表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

7時12分

「……暑い。」


いくら日本には四季があるといっても、この湿度と室温は反則ではないだろうか。

安定した気候の大陸が少しうらやましく感じる。


『エルホ……ラング……。』


結局、霧崎きりさきくんが何をしたのかは聞けていない。

不思議な暖かさだった。


「おまじない……、じゃないよね。」


セミが鳴いている。

この季節では珍しくもない。


「朧月、ちょっといいか?」


今朝、担任の先生に捕まったのが運の尽きだったかな。

今日から猛暑が続くというニュースを信じ、いつもより1時間早く登校したのだけれど。

いつもより空が白く、霧に包まれた風景に少し浮かれたからかな……。

学級委員長、ということで、この暑い中会議室へ資料を運んでいる。

先生曰く、文化祭や遠足と言った行事についてのものとのこと。

6時45分、資料をすべて運び終わり、会議室で昨日のことを考えていた。

霧崎くんはいったい何をしたのだろう……。


パイプ椅子に座りながら、右手の人差し指を眺める。

会議室の蛍光灯が切れているのが見える。

考えてもわかるわけないか……。

時計を見るとちょうど7時だった。

会議室から退出し、施錠する。

職員室に鍵を持っていかなくちゃ。

廊下から差し込む朝焼けは、昼間よりも少しだけ優しく……。

運動場の地面から反射する光と、朝の霧が反射して、幻想的な雰囲気を感じる。

うん、夏も悪くないかも。

職員室で教室の鍵と、日誌を貰い、先生に挨拶をする。


学校は8時10分に出席の確認をする。

そして、教室の時計は7時10分を指していた。

出欠の確認までまだ一時間もあるのね。

今日の予習は、昨日してしまったので、手持ち無沙汰な時間ができてしまった。

でもしょうがないよね。

夏は陽射しが強く感じるもの。

そうだ、すこし校内をうろつこう。

他のクラスの人もまだ来ていない。


霞んでいる運動場に目をやると、誰かが走っている。

ああ、そうか。

この時間は運動部の朝練があるんだ。

陸上部員らしき影が動いているのがわかった。

特に何かあるわけじゃないけれど、下駄箱で靴に履き替えて中庭に出た。

園芸部の手入れしている鉢があった。

ここなら建物の影があるし、校門から離れているから人に見つかることもないかな。

そういえば、委員長になってから、初めてゆっくりした気がする。

そうだ、校舎の裏側に、もっと多くの鉢があった気がする。

見に行ってみよう。

歩いていくと、乾いた音が地面から聞こえる。

苔の匂いもする。

夏だなぁ。

自動販売機を横切り、校舎の裏側を覗く。


「……数が……、くっ、……アブソ……。」


誰かいるのかな?

いるとしたらいったい誰だろう。

運動場とは反対方向だし……。

園芸部の人かな。

誰かが植木鉢の前でしゃがみこんでいる。

男子だ。

声かけても……大丈夫かな……。

考えること45秒。

……行こう。

この性格を治すために委員長になったんだもの。


「あ、あのー。」


あ。



「……。」


霧崎くんだ。









どうしよう。

さっきまでの、思い切りと言うか、覚悟が……。


その……。


「……。」

「お、おはよう……。」

「……。」


霧崎くんは少し目を細めて、何も言わなかった。

どうしよう。

そう、考えないようにしようとしても、昨日のことや、部活見学の時のことが、頭の片隅にはあった。

そして、彼自身、他人ひとと関わらないようにしているような気がした。

だから聞いていない。

ううん、聞けなかった。

そして、今も取り繕うとして挨拶だけしたんだ。

……なかなか変われないな、わたし。


「おはよう……。」


沈黙の後、挨拶は帰ってきた。

これも想定外のことでだった。



ふと、彼の指に目が言った。

鉢に何か入れようとしている……??


「き、霧崎くんって、園芸部に入ったの??」

「いや……。」


だめだ、会話が続きそうにない。

やっぱり私は……。


「大丈夫……??」

「え……??」

「昨日は体調悪そうだったが……。」

「う、うん。」

「そうか……。それじゃあ。」

「え、き、霧崎くん……。」


それだけ言うと彼はまた去ろうとしていたのだろうか。

歩みが止まり、顔はこちらに向けないままに。


「園芸部ではない……、肥料を少しやってた。それと……。」


気が付くと、雲間から火が差し、青空が覗いていた。

彼の顔が逆光でよく見えない。

黄金色の光に包まれて見えた。


「昨日はおまじないだ……効いたみたいでよかった。」


言い残し、去っていった。


「おまじ……ない……。」


私は彼の言葉を繰り返すことしかできなかった。

朝の爽やかな風が、彼の謎を強調させる。

いきなりの風で、私は驚き、スカートをおさえ、やり過ごした。

どうしていきなり風が吹いたんだろう。

……教室に戻ろう。

流石に、そろそろ出席確認が始まるだろう。

靴を履き替え、朝の秘密の冒険を終わらせたのだ。


なぜか、校内に温かみを感じなかった。

何か違和感を感じる。

教室に戻り、時計を確認する。

7時12分。

そんなはずは……。

中庭に行き、彼に会い、話も少ししたのに。

教室との往復だけでも時間が足りないはずだ。

時計が壊れているのだろうか。


廊下で誰か来ないかと、ただぼんやりと窓を眺めていた。

さっき見た、陸上部員だ。

同じメニュー、同じコースを走っている。

あれ??

ということは、時計は何も間違っていない??


教室では秒針の音だけが鳴り響いていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