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溶けたバニラアイス

作者: あう。

本を捲る音が好きだ。

邪魔なものを弾くみたいな音。

生活費、嫌なアザ、進路、時間、君

パラパラパラパラ


「ねえ、知ってた?あの噂。君が私と付き合ってるんじゃないかって」


私がそういうと君は心底嫌そうな顔をする。

窓の光が黄金になって、味気なく放課後のチャイムが鳴きだした。

どうして光は時間によって色が変わってしまうんだろう。なんだか切ない。


「知ってた。君が付き纏うからだよ、他の友人でも作ればいいのに」

「周りが煩いの、彼氏作れとか好きな人いないの?とか、ほら私ってそこそこ可愛いじゃん?」

戯けて見せると君は数秒私を査定する。

そう言うのって失礼だって知らないんだろうか。


「…事実だとしても、自分で言うと半減するよね」

「事実なんだ?」


思わずケラケラ笑うと、そういうところは尊敬するよと不服そうに君が答える。

その顔がおかしくて、私はまた下らないジョークを投げる。君が嫌そうに返す。

会話のキャッチボールで口を疲弊させる、何秒、何分、何時間。繰り返しがくたびれた頃、君は決まって本に目線を戻す。

そこにあるのが正しいみたいに、君の手元にはいつも本がある。

君があまりに容易く自分の世界を、その薄汚れた紙切れに収めてしまうから、きっと、君は片付けが上手い人だと思う。

人生の片付け。


私はまたもや君に取り残されてしまったので

あてもない沈黙を小説の続きで埋める。


本に入って仕舞えば現実なんて簡単に消滅するのだ。


どうやらこのヒロインは死ぬらしい。危篤状態で病室に主人公が駆け込む。

ー 遥!!待って、まだ君に言ってないことがあるんだ。

遥は答えない。

主人公はヒロインの名前を呼び続ける。

何度も何度も何度も

こんなのってない、と悲痛に叫ぶ

遥はこれから学校を卒業して社会人になってお酒を飲んで僕と、僕と

涙を流してヒロインの手が微かに動く、

「……■■■、君を■■した■。」


つまらなくなって本を閉じた。

図書のこもった匂いが鼻を掠める。

独特な香り、私が嫌いな香り。


幸せを掴むためには世間から不幸を買わなきゃいけません。


誰かの声が聞こえる。

光の窓の方から天使が顔を出す。

最近よく見る夢が、ついに幻覚になって窓を軽く叩く。神から罪を知らせに来ました。

彼女達は幸福を告げるかのよう穏やかに微笑む。


「幸せを掴むためには世間から不幸を買わなきゃいけません。」

それは天使に好かれた母の最後の言葉だった。

私が小学校に上がった頃、母は体調を崩した。

そして近所の小さな病院から都内の病院へ回され精密検査を受けた、後に末期の子宮癌だと診断された。

私はよく覚えていないけれど、近所の人から聞くに、父がひどく慌てていて母はいつものように凛としていた。という。

でもそれも束の間。入院して直ぐ母は食べ物を口にしなくなった。

血色のあった肌も次第に褪せ、声も聞こえないくらいか細く、道端にある細い棒っきれみたいになった。痩せ細った姿が脆くて恐ろしかった。

幼かった私は、母の目の前であれは母じゃないと泣き喚いた。あれは骸骨だ!母じゃないオバケだ!怖いお母さんを返して!嫌い、やだ!!

喚く私に父は困りながらも、あれがお母さんだよ、今は具合が悪いだけだよ、と言い聞かせた。でも私は首を振るばかりで母は困ったように笑うだけだった。

私はお見舞いに行きたがらなくなった。

父には悪いことをしたと思う。

母と私のために、父は私を病院に連れて行かなくなった。

だから、気づいたら彼女の容姿は本当に骨になってしまった。


彼女の言葉を小さく口に出す。

それは酷くありきたりで陳腐な言葉だ。

1+1=2と同じくらいありふれた答え。

でも私はそれを活用する術をまだ知らない。


大抵、一介の学生なんてのはひたすらの博打と、多量の不幸で生かされてるのだ。と思う。

毎朝黒板の書きつけた文字をノートに写す。

下らない先生の好感度が人生に少ししばかりの加点をする。

立ち振る舞いの上手い人だけが少量の不幸で多くの幸せを購入してる。

この現実は、いつになったら、真面目で不器用な私達に笑いかけてくれるんだろう。

誰かの皺寄せに挟まった人間は、こうして何事もなかったかのように刹那の僥倖を味わうしかないのだろうか。


私のカバンの奥底。もう随分開かれていない旧約聖書が入っている。

母がよく読み聞かせてくれた物だ。

もっとも母も私も信仰心はなかったけれど。

きっと、不条理な世界の仕組みはアダムとイブの近くにわざわざ「善悪の判断をする実」を置いた神様から途切れることなく続いてるのだと思う。

私たちに、善悪以外で実を食べない判断ができる機能があったのだろうか。脳とか心とか?

馬鹿らしい。そもそも天使なんて壊れてるのかもしれない。

だってあの子達は神の犬だ、何も自分で考えてない。

だから私たちは間違ってなんかなかった。

幸せを手に入れたかった。だれがそこに反論できよう?幸せになりたかった。みんなより持ってなかったそれを不正に買っただけ。

幸せになりたい、幸せになりたいだけ。

好奇心を捌いた神様。

神様はきっと壊すことが得意なんだ。

ただ、私達は真似をしてるだけ。


罪を犯したのに幸せになった罰だ。死んでしまえ!

