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ショートショート4月~

疑似恋愛

作者: たかさば


「ねえ、あなた、恋をしたことがないと聞いたわ」


「ええ、僕は恋を知りません」


「誰かをいとおしいと思ったことはないの?」


「ただ漠然と、かわいいなとか、話が合うなとか、そういう気持ちを抱いたことはあります」


「恋をしたいと、願うの?」


「願いません。そもそも僕は、ひとが苦手で、一人でいるほうが気が楽なんです」


「一人で不安に飲み込まれてしまうことはないの?」


「不安は、自分ひとりで向き合い、認め、消化することができると思っているのです」


「ねえ、あなた、私と、擬似恋愛をしましょう」


「擬似?必要ないですよ。僕は一人がいいと心から願っているのです」


「じゃあ、すこし、私のゲームに付き合って?」


「ゲーム?」


「そう。擬似恋愛をしてみて、あなたが恋を知れるかどうかの賭けをしましょう」


「賭け?僕は何をしたら勝ちで、何をしたら負けなんですか」


「あなたが恋を知れたら、私の勝ち、あなたが恋を知れなかったら、私の負け」


「勝ったら何かもらえるんですか?」


「勝ったら、あなたは自分が独りでいることに対する、絶対的な自信を得ることができる」


「負けたら?」


「負けたら、あなたは誰かと共にありたいという、本音を自覚することができる」


「意味のない勝負を、僕に受けろというのですか?」


「意味がないと決め付けているの?」


「僕はすでに自分で答えを出しているし、誰かに気持ちを乱されたくないのです」


「心乱され、気持ちが揺れる、それが恋だと、あなたは知っているの?」


「恋は、知りません、しかし・・・」


「いつまでもうじうじと過去を振り返ってばかりいるあなたに、変わるきっかけを与えたいと思うのだけど」


「自分の生きてきた道筋を辿って、懐古することを、他人に否定されたくありません」


「懐古?それは本当に懐古なの?回顧ではないの」


「回顧、なのかも、知れない、そこに良い、印象が、確かに、ない、から」


「懐かしく思うことと、囚われることは同じと考える?」


「考えて、いるかもしれません」


「一人で弱音を吐いて、一人で克服して、一人で満足しているひとはたしかに多いけれど、ここには私がいるのだから」


「恋を擬似で体験して、愛を得ましょう、ね?」


「そもそも、愛というものが、よくわからないのです」


「愛はあふれているけれど、ただあなたが気が付いていないだけだと思うわ」


「そうでしょうか」


「ひとはね、愛がたくさん詰まった如雨露を持っているのよ」


「如雨露?またえらく即物的な表現をしますね・・・」


「そう?わかりやすく説明しようと思うのだけど」


「如雨露は、その人の愛が詰まっているのよ。大きさは、ひとまちまち」


「誰かに、その愛を降り注ぐと、中身は減っていくの」


「惜しみなく愛を降り注ぐひとがいるわ」


「誰にでも、愛を降り注ぐから、誰からも愛を返してもらっているの」


「惜しみなく愛を降り注ぐひとがいるわ」


「でも、誰からも愛を返してもらえない人もいるのよ」


「返してもらえない愛でもいいからと、惜しみなく与え続けているの」


「とんでもなく、大きな如雨露の持ち主なのか、ただの馬鹿なのか、どっちなんでしょうね」


「もらった愛を、如雨露いっぱいになっているのに、誰にも与えず、溜め込んでいる人もいるの」


「よほどの業突く張りなんですね」


「それほどまでに、愛に飢えた生き方をしてきたとは、考えられないかしら」


「減った愛は、誰かに注いでもらわなければ、増えることがない、から?」


「そうね。減ってしまったらいやだから、出し惜しみする。」


「減り続けたら、枯渇するときが来ると思います」


「枯渇する前に、誰かから注いでもらえばいいのよ」


「僕の如雨露には、愛はありません」


「出し惜しみをしているだけなんじゃないの?」


「してない。もらったことがないんですから」


「如雨露の中身は、自分で確認できると思う?」


「わかりません」


「あなたは、今まで、愛を、誰かに分けたことはある?」


「ありません」


「じゃあ、私が今からあなたに、愛をあげる」


「そんな・・・簡単に与えるものじゃないでしょう、愛って」


「あら、やっぱり、あなた、業突く張りじゃない」


「もらうことばかりに執着して、与えることを拒否していると、私は感じたわ」


