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濁流と指輪

暗い話です。救いはなくもないけど、基本暗い。なんでこんなに暗いんだ自分!

暗い話が読みたくない場合は、サッと閉じてください。えぇ、構いませんとも!


主人公は死にます、というか死んでます。謂わば死が確定するまでの一瞬のこと。

その刹那の時間に。三つの願いが叶うというアイテムを得て、あなたは何を願いますか?


最近は死が確定する瞬間に異世界転移とか転生とか、普通になっちゃいましたけどねー。

 ぼくは小人と取引した。


 ぼくの何処が悪かったのかわからない。でも気づいたら、目の前に黒い小人が立っていた。

 おまえは死ぬんだ、とそいつは言った。

「取引をしよう。この指輪をくれてやる。指輪は三つの願いを叶えてくれる。すべてを叶えたら、おまえの魂を指輪が吸い取る」

 ぼくの足元には捻じ曲がった白銅色の自転車、ぼくの背後には三日降り続いた雨の後の濁流があった。

 ぼくは死ぬんじゃない。

 死んだのだ。

 何故か知らないが、解った。

 黒小人が突きつけた指輪を、ぼくはそのまま受け取った。

「おまえの願いが正しければ、指輪は更に耀くだろう。おまえの魂を取り込んで、更に美しく燃えるだろう」

 正しい願いってなんだろう。

 尋ねたけれど、小人は答えてくれなかった。ただ、使えば解る、とだけ言った。

「今夜の十二時までだ。指輪を使っても使わなくても、それでおまえの時間はおしまいだ」

 そう言い捨てて黒い小人は消えた。


 これは、夢?

 夢ならよかった。気づけば温かいベッドの中、なんてもっとも単純な話だけれど、それが本当に素敵だったと解った。何も起こらない退屈な現実、その繰り返しという日常。それも幸福のかたちであったのだと、今更思い知った。

 いつもいつも。手遅れになって初めて真実に辿り着く。

 ぼくの掌のなかに、けれど指輪は在った。小さく硬く、音を立てるほどに冷たく在り続けた。

 手を開いて、ぼくは改めて指輪を眺めた。

 自転車と同じ白銅色の、飾り気のない指輪だった。光沢もなく、ハンダを輪にしたみたいな安っぽさだ。小人には悪いが、そんな大層な物にはちっとも見えなかった。夜店の屋台で見かけた玩具の指輪のほうがよっぽどきれいで光っていた。

 いっそ夢なら。

 全部夢なら。

 だけど、指輪はここにある。

 それはつまり、それ以外のことも全部現実なのだと、認めないわけにはいかなかった。

 これは現実なのだ。

 指輪も小人も、濁流も自転車も。

 ぼくがここにいなくなることも。

 それはとても不思議な感覚だった。

 ぼくがいなくなる、なんて、思いもしなかった。考えつきもしなかった。昨日と同じ今日、今日の続きの明日、それが続いていくのがあたりまえだと、勝手に思い込んでいた。

 変わらないはずなのだと思い込んでいた。


 掌の上で、指輪が(ささや)きかけてくる。

 願いを言え、叶えてやろう。その魂を代償に。


 ぼくは、今までずっと、不思議なほどずっと誰も願わなかった、叶えなかったことを、願った。

 幸せになれますように。

 僅かでいいから。

 ほんの僅かずつでもいいから。

 すべてのひとが、幸せになれますように。

 魔法の指輪を握り締めて。

 次の瞬間、涙がこぼれた。それは頬を伝ううちに凍りだす。

 最初の願いのなかに。

 ぼくはもう居ないのだ。

 ぼくはもう、すべてを諦めるしかないのだ。すべてを置いていくしかないのだ。

 冷たい夜の濁流の中、たった独りで消えていくのだ。

 そう思うと、急に誰かに会いたくなった。

 真っ先に浮かんだのは、親友のかむるの顔だった。

 かむるは勉強はよくできたけれと、からだが弱いのと、大勢の弟妹たちの面倒を見なければならなかったので、学校は休みがちだった。最後に会ったのはこの雨の降る前だ。

 かむるに逢いたい。

 さよならを言いたい。

 でも、かむるの家は遠い。歩いて行って、小人の言った十二時までに辿り着けるかわからない。ぼくの自転車は壊れてもう動かない。

 だから、願った。

 かむるの家に行くために、かむるに逢ってさよならを言うために。

 自転車が欲しい、と。


 ご、と風がうなった。

 青白い光が、遠く、稲妻のように閃いた。天地を結んだ光の柱は、ぼくの目と頭に焼きついた。


 こわい。

 怖かった。光が。その色が。その輝きが。

 けれどそれよりも、もっと怖ろしかったのは。

 自分の願いが、あれを引き寄せたのだということだった。

 ひとつめの願いのときは何も起こらなかったのに。それが叶ったのか叶わなかったのか、それすら分からないというのに。

 この願いはいけないことだろうか。自分ひとりの願いを叶えるのは悪いことだろうか。

 正しい、とは思わない。でも正しくないとも言い切れないのに。

 それでも、嫌だった。残った三つめ、最後の願いは、同じようにしたくなかった。光の柱を呼びたくなかった。

 黒い小人の思惑どおり、指輪をきれいにするためだけに願うのは嫌だったけれど、もっと嫌なことだった。

 こわかった。

 凍えるほどに怖かった。

 あの光の柱なんか、もう二度と見たくない。あれこそは裁きの雷光、冥界への門、生者も死者も焼き尽くす破滅の光だ。

 もちろん、三つ目の願いを捨てる、ということも考えた。でも、なにもしないでただ時間を待つのは、やっぱり嫌だったのだ。やっぱり悲しかったのだ。

 宵闇色の自転車にまたがり、ぼくは力いっぱいペダルを踏み込んだ。


主人公の名前?

最初はありませんでした。

人物が二人以上になると、流石に名無しは困ります。(親友は出たのに)

少年のお名前は、後編、それも終盤に。

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