二のタチバナ
陰陽師が出たのは、その日の夜やった。
ゴキブリ出没的な言い方になるのも仕方ない、風呂入って部屋戻ったら、ちゃぶ台の上に小っさい人が座っとってんから。
「うわあぁ何っ!?」
俺が驚いたらそいつも、
「ひわぁっ陰陽師のタチバナと申します、そちらは!?」
って叫ぶ。
「鳥井剣太郎十三才ふたご座のB型、好きな和菓子は栗羊羹!」
「余計な情報ありがとうございます!」
「いえいえこちらこそどーもーありがとうございましたー」
「はーぁ……」
俺たちは適当にクールダウンした。
落ち着いて見るとリトル陰陽師はちょっと透けて、ブレてた。回線不安定やなあ。
「でー、何?」
クールしすぎた俺の問いかけに、陰陽師が烏帽子を揺らす。
「もーっ何と呑気な。昼間ご覧になったでしょう、鵺ですよ鵺、ぬ・えっっ!」
「やかましいわ! うわー、あれやっぱ妖怪やったんや」
「放っておけば世が滅びます」
「…………」
ちゃぶ台の前で固まった俺、の頭ん中に古典資料集が浮かんでくる。
「待ってや、安倍清明。鵺って退治されたんちゃうん?」
「んもー誰も彼も安倍さん安倍さんってあんな昔の人を。タチバナ家だってこんなにがんばってるのにぃ」
ごちゃごちゃ言ってた小さな顔が「さて、気を取り直し」とマジメに俺を見上げた。
「私はその鵺退治についてお話ししに参ったのです。お聞きください、剣太郎どの」
~陰陽師は語る~
・平安の京、やばい怨念が集まって鵺が生まれた。
・源頼政っていう結構凄い武士が出動した。
・好条件そろってこれ100パー討てるわ! で待ち伏せしとった。
・ヨリマサのおっさんが腹痛起こした。
・仕留め損ねて令和に逃げられた。
「そして尻ぬぐいを命じられた私がここに行き着いたわけです、おわかりか」
「ふざけんなよ平安」
心から返してハッとした。弓花のことや。
あいつ、家帰ってからもずっとぬえぬえ言って写真見たがってうるさかったし、大フィーバーなんは嫌でも分かる。
「俺の妹、あれ気に入っちゃってんねん。ヤバいやろ?」
「いとヤバし。純粋な心は鵺にとって格好の隠れ蓑です。このままだと鵺ぱわぁが増大し、時の流れを丸ごと喰われ……」
「時間って美味いん? たこ焼きくらい?」
「つまり、“これまで”も“これから”も無くなってしまう。鵺に飲み込まれた瞬間、あなたも私も何もかもが消え、なかったことになるんですよ」
マジな口調で陰陽師が言うとなると、さすがに俺も生ツバ飲み込むしかなかった。
「そんなん嫌や、内田さんの隣の席になるまで絶対死ねん。はよやっつけてや清明」
「タチバナですタチバナ、すみませんねえタチバナで! しかし、こうも時を隔ててしまうとどうすればいいやら。まったく困りの果てですよ……」
プンスカしてから烏帽子頭がカクッとかたむく。忙しないな、平安人ってもっとおっとりしとるんちゃうん。
「とにかく、今は鵺と妹御を引き離して時間を稼いで下さい。その間にこちらで策を講じます」
おっ結構頼れるやん。俺は思わず身を乗り出した。
「サクって何、でっかい会議とか?」
「お祈りと、占いです! ではお願いしますよ剣太郎どの!」
自信満々で消えてく清明もどきはヒョウタンみたいな顔にほっそい目してめっちゃ弱そうで、余計不安になった俺は全然眠れへんかった。つらい。