③
私が亨を好きだと自覚したきっかけは、ほんの些細な出来事だった。恋する人は一度は経験するありきたりの出来事。亨が初めて一途になった相手に"嫉妬"を抱いたことが、いつの間にか私は彼に惹かれていたのだと気付かされた。
それと同時に、恋は理屈じゃないことを知った。亨のどこを好きかと問われたら、きっと私は答えられなかった。だって当時の亨は、女性の扱いは最低な遊び人で、罪を犯さなければならない闇の世界を生きる人だったから。
それに、亨は特定の彼女を決して作らなかったからこそ、私は気付かなかったのかもしれない。どうせ亨が相手にする女は一夜限り、そう勝手に決めつけていた。
今はもう、亨への想いは消えた。
亨と彼女は本当にお互いを愛しているし、私は亨の隣で生きる決心は持てないことも分かっている。亨が彼女と付き合う前から、私は亨がいる世界を垣間見たことがある。とても恐ろしくて、近寄れない光景が眼前には広がっていた。
それだけじゃない。亨と一番仲良くしていた女は私だけだったからか、"亨の女"として狙われたことが何度もあった。そのたびに、私は怖くて亨から距離を置こうとした。結局、一番気の合う友人は亨以外いなかったから踏みとどまったけれど。
そんな私と彼女は対照的だった。
自分が他の組から狙われても、亨の世界がどれだけ恐ろしいか知っていても、彼女は亨の隣にいることを選んだ。いつだったか覚えてないけれど、私は彼女に質問をしたことがある。
『亨の世界を知って、亨から離れたいと思ったことある?』
『……ないですね。私の幸せは亨さんの隣にあるから。もちろん、亨さんの世界を完全に受け入れてるわけじゃないんですけど、別れることのほうが辛くて嫌だったんです。だから、離れたいなんて思ったことはありません。亨さんにいらないって、嫌われるまでは傍にいるつもりです』
その言葉を聞いたとき、私は素直に彼女を心から認めることが出来たし、亨への想いを諦めることが出来た。
それからしばらくして、亨の付き人である十夜から真っ直ぐな愛を受け取った。
『香月さん、あなたが好きです。あなたが若を好きだと知っています。でもどうか、僕のことを考えてはいただけないでしょうか』
私の気持ちを知った上で、本当に真っ直ぐに告白をしてくれた。
十夜は、亨と同じく極道の世界に身を置いているけど、亨ほど危険はないらしい。それに、真摯に向けられた瞳は、私の不安を丸ごと包み込んでくれるように感じた。
そんな彼に心を動かされて、去年の暮れに付き合うことになった。実際に付き合ってみると、確かに亨ほど危険ではなかった。亨の付き人と言っても、仕事内容は他の組の動きを探ったり情報を集めたりと裏方として働いている。
そして今、左手の薬指に光る指輪は、十夜が先日のクリスマスに贈ってくれた物で、もうすぐ私たちは夫婦になる。
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