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俺はリレーなんか走らない3

「リレー選手の入場です‼」

 アナウンスと共に、俺は白線で描かれたトラックの内側に入った。

 ざわざわと、周囲の声が聞こえる。「あいつ誰?」「亮輔は走んねーの?」「さっきので怪我したっぽいよ」「は?マジかよ。最悪じゃん」「優勝できなさそー」「これで負けたら、あの代走どうするんだろ」……等々。

 わぁ、困ったなぁ。俺、こんなアウェーで戦わないといけないんだ。

 正直不安しかない。ついでに緊張もひとしお。

 なぜなら俺はこの手のリレーを最後に走ったのが幼稚園の年長さんだからだ。

 ……いや本気で困ったな。これ、もしも俺が遅くてコンマ数秒差で負けたら、コンクリ詰めにして海に沈められるまである。


「木下、どういう風の吹き回し?」

「地球も明日で終わりか……」

「うるせぇな、お前ら……」

 藤見と新坂が、目を丸くしてこちらを見ている。藤見は前もって聞いていたから知っていたが、普通に考えれば新坂も走るか。女バス主将だもんな。速いに違いない。

「で、何を間違えてリレー走者に?」

「まぁほら、あれだよ」

 かくかくしかじかと、さっきの流れを手短に説明する。

「うう、こいつがついに社会適合を……」

「これで社会復帰の第一歩を踏み出したんだね。次はクラスで友達作ろうね」

「お前らは俺の親か」

 バカにしくさった態度の二人を見て、ため息をつく。

「ま、ぼくに勝てるといいね」

 藤見はにやっと笑う。……落ち着けよ。勝てるわけないが?

トラック半周で走者が変わるので、途中で二手に分かれた。新坂が藤見に手を振り、向こう側へ。藤見も俺との会話を切り上げて、クラスメイトの方へ戻った。

 選抜リレーは、三年生から二名、一、二年生から四名ずつの十名で走ることになる。男女で競技を分けていないため、各学年同数ずつ男子と女子を選ぶ。二クラス合同なのに、欅田のいるほうのクラスから二年生の走者が出ていないが、これは早い順に選んで行ったらうちのクラスから四人になったから……らしい。さっき聞いた。

 走順も団長がアンカーで、男女男男女男女……というわけではなく、特に決まっていない。基本的に三→一→二年生順番というくらいは決まっているようだが。

 二年生の中での走順は一木、北条、俺、松本という順らしく、二手に分かれた結果俺の方には一木がいる。

 ……こいつ喋ったことねえんだよな。シンプルに気まずい。見た目も金髪ショートで怖いし。


「ねー、木下?だっけ。あんたさぁ、夏海と何かあんの」

 そんなことを思っていると、その張本人に話しかけられてしまった。ついこの前も聞いたような質問だな。ブルータス、お前もか。

 一木の方を向く。気だるそうなその目は、特に何かを取り繕うような気配はなく、淡々と俺に質問の答えを迫っている。

「……いや、単に部活に入れられただけだ。お前らが考えるようなことはない」

「ウチたちが思ってるって何?キモ」

 ……このアマ。わかってます俺が自意識過剰なだけですよねごめんなさい許して。

「そっか、あんたにもわかんないんだ」

「?何が」

 一木はほんの少し落胆したような声音で呟く。

「ウチ、夏海みてると時々不安になんの。何考えてるかわかんないっていうか、自分のやりたいことをあんま言わないから」

 それから、ほんの少しだけ自嘲気味に笑って言葉を続けた。

「夏海は多分いろいろ考えてんだって思うけど、それをあたしたちに話してくれることはないってなんとなくわかる。……でもさ、最近のあんたと欅田さん?を見てると、もしかしたら知ってるのかもって思ったりすんの」

 この前のカンニング解決のときに言っていたのは、嫌みとかじゃなくて、ただ単に気になっていただけなのか。こいつ、もしかしていい奴だな?

 だが残念なことに、今のところ俺にもそれはわからない。聞いてみようとは思っているけれど、手持ちの情報はゼロだ。正直にそれを告げるほかない。

「……すまん。実のところ俺にもわからん」

「ん。ならいい」

 声援と入場曲でかき消されそうな小さい声で、一木はぶっきらぼうに言った。

 徐々に曲がフェードアウトして、こちら側にいた第一走者の三年生が、スタート位置へと向かう。全員が位置に着くと、ピストルが構えられた。誰もが開始の合図を待つかのように、グラウンド一帯は波打つように静まってゆく。


 ぱん、と合図が鳴るとともに、一斉に走者が走りだした。

 大きくなる声援の中で、一木がぽつり、ぽつりと語り出す。

「あたしは夏海のこと知りたい。難しいことはよくわかんないけど、私がそうしたいって思うから」

「……そうか」

 それはひどく独善的な願望だ。他人の中に踏み込むということは、きっとすごく自信と勇気が必要なことだ。けれど、それを願えるくらいの強さがある、ということの裏返しでもある。

 だからこそ、俺は一木の言葉を否定できない。

 一人、また一人とバトンが渡っていく。今ちょうど、目の前で三人目の一年生が走り出していった。見たところ、紅組は今のところ二位だ。

 一木は、それを眺めつつ立ち上がり、最後にひとつ、といった感じで話をまとめていく。

「でも、それを知ったところで、ウチが夏海に何かをしてあげることはできないんだろうね。……だから、もし木下にできることがあるなら、やってあげてよ」

 ……考えておく。

 喉元まで出ていたその言葉は、北条が白線の向こうに行ってしまったからついぞ声にはならなかった。

 なんだよ、案外ちゃんと考えてるじゃねぇか。

 その後ろ姿を見ながら思う。誰もが空虚に笑いあっているとは限らない。

 それが独善的であっても、押しつけがましいものであっても、きっと一木の中には俺よりもずっと純粋な、打算のない地平が広がっている。俺が今まで虚構だと言って見てこなかったものは、思ったよりもそうではないこともあるのかもしれない。

 だったら、俺がこれまで向き合ってこなかったものは、一体何だったのか。間違いだと断定し続けていたものの中にも、一定の正解が混じっていることを知った今、俺はそれにどう接していけばいい?


 そもそも間違っているのはどちらだったのだろう。

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