おばさんが灯油片手に家にやってくる。

君は今日、卵焼きを食べましたね。殺鳥です

神様になったつもりで想像すれば人間なんて脆くたやすく必死になって馬鹿らしい。

何にしろ裁けって世間は言う。要するに環境破壊とか何だって良いんだろう。

貴方達は誰を何の分際で捌くんだろう

誰のために?何を信じてるゆえに?

きっとそれは心底つまらない物だ。

そうに決まってる。

きっとそれは、例えばアメリカの大統領の了承を得たら変わってしまうものだ。

同じ人間なのにくだらない。

この本と同じくらいには。


相変わらず君は赤い表紙の本を読んでる。


こっそり君を見てると、君の単行本の端、「君の死はーーー」という文が目に入った。

シンパシーを感じてしまったので題名を覗き込もうとして、無惨に敗れる。

パタン

君が、背表紙を机にピッタリくっつけたのだ。


「大人気ない」

次はちゃんと非難する。

君は私を一瞬見て本に目を戻す。

「本の表紙を覗き込むのって、本人の了承なしにLINEを手に入れるのと一緒だよ、構わないけど良い気はしない。」

「堅物」

「君のマナーがなってないだけ」

「…ごめんなさい」

君は静かに頷いた。


暇になって机に突っ伏す。

これが小説ならここで心地よくうたた寝できる場面なのに、制服の硬さが憎い。

君はまだ帰りそうもないし、私も1人で帰る気はない。


チクタクチクタク

家で聞く音と同じ。

時計の針はいつだって同じ音。

つまらない音。

スカートの中、太もものあたり

もう青くなった痣が疼き出す。


どくどくどくどく

心臓から血液を送る私の体は今日も酷く退屈で

図書館の膨大な中から新しい本を探す気にもなれないので、ただぼーっと近くの本棚の題名をなぞっていく。

一つだけ場違いな黒い表紙。


〔美しきかな人生〕

《人間失格》

〔生きてるだけで素晴らしい〜〇〇に学ぶ幸せな人生の歩み方〕

〔幸福論〕.......etc


酷いラインナップで思わず笑ってしまう。

これじゃまるでイジメだ。本から助けてって声が聞こえてくる。

人間失格なのはこの本を並べた誰かじゃないだろうか

そういえばどんな内容だっけ、と反芻するも私の脳内インターフェースは虚しく、写真が一葉。のやつとしか出してこない。

自殺?薬物?何だっけ。

太宰治って確かすごい名言を残していたよな。

人、生まれる、碌でもない人生、断言したい。


「…人間は恋と革命のために生まれてきたのだ!」

「それは、人間失格じゃなく斜陽だよ」

君がそれとなく軌道修正を加える。

「そういえば、恋どころか革命にも興味ない君は何のために生きてるの?」

「次の授業聞くみたいな雰囲気で辛辣な事詰め込んでくるのやめてくれない?」

「あの本棚見た?」

「酷いラインナップだ」

ひ、ど、い、ら、い、ん、な、っ、ぷ

一字一句思ったことと同じ事を言うので笑ってしまう。似るのはもう数ヶ月くらい経ってからが良いのに。友情の面白さはそこじゃないの?

だんだん似てくるあの、不愉快にも快感にも似た何かじゃないの?

君も同じことを思ってたと信じてたのに、なんだ結局君も君でしかない。

不貞腐れる私に君は気づかない。


「助けてあげなかったんだ」

私がそう言うと、君の口角が少し上がる。

君が重力に逆らうのは珍しいから嬉しい。

「面白いからね」

「じゃあ共犯だね、知ってた?共犯てこの世で1番近い存在らしいよ、私たち人殺しならぬ本殺し、むしろ見殺し??」


冗談めいた言葉が無本意に君の垂れ目を研いだ。

あれ、と思った時にはすでに遅くて、少し癖毛の黒髪な君を、きっと知らない人が見ても真面目そうな君をまたもや、どんどん君に似合わなくさせる。

酷く冷めた空気が流れている。いや、もしかしたら止まってるのかもしれない。

チクタクチクタクチクタク

しまった。




『実際僕らは共犯じゃないか。』



本当に人でも殺してしまったかのような

本当にどこか山奥の廃屋に本当に生きたまま人を置き去りにしたような、本当に誰かを見殺しにしてしまったかのような、そんな声のトーンで君はつぶやいた。


沈黙が続いた。

今度はどちらも本でつなぎ合わせたりしない。

本物の沈黙。

記憶から鉄の匂いが漏れた気がした。


「…そろそろ帰る?」

本を閉じた音と重ねて何事もなかったように君は言う。


「帰り道ファミレスでもよってこ」

私が催促する。何事もなかったかのように。

「別に僕はお腹空いてないから、返坂さんが1人で行ったら?」

君はバックに赤い本を入れる、何事もなかったかのように

「…そんなんだから友達できないんだよ。」

私は笑う、何事もなかったかのように。




数日前、私たちは人を殺した。





ーーーーーーーーーーーーーーー


趣味で書いてます。

溶けたバニラアイス、彼女達がどうなるのか、様々な世界線で生かしてくださると嬉しいです。

ここまで読んでくださりありがとうございます…!

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