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俺は名探偵になんかならない2

「まず、問題についてです。和田先生、二人の答えが一致したのはどの問題ですか?」

「大問二番、問四です」

「ありがとうございます」

 この辺はプロレスみたいなものだ。あらかじめ、北条にも同じことを聞いてある。

 問題の内容は、統治制度の違いを記述するもので、字数は八〇~一〇〇字。余談だが俺もこの問題は満点だった。えへん。

 閑話休題。

 欅田は、問題をちらっと見た後に、傍らに置いてる教科書をめくり始め、あるページでその手を止めた。つかつかと和田のもとまで歩いていき、ばっとその教科書を突き付ける。

「この問題は、教科書のこの部分の記述を想定していると思いますが、違いますか」

「その通りです」

「それなら記述問題にしろ、ある程度答えが似通ることも十分に考えられます。それがたまたま完全一致した、と考えるのが筋ではありませんか」


 和田は少し考えてから、ゆっくりと話し始める。

「……確かに当初はそのように考えました。告発文はいたずらで、たまたまの一致だろうと。しかし句読点まで完全再現されていると、これは疑念を抱かざるを得ないでしょう」

「先生の仰ることはごもっともですが、そもそも松本くんはなつ……北条さんのことをカンニングすることは不可能なんです。……先生、こちらに来ていただけますか」

「……?えぇ」

 半信半疑ながらも、和田は欅田に言われるがまま進む。

「……ここは」

「はい。松本くんの席です。座ってください」

 先生が座ったのを確認すると、欅田は北条の机に向かって先ほどの問題と答案、それに取り出してきたペンを北条の前に置いた。

「じゃあ夏海ちゃん、試験でやってた風に問題解いてみて」

「うん」

 頷いた北条は、ペンをもって答えを書く仕草を始めた。

「……これは」

 それを見た和田が、思わず動揺した。


「そうです。北条さんは左利きなんです。左後ろの人は北条さんの利き腕が阻むせいで、定位置からほとんど動かずに解答用紙を見ることができません。見ることができるのはペンを置くときくらいだと思いますが、そんな時間がないことは、先生自身が一番ご存じかと思います」

 和田のつくるテストはとにかく問題が多い。よほど世界史が得意な人間でも、五分余ればいい方だ。そのせいで生徒からは不評だが。

「仮に北条さんがペンを持っている状況でカンニングに及ぶのなら、腰を浮かせるなどかなり大胆な行動が必要です。そこまでの動きがあれば、流石に試験監督が気づくはずです」

「……なるほど」

 和田は、ふーっと息を吐いて目を瞑った。


 欅田は畳みかけるように続ける。

「この時点で、一方的なカンニング行為はかなり可能性が薄まると思います。もう一つ、両者が協力しているという可能性もありますが、これは精神的な側面の矛盾が存在します。仮に協力してカンニングを試みたとしても、わざわざ一致することのほとんどない記述問題で、行う必要があるでしょうか。普通なら単語問題で行うはずです」

 欅田はここで一度言葉を切って、和田の出方を疑った。


 和田は自分の中で改めて整理しているのだろう。特に何も言う気配はないので、欅田は、困ったように一瞬こちらをちらりと見た。

 恐らくだが、和田はそもそもカンニング疑惑についてそこまで確信を抱いていなかったはずだ。それ故に、欅田の論理を精査している。

 ならば、ここで結論を言ってしまうのが得策だ。追い打ちをかけて、一気に攻めるべきだ。俺はアイコンタクトで、結論を言っていいと告げた。

 欅田は、もう一度ゆっくり息を吸ってから、最後の一言を告げる。


「松本くんの罪を晴らすことは、率直に言って悪魔の証明に近いと思います。けれど、原理的にほぼ不可能であること、それに精神的側面に、明らかにおかしい点があることを鑑みれば、二人の答案が偶然一致した可能性よりも、彼がカンニングをした可能性の方が低いと言えるのではないでしょうか」


 和田は、真面目で合理の追求を地で行くような人間だ。決して松本をいびろうとしているのではなく、ただ彼の論理ではそのような結論に至っただけであり、真面目であるがゆえに体育祭にまで言及する羽目になっているだけだ。

