大人しく待ってると思うな!
「帰ってきたら言いたいことがあるんだ…。」
少年は幼馴染の少女を目の前にしてそう言った。少年の目は潤んでいながらも強い決意の炎が灯っていた。彼の強い眼差しに少女はハッと息を呑んだ。そして彼女は
「今!今言いいなさい!言え!」
少年の頬を両手でムニムニと掴み上げた。
少女の名はルルリナ。ここポポノク村に住んでいる。対する少年の名はセドリック。サラサラの栗毛を持つルルリナの幼馴染である。
先日、セドリックは神託により勇者に選ばれたので都に行かなければならなくなった。そしてしばらくの別れをルルリナに告げに来たのであった。
「いあい!あにすうんあようういあ!(痛い!何するんだよルルリナ!)」
イケメン勇者の顔が潰れてちょっと残念になっている。
「後はダメ!今言いなさい!絶対に!」
「あかった!いゆ!びゃからぱなして!(わかった!言う!だから離して!)」
ようやく離れたルルリナの手をセドリックは自分の手でそっと包み込んだ。ルルリナの手の温かさを感じて、セドリックはとても心臓がバクバクした。ルルリナは不安そうにセドリックを見上げていた。
「ルルリナ…。」
「何?」
「俺は君が好きだ。」
セドリックの想いを聞いたルルリナの目が見開かれる。
「セドリック…私…。」
「待って。」
ルルリナの口元にそっとセドリックは人差し指を立てた。
「今は聞きたくない。」
「何故?」
「どんな返事を聞いたとしても、その後俺は平常でいられる自信がない。」
「勇者の旅に影響するのを避けたいのね。」
「あぁ、だから待っていてくれ。っていだだだだだっ!」
ルルリナは今度はセドリックの手の甲をつねっていた。
「待たない!」
「へ?」
「私もセドリックのことが好きなの!」
「えっ。」
「だからね、大人しく待てるとかと思わないで!」
今度はルルリナがセドリックの手を握り締める番だった。強い眼差しで彼女はセドリックを見上げた。
「ここでただセドリックが帰ってくるのを待ってるなんて不安でしかないわ。」
「何が不安なんだ?」
「だって、そりゃぁ、街には可愛い女の子がいっぱいいるわけでしょ。それにパーティーには聖女様や魔法使い様だっているじゃないの!」
「俺が浮気すると思ってるの!?」
「そんなことない!でもセドリックは勇者だよ?みんなあなたに興味津々なの。老若男女問わず沢山の人に囲まれるはずだわ。それなのに私はここでのほほんとしていられないわ。ただでさえポポノク村に都の情報が届くのは遅いって言うのに!」
「そうか、言われてみればそうだよね。」
セドリックはハッとした。
「ゴメン、無責任なこと言って悪かった。俺だってルルリナを置いていって他の男が君を口説く隙なんて作りたくない。いつだって君の隣にいるのは俺であって欲しいし、ずっとそばにいたい。でも、ルルリナを危険な旅には連れて行けないんだよ。」
「それはわかってる!だから私、考えたの。セドリック、私も都に行く。お母さんの従姉妹があっちで仕立て屋をしていて、働いてみないかって前から言われていたの。」
どう?名案でしょ?ルルリナの顔はそう言っていた。
「確かに、勇者は王城を拠点に活動するから、都のほうが城下だしお互い連絡取りやすいかも。村で待っててもらうよりずっと近い。」
「でしょう?決まり!私もセドリックと一緒に都まで付いて行くわ!!」
「うん、そうしようルルリナ。…そしたら途中で役場に寄ろうよ。」
「どうして?」
セドリックはすぐには答えなかった。その代わり触れている彼の手が僅かに震えていることにルルリナは気がついた。
「…ルルリナ、結婚しよう。」
ルルリナの目は大きく見開かれた。
「俺は勇者だ。目の前に何が立ち塞がるかわからない。でも、俺はルルリナと離れたくない。だから、その、結婚してしまえば俺達を切り離すことは誰にもできないかなって思って…。…ごめん、軽率だったかな…。重いかな…。」
セドリックの瞳が不安そうに揺れていた。しかし、反対にルルリナの目は輝いていた。
「名案よ!セドリック!」
「えっ?」
「結婚しましょう私達!大丈夫よ!私達、今までだってずっと一緒の幼馴染だもの、異論はないわ!」
「本当にいいの…?」
「勿論!そうと決まれば早速準備しなくっちゃ!やることは沢山あるわ!!」
「うん!」
それから彼らは二人で王都に向かう準備をした。荷物をまとめたり、お互いの両親に挨拶したり。突然結婚を決めたことに親はビックリ…はせず、いつかするとは思ってたからとあっさり認めてくれた。これも二人が昔から付き合いがあるからだろう。
「素晴らしい!素晴らしい!」
一人、二人を離れたところから眺めていた人物がいた。彼は都から一人で勇者を迎えにきた役人である。勇者の迎えがお役人一人で、しかも公共交通機関の乗合馬車で来てるなんて、あまりにも貧相な気がするが、この世界で大切なのは勇者の帰還であり、誕生はそこまで重要視されていないのでまぁいいのである。
彼は優秀な役人であるとともに、恋愛物語を読むのが趣味だった。ありとあらゆるシュチュエーションを想像して萌えてきた彼にとって、ルルリナとセドリックが愛を誓い合っている姿は大変心に刺さった。イマジネーションが湧きすぎて、1冊小説がかけるくらい興奮した。
「今度の即売会で出す新刊はこれに決まりだ!!」
実は彼、勇者を迎えに来る前に王様の「勇者か、無事に魔王を倒した暁には姫の婿にしてやろうか…。いや、うちの可愛い娘でなくても高位の貴族令嬢でもいい。とにかく国に縛り付けねば…。」という呟きを耳にしていた。ルルリナの心配が的中していたと言ってもいい。その時役人は、ふーん勇者様逆玉の輿かー、としか思わなかった。しかし、今は違う。幼馴染物かつ身分差物。恐らく権力による邪魔も入る。これで萌えないわけがあろうか?彼はハッピーエンドが好きだ。悲恋好きの奴と馬が合わなさすぎて三日三晩討論したこともある。紆余曲折あっても恋人達には幸せになってほしいと願っている。
「二人の恋のキューピットに俺はなる!!」
王様に勇者を結婚させるなとは言われていない。現れた3次元の推し達を守るために彼は決意した。自分ができ限りのサポートをしよう。
「早速二人に話して来なくては!!」
もちろん、今度の新刊はあくまで彼らに着想を得て書くつもりだ。でも、一応許可をもらおう。そのほうが気兼ねなく書ける。後は、盗み聞きしたことを謝って、二人のことを応援したいと申し出よう。やることを決めた彼は駆け出した。
それからしばらくして。役人が書いた同人小説は評判になり商業化もされた。そのおかげで「愛し合う二人がどんなに引き裂かれそうになってもめげずに結ばれる」という話がブームとなり、同時に「恋人達を別れさせようとする人」が悪役扱いされるようになったおかげで、王様が頭を抱えることになることをまだ誰も知らない。