俺も、いい加減決めなければならない
自分のスタンスと、不変の希望と、体育祭で目の当たりにした質量ある熱狂。
それらすべてを鑑みた上で、北条の内心を知った俺は思う。
こいつはどうかしている。
そりゃそうだろう。世の中のどこに、こんな「必然」だのなんだのと言っておきながら、普段は何食わぬ顔で他人と接しているような人間がいる?
けれど、どうかしているというのは裏を返せば安心材料でもある、ということだ。俺がこれまで忌避し続けた理由が、一つ一つ消えていく。
確実に、向こうの行動原理が見えている時点で、俺は北条と勘違いなど起こすことなく接していられる。
なぜなら、俺らは互いに理想の押し付けようがなく、押し付けられようがないからだ。
人はいつだって他人に理想を押し付けている。相手が自分の理想に合うと思った上で相手に忖度を求めるし、要求をしたりもする。
それは結局のところ、自分が抱いていた幻想に過ぎないから、大抵の場合どこかで綻びが生ずる。相手は自分の理想と違うから、思いを汲み取ってくれなかったり願いを聞き入れてくれないことは往々にしてある。
そして、その瞬間に、人は他人に対して憤り、絶望、失望、そして諦念を感じる。
例えば、クラスメイトの何気ない会話や喧嘩、それに教師の叱責。
俺はこれまで、多種多様な「押しつけ合い」に辟易してきた。
誰しもが理想を通してしか他人を見れないのだと思い、途方に暮れていた。そして、そこに「虚構」と名前を付けて遠ざけてきた。
俺だって、きっとどこかで他人に理想を押し付けている。
一挙手一投足からできる限り多くの情報を読み取って、どれだけ実像に近づけようとしても、俺の見ている他人は俺の作り出した理想像でしかない。幼馴染にそうしてしまったように。
だからこそ俺は、「他人に無理解な自分」を押し込める。虚構から少しでも遠ざかるために、証明できること以外は認めない。
しかし俺が「虚構」と呼んだものは、必ずしも唾棄すべき「悪」ではないということも、朧気ではあるがわかってきた。
一見虚構にしか見えない理想の押し付け合いだって、一つになれば確かな質量を生んで、そこに酔う人々に団結をもたらす。
それを悪だと決めつけることは、俺の傲慢に過ぎないことを学んだ。
だから、今の俺はわからない。不変が、俺が求めているものが、一体どこにあるのか、なぜそれを求めることが必要なのか。そもそも、俺は変わらないべきなのか、変わることができるのか。何もかもわからない。
いい加減、これまで目を背け続けてきた、虚構だと嘯いてきた「現実」に向き合わなければいけない時が来ているような気がした。
そして、北条なら。彼女の必然の探求となら、俺の不変の意思は、何らおかしなところがなく、変容させることもなく、共存できる。
他人に過度な期待も希望も抱かず、ただただ「必然」という真理を目指して行動し、その範囲の中で他人を見る彼女ならば。
少なくとも他の人間よりは、うまくやっていけるかもしれない。
彼女の必然を探す道中に、俺の見る「不変」も、現実への関わり方の答えも、あるような予感がする。どうにも論理的な説明がつけられなくて困った限りだけれど、なんとなくそんな風に思ってしまうのだ。
だから、もう結論は出ている。
「……それじゃ、改めて。トージ、見聞部に入らない?」
北条は、すっと手を差し出した。それもとびきりの笑顔で。
俺は、はじめて彼女のことを純粋に魅力的な少女だと感じた。いつもこういう笑顔をしてもいいのに。つられて、自然と頬が緩む。
やはり言いつくろったところで、表面上は逸脱になるか?
……いや、自分の範疇だ。勘違いのない世界ならば、身を投じることもかろうじて容認できる。そして、逸脱ではないからこそ面倒くさくて厄介なものに違いなかった。
俺の考えを寸分たがわずに伝えるため、慎重に言葉を選んでいく。
「俺は、この二週間でこれまで関わったことがないたくさんのものに触れてきた。……そうして、いろんなことが分からなくなった。自分の今まで持っていた価値観を懐疑するくらいには」
こんなことを言ってしまう俺は、いつもより少し饒舌だ。きっと家に帰ってから、恥ずかしくて叫び出してしまう。
「……だからこそ俺は、ちょっといろんなものが見てみたくなった。「不変」を見つけるために種々のことを知って、その中で変わらなかったものが俺の言うところの「不変」なんだろうと思う。……それは、お前の言う「必然」と、近しいものなんじゃないか?」
その言葉を聞いた北条の顔は、再びぱっと綻んで大きく頷いた。今はもう、彼女の瞳の奥にあった不気味な底のなさは消え失せている
美しい湖のようなその瞳の底は、ただただ幽玄な光が満ちているように思えた。
それなら、安心だ。
「見聞部、入るよ」
深く息を吸ってから、俺は北条の手を握り返した。
今の自分の顔は、見なくてもなんとなくわかる。
多分これまでの人生で一番自然で、心の底からの微笑だった。
「よろしく、北条」