 だから、証拠を用いて正面突破を図れば、存外あっさり行くと俺は踏んだが、どうだ。

「……確かに、この説明はとても論理的です。私も自分の結論より、こちらの方が納得できました」

 和田のその一言を聞いて、押し黙っていた観衆は一斉に歓声を上げた。体育祭実行の報が瞬く間に校内へ広がってゆく。

「それと松本くん、疑って悪かったですね。私はとりあえず、教員会議で報告してきます。君たちも残り少ない日数ですが、体育祭まで頑張ってください」

 そう言って和田は、柔和な笑みを浮かべて教室を出ていった。

 ……あいつ、あんな表情出来るんだな。

「ま、これで一件落着か」

 理屈はつけてみたものの、こんなの全部詭弁に過ぎない。なんとか切り抜けられてよかった。

「くだらない。こんなの、ただの化かし合いじゃない」

 胸をなでおろしている俺の横で、美咲は軽蔑したように鼻で笑ってから、その場を立ち去った。多分、美咲はわかっているのだ。これが表面上解決したように見えただけだということを。

 しかし、美咲も変な奴だな。何か気になることでもあったのだろうか。わざわざ聞きに行くような深入りをする気はないけど。

 教室にいた生徒のほとんどは各々の部活などに戻っていて、目立つ集団は北条のグループくらいだ。松本が、欅田に対してしきりに頭を下げている。嬉しさがにじみ出ているな。

「欅田さん、本当に助かった。マジありがとう」

「いえいえ、そんな……私は大したことはしてないです」

「そんな事ねぇって。違うクラスなのに聞いた情報だけであそこまで言えるのすげえって」

 欅田はかぶりを振りつつ、少し照れているようだ。名探偵キキョウ、ここに誕生。

 彼女は俺が眺めていることに気が付いて、こちらをちらっと見た。

 ……間違えて俺のことポロリするのだけはやめてね?


「いえ、ほんとに。これ、木下くんの受け売りなので」


 ヘイ彼女。なんでフラグ回収しちゃうんだい。

 欅田が言った瞬間、その辺り一帯が凍り付いたように静まり返った。

 ……そりゃそうでしょうね。そうならないために、俺はお前に探偵役もどきを任せたんだが。

 一木とその他数名が、欅田の視線を追って俺を見て、「あぁ、あいつね」という感じで頷いている。松本はさっきまでの歓喜に満ちた表情はどこへやら、微妙にひきつった笑みに変わっていた。いやぁなんかすいませんねぇ……。

 俺はいつかの松本とのやり取りを思い出しながら、この場から逃れるべくそそくさと彼らに背を向けた。この場にいたらマジで大変なことになる。今はまんじゅうより、りあじゅうの方が怖い。

「てか欅田さんと木下君と夏海さぁ、最近マジ仲良しじゃん?なんかあるの?」

 教室を出る直前、そんな声が聞こえた。察するに一木の声だ。


それが誰に向けて放たれた言葉なのかはわからなかったけれど、俺は足を止めなかった。そもそも俺に対してじゃないのに返答したら、ただの自意識過剰のキモいやつだしね。

やはりこれまで同様、今後北条と関わることはあれど、その取り巻き各位にはできるだけ関わらないようにしておこう。

 廊下では筆や角材を持った生徒が忙しなく行き来していて、中庭の隅からは釘を打ちつける甲高い音が響いてくる。体育祭の準備として横断幕やらプラカード、入場ゲートの製作をしているのだろう。

 歩きながら、さっきの光景を思い出す。あの時俺が注視していたのは松本でも一木でも、欅田でもなかった。


 俺が見ていたのは北条夏海だ。


 俺は見逃さなかった。彼女が恍惚とした表情を。北条が今までにないくらい真剣に何かをつぶやきながら、期待に満ち満ちた目を輝かせているその姿を。

 果たして彼女の心の奥にあるものは何か。

 真相はまだ見えない。いつかは暴き出してやりたいと思う。

 が、しかし。今は体育祭の成功が優先だ。

 体育祭だけが、唯一俺と北条を、こちら側から能動的に繋げるものだからな。

 何はともあれ、あとは体育祭当日を控えるのみ。見聞部がすることは特になさそうだ。多分我々も一生徒として参加することになるんだろうな。

 あとは当日の成功を祈るために、そのうちてるてる坊主作っておくか、と考えたところで、完全に失念していたあることに気づいて思わず立ち止まった。


 ……どうしよう。二人三脚、なんもやってねえや。

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