面倒ごとは突然起こらない
事件というものは、いつも唐突に発生する。ラブストーリーより突然だ。
例えばそう、こんな雨の日の午後に。
「はぁ⁈どういうことっすか‼俺が夏海の答案カンニングしたって‼」
そんな叫び声が教室に響き渡ったのは、伸びてしまったうどんを腹に詰め込み、まどろみつつもなんとか乗り切ることに成功した、五限の世界史が終わった直後のことだった。
机に突っ伏していざ夢の世界へと旅立とうとした直前、大声で聞きなれない単語が話されていれば、流石に眠気も吹き飛ぶ。
「どうもこうも、そういう話が私のところに来ただけです。私とて松本くんを疑うようなことはしたくないのですが、ここまで記述答案が一致していると、流石に疑わざるを得ないのです。分かってください」
騒ぎが起こっているのは俺の二列となりの後方、要するに北条の左斜め後ろだ。振り返ってみると、理知的な佇まいの世界史教師の和田と、ガタイの良い生徒(松本というのだろう)が何やら言い争っている。
話を聞くに、この松本たらいう生徒の何かしらの解答が、北条の答案とほとんど一致していたことで、カンニングの疑いをかけられているようだ。
だが、和田に声を荒げて対抗するのはあまり得策ではない。あいつは内容的に授業が不必要だと考えればその単元はまるごと自習にして課題プリントを解かせるような、合理主義の極致を往くような男だ。
「夏海も何か言ってくれよ‼」
「私は試験中のことわかんないからなんとも言えないけど……。でも、そんなことするような人じゃないと思います」
「まぁ、信憑性も定かではないですし、一応記憶しておいてください」
そう言って和田は教室を後にする。ほんとに事務連絡するだけだったらしいな。
しかし、言われた方は簡単に割り切れるものじゃなかったとみえる。松本は散々愚痴を吐きながら貧乏ゆすりをしていた。
それを宥める彼の友人たちを見ていると、北条が醒めた顔で一歩引いているのが目に映る。
あぁ、またあの表情だ。どこか、俺に期待させてしまうような、そんな表情。
けれどそれも長くは続かなかった。北条はすぐに、にぱっと笑顔を浮かべて、会話の渦に戻っていく。
ま、どのみちあまり関係のないことだ。俺が積極的に北条と関わろうなどと変な気を起こさない限り、あの表情の真意を探る日など来やせんのだ。
せっかくの休み時間が奪われるところだったぜ。危ない危ない。それではおやすみなさい。再び机に突っ伏して、呼吸を落ち着けていく。ゆっくりと、夢の世界へと引き込まれていく。
……ちなみに次起きたのは六限が終わり、生徒会室へ向かう北条が俺を呼んだ時だった。




