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俺は逆張っているのかもしれない……2

「あ、トージここにいたんだ。大丈夫?体調悪いの?」

「北条……」


 入って来た北条は、つかつかとこちらに向かってくる途中で鳥居先生に気づいたようで、サイドテールを跳ねながらお辞儀した。

「あ、翔子先生こんにちはです」

「こんにちは北条さん。……で、何故ここに?あなたたち、一体どんな関係?」

「えっと同じ部活……?」

「同じ部活……あぁ、『見聞部』ね。はいはい……って、え?木下君あの部活入ったの⁈」

 先生は一瞬だけ納得したものの、申請書の中身を思い出したのか勢いよくこちらを振り返った。普通に考えたら俺が入らない部活ですよね。俺もそう思います。

「半強制的に……」

「……?」

 半強制的の意味が分からなかったのか、先生は首をひねった。

「いや翔子先生ちがうの‼そうじゃなくて‼」

 わたわたと手を振りながら北条はあれやこれやと、ここ二週間のテストのことや、体育祭のことを語り始めた。

「へぇ、体育祭。なるほどねぇ」

 一通り話を聞き、にやぁ……といやらしい笑みを浮かべながらこちらを覗き込んだ。先生の目線からなんとか逃れようとすっと顔をそむける。

 ……この人、絶対察していやがる。先日の話が思い出されて少しだけ顔が火照った。

 わかっている。こんなの、明らかに「懐古厨」の行動なんかじゃない。俺は今、自分から逸脱している。

 それを先生に察されているのが、自分の底の浅さを見透かされているような気がして、やはりなんとなく恥ずかしかった。あーくそ、もう嫌だ……。

「先生、現代文の教師になればいいんじゃないですか……」

 きっと平塚先生ばりに良い先生になっていたことと思う。そんなことを思って苦し紛れに軽口をたたくと、先生はふっと息を吐いた。顔は見えなかったけれど、苦笑したのだろう。

「無理に決まってるでしょ。私、現代文苦手よ」

 声を聴きながら、頭にふぁさっと何かが乗せられたのを感じた。手に取ってみると、いつぞやの書き直しレポートだ。先生の方を見れば、既に立ち上がっていてこちらを見降ろしている。

 レポートを俺の頭の上に置いたのであろう手がそのまま伸びてきて、肩を掴んだ。え、なに怖いんですが……。

「ほんとはレポート返しに来たのよ。よくできていたわ。……始めから、真面目にやればいいのに」

「はぁ」

 全面的に同意です。先生は一呼吸おいてから続ける。


「まぁでも、やっぱ一人くらいはあんたみたいな変な奴がいた方が味が出るのよ。……それと部活の話ね、別にいいんじゃない?私が思うに、結局どうあっても知らずのうちに人は変わっていくわ。過去は思い出として残るかもしれない。でもそれは、所詮あんたの言う「虚構」に過ぎないでしょう?だって「過去」は手元に置いておけない。過ぎたその瞬間から、離れていく。だから、きっと私たちはそこに憧憬を抱くの」

先生は諦念が混じった声言う。

「あんたはそういうタイプだし、変わっていく自分に嫌気がさすだろうけどね。だから、悩めるうちに悩んどきなさい」

「……そういうもんすかね」

「当たり前でしょ。あんたは逆張りで懐古厨なんだから、もう最悪レベルでそうなるわ。でなきゃ、私は過去の恋愛なんて忘れてとっくに結婚してるっつーの」

 先生は俺の肩をぽんと強く叩いてからにっと笑う。この人は、特定の人と結婚したいのであって漠然と結婚したいわけじゃないんだな、と思う。

 そして、もしかしたら俺と結構近い人種なのかもしれない。もし俺に似ているのだとしたら、この先生は重い女だ。それもとてつもなく。

「重いなぁ……」

「失礼ね」

 言いながら先生は俺の頭を軽く小突き、保健室の扉の方へ向かった。それから去り際に、もう一言だけ付け加えた

「あ、そうそう。補習の日にち、体育祭終わった後にするわ。だから頑張んなさい」

 それからぴしゃりを扉を閉める。


 俺は確かに少し変わったように思える自分が嫌だった。それもいわば「懐古厨」の特性なのかもしれない。先生は、変わるか変わらないかも、それを受け入れるか受け入れれないかも自分で決めろと言ったように聞こえた。

