなく進んでいく。アリエルにとっては未知の領域である。いやもう天才ですよね!
バザー前日はマーレイ伯爵家もオルグレン公爵家に集まって、用意した品物を確認していく。厨房ではクッキーなど日持ちするお菓子を焼き上げてラッピングした。
いよいよ、当日。両家のバザーは王都内では一大イベントと認知されており、お祭り並みに人が集まる。すごい賑わいだ。アリエルとテオドアも売り子として手伝う。
テオドアの前には会計待ちの長蛇の列が……。いつのまにか【テオドア君を見守る会】の会員の方たちが現れ、テオドアに負担がかからないように人を誘導して列を捌いていく。あちらでお母様が指示を出しているのが見える。
アリエルは心の中で会員の皆様に手を合わせた。テオドアの安全のためにいつもありがとうございます。
会員には、お母様が監修している“テオドア君成長記録”なる会報が配られている……。ある程度情報を流すことでストーカー化を防ぐのが目的らしい。ほどほどでお願いします。
オークションは別会場なのでお父様が仕切る。
忙しい一日を終え、帰宅するとテオドアは満面の笑顔。
「テオ、お疲れ様」
「アリーもお疲れ様。とっても忙しかったけど楽しかったね。来年は何を作ろうかな~」
目の前で自分の作ったものを嬉しそうに買ってもらえそれを慈善活動に寄付される、やりがいと充実感を味わえたようでよかった。
その天使のキラキラ笑顔は何よりのご褒美。好き。
夜、帰宅したお父様にオークション結果を聞いたら、落札したのは【テオドア君を見守る会】の会長の侯爵夫人とのこと。昨年、隣国の公爵夫人に負けたのがかなり悔しかったようだ。
今年は会長としてのプライドをかけて挑み、なかなかの迫力だったそう。彼女はこの日のために、侯爵家の事業拡大して業績の利益を上げ、落札用のお金を準備していたようなのだ。
結果、馬車が買えるようなお値段だった。年々、金額が上がっていて恐怖を感じる。寄付金としては有難いとはいえ……。会場に時折現れる不審者は、影や騎士たちが無事に撃退してくれた。
就寝のために自室に入ると机に何か置いてある。
添えられたメッセージカードには(アリーの分です。お疲れ様。テオ)
横には可愛いお馬さんの刺繍がされたハンカチが置いてある。
そっと手に取りそのハンカチを顔に押し当ててくんくんしながら幸せを噛みしめる。
今夜は素敵な夢が見れそうです。
おやすみなさい、テオ。
お読みくださりありごとうございました。