「僕の中には、愛がないからです」


「あなたは、そう、信じているのね?」


「事実です」


「私は、あなたをとても繊細なひとだと知っているわ」


「みんなの、いい人、であることも、知ってる」


「当たり障りのない人、で、通っているからね…」


「誰にでも、寄り添って、その人の意見を肯定し続けているものね」


「誰かの意見を否定したら、軋轢が生まれてしまうと思っているので…」


「それは、愛を与えているのだと思うのだけど、違うかしら」


「僕の与えているのは、相手のほしい言葉であって、愛ではないから、返してもらう愛はそこにありませんよ」


「感謝、うれしい気持ち、そういうものが、少しづつ、あなたの如雨露にたまっているとは、思えない?」


「それは、愛なんでしょうか」


「愛だと、私は思うのよ?」


「・・・。」


「恋をしたら、愛のやり取りが頻繁になるの」


「もらったら、ちゃんと返してあげて」


「もらいっぱなしでは、相手の如雨露が枯渇してしまうかもよ」


「枯渇したらどうなりますか?」


「愛をくれないあなた以外のひとから、愛をもらいに行くのよ」


「あなたに恋をしている相手なら、どこかで注いでもらった愛を、注ぎ続けてくれるかもしれない」


「あなたが愛を注がないなら、このひとは私に愛を注いではくれないんだと、消えてしまうかもしれない」


「この人に愛を注ぎたくないと相手が思ってしまったら、恋は終わる」


「僕は、恋すら始まっていないということですね」


「恋を知らないと、言っていたじゃない」


「注ぎたいと思うひとがいないんです」


「私に注いでみてと、私がお願いしているのに、注いではくれないの?」


「君には、注げません。僕の愛は、枯渇しています」


「本当に、枯渇しているの?」


「わからない、です」


「あなた、言い訳が多いわ」


「そんなことはないと思いますよ」


「私は何一つ、あなたを否定していないのに、あなたは私を否定してばかりいるのね」


「そんなことは、ないですよ」


「あなたは、誰かの意見を受け入れる心の広さを持っているの?」


「いつも僕は、誰かの気持ちを、受け入れているよ」


「それは、肯定の言葉を待っているひとに、望む物を与えているだけではないの?」


「ほしがる言葉を与えて、安心感を齎すのが、僕の役目だと思います」


「否定したらかわいそうだと、勝手に決め付けて、意見を捻じ曲げて?」


「僕の意見は、その人は求めていないんです」


「あなたの意見で、また違った選択肢が増えるかもしれないのに?」


「僕は、誰かの道筋に介入するつもりはないんですよ」


「自分が、自分の道を進みたいから?誰にも介入してもらいたくないから?」


「自分の世界を、荒らさないでほしいと思います」


「誰かと、言葉を、愛を、交わすことで、自分の道が新たに発見できるかもしれないのに?」


「・・・僕には、必要ありません」


「誰かに愛を与えて、自分にも与えてもらう。そのやり取りが、できないの?」


「できないから、僕は一人、ここにいる。」






僕の中から、擬似恋愛の、相手が消えた。


消えた後、僕の中に残ったのは、喪失感。


ああ、消えて、しまった。


この、もったいなかったと思う僕の心は、もしかしたら、恋のかけらなのかもしれない。


僕は、確かに、擬似恋愛から、少しだけ、恋を学んだ。


論破することに着目して、小さな恋愛のかけらを、つぶしてしまった。


僕は、何と戦っていたんだろう。


自分の矜持。自分の考え。自分の思い込み。


自分の中の誰かではない、僕以外の誰かと、話がしたい。


話が、したい。


話が、したい。


話を、させてください。


話を、したいんです。


誰か、僕と、話をして下さい。


誰か、僕と、恋をして下さい。


誰か、僕に、恋を、教えて下さい。


僕は、誰かに頼ろうとしている。


誰かに頼りたいと思い始めることができたのは。


間違いなく、擬似恋愛することができたから。


ああ、この勝負は、僕の負けだ。



ふらふらと立ち上がり、スマホを手にとって、僕は。


# 僕と恋をして下さい


引っ込み思案の僕にしては、考えられないような、呟きをする。






返信は、まだ、ない。


返信の来る日を、待っている。


この。待ち焦がれる気持ち。



これこそが、恋、なのかも知れない。



僕は、恋が、したい。


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