 だから、その答えをいつか出さなければいけない日がきっと来る。


「……………………」

 気づけば奇妙な沈黙が生まれていた。……うんまぁ、正直北条と二人きりにされても困る。話すこともないし、俺がずっと考え込んでたんじゃ、静かになるのも道理だ。

「なんか……難しい話してたね」

 あーとかうーとか呻いていた北条は、なんとか話題を見つけたようで、おずおずと話しかけてきた。

「そうでもない。……てかお前の方が成績良いし」

「成績の良さとは関係ないでしょ」

「そんなもんか」

「あたしが言うんだから間違いなくない?」

「……確かにな」

「てかトージさ、もしかして結構無理してた?」

 さりげなく、あくまでさりげなく聞いてきた北条の方を俺は思わず向く。

「無理?」

「や、なんか保健室で爆睡しちゃうくらい疲れてたのかなって……なんかあたしが言い出したことなのに、仕事いっぱい押し付けちゃってごめん。ほんとは応援団も入りたいわけじゃなかったけど……なんか入れられちゃって」

 たはは……と笑いながらも北条は伏し目がちに、北条は申し訳なさそうにしている。それを見て、また少し考える。


 俺は、彼女の他人に対する態度をここ最近注視していた。その上で言うことができるのは、俺に対する態度は明らかに「他人と変わらない」ものだったということだ。

 こんなの自意識過剰で本当に気持ちが悪い。けれど何かしら、俺と彼女の間をつないでいる理由があるはずなのだ。ここ数日、その「何か」を消去法的に探ってきたつもりだ。

 普通に考えれば、人間は自分に近しい人間のことを優先する。それをしないのは正義の味方か、「近しい人」が存在しないぼっちくらいだと思う。この通例に沿えば、明らかにこいつの態度は矛盾している。

 なぜお前は、他の近しい友人を差し置いて俺や欅田といった特に共通点のない他人と無理やり関わろうとする?一木達を誘わず、俺達を部活に誘った理由はなんだ?

 ほんの少しの間、彼女の瞳を見る。その奥に湛えているものは何か。それはきっと、弱い俺が願ってしまうような甘い感情ではなくて、俺と同じ、打算的な何かのはずだ。

 さっきの先生の問いの解答が決めきれないのはここにも関連しているのだろう。彼女が俺に関わる理由如何で行動が変わってしまうことも、またなんだか他人本位でちょっと嫌ではあるけれど。

「なぁ北条、お前……」

 言いかけた瞬間に、携帯のバイブレーションが鳴った。二人しかいない保健室ではよく響いた。昼休みの終わりに俺に連絡してくるとすれば、部活会終わりの藤見か新坂だろう。

「連絡来てるよ?」

「わかってる」

 携帯を開いて、メールをタップする。藤見から「賛成多数」という文字列とサムズアップの絵文字が送られてきていた。

「騎馬戦の手伝い、部活会が引き受けてくれるらしい」

「ほんと⁈よかったぁ」

 北条は心底安心しているように見えた。

 ……なんか話をぶり返す雰囲気ではないな。仕方ない、これも落ちついてからにしよう。どうせこいつとはもうしばらく付き合う羽目になりそうだ。

 しかし最近、着々と「落ち着いてからやるリスト」に事案が増えてるな?こうやって溜まり溜まった仕事がキャパオーバーを引き起こすんですね、いやぁ~勉強になります。


 さて昼休みも少なくなってきたし、いい加減教室に行くとしよう。俺はベッドからはいずり出て靴を履く。

「もういいの?」

「あぁ。むしろ寝過ぎた。昼夜逆転しそう」

「そっか」

「そういえば、放課後のあれは大丈夫か?」

「あ、うん。桔梗ちゃんがちょっと不安っぽかったけど……多分なんとかなると思う」

「そりゃよかった。……なぁ、北条」

 北条を呼び止める。律儀にベッドを仕切るカーテンの際で待っていた彼女はこちらに振り向いた。とりあえず自分の保身のため、これだけは弁明させていただこう。俺は、お前のためなんかに動いてやらない。

「別に、俺は無理してたわけじゃない。ちょっと熱が入って徹夜しただけだ。なんか心配かけて悪かった」

 俺は言いながら歩き始め、返事を聞かずにそのまま保健室を出た。北条はぼそぼそと何か呟いていたが、その内容を俺は知らない。

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