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黄昏時の紅き瞳

「その、部活動の紹介も、あるんだけど、時間大丈夫かな。」


真紅の瞳に吸い込まれそうになる。

夕暮れの太陽みたいだな。


「いや……、俺は部活は……いい……。」


声変わりの途中なのかな。

それとも喉もケガしてるのかな。


「そう……。」


病的に白い皮膚が、包帯と夏服の間から現れる。

夕日に照らされて柑橘のように輝いている。


「その……、もし馴染めそうになかったり、何か問題があれば、頼って。委員長だから、一応。」


近寄りがたい雰囲気を感じる。

それでも、私は委員長としての役目を務めようと思う。

そういった本心を見透かしているのか、彼は私の胸をしばらく注視していた。

いくらかして、目線がゆっくりとこちらの方に向いた。


「……承知した。」

「それで、部活動のことなんだけど……。」


彼は無言でこちらを見た。

表情は特に変わりなかった。

意外だった。

しつこい、と、怒られるとも思っていた。


「一応、見ていかない……、かな。今は入る気なくても、入りたくなるかもしれないし……。」


目を合わせられない。

引っ込み思案な性格を、少しでも克服しようとして、この役目をしているけど……。

やっぱり、心の奥では怖い。

すると、また彼はこちらの眼を見て。


「……わかった。」


とだけ言って、席を立つのだった。


「やっぱり、こっちじゃあ、眼か……。」

「え?」

「……なんでもない。」

「そ、それじゃあ、行こうか。もうみんな部活に行っちゃったし、カギ閉めるね。荷物、大丈夫?」

「あぁ……。」


そう言って彼はまた、杖を突きながら教室を出るのだった。

気が付くと教室には他に誰もいなかった。

黄昏時の太陽が優しく教室を照らしていた。

学校の運動場では陸上部と野球部が活動を始めていた。


「えっと、じゃあ、最初は吹奏楽部から行こうか。」

「わかった。」


昼の時のように、また、階段をのぼる。

足音二回に杖の音が一回、響く。

オノマトペで言うなら……。

トントン、カン、と言った感じかしら。

いけない、また関係ないことを考えている。

今は今で集中しよう。


階段をのぼっていくと、廊下側から夕陽が差し込んでいる。

もう放課後になってから何時間かは経っているみたい。

最上階の音楽室の前についたころ、すこし体が熱かった。

日ごろの運動不足だろうか。

対照的に彼は普段通りで、呼吸も乱れていなかった。


「それじゃあ、ここで待ってて。先生に聞いてくるね。」


黙ってうなずき、廊下にもたれるのだった。

私は音楽室前まで行くと、少し自分の心臓が速いのに気が付いた。

やっぱり、練習中に入っていくと目立つよね。

これが自分の性格なのか、と言うこともわかっている。

でも怖い。

それでも行かなければ。

ちょうど演奏が終わったのか、音楽室からの旋律は止んでいた。

すかさず、ノックを三回程する。


「はい?」


中から先生の声がする。


「失礼します、委員長の朧月です。ひびき先生いますか。」

「はい。少し待ってもらってもいい?」

「はい。」


上級生の先輩だ。

リーダーのような存在なのだろうか。

しばらくして、彼女は帰ってきた。


「響先生、今はいないみたい。伝言でよければ対応できるけど。」

「あ、そうですか。実は今、転校生に部活を紹介してまして……。」


話し始めに、『あ、』と言ってしまう。

悪い癖だ。


「そっかー。と言っても、今はパート練でね、みんな別れて練習してるんだ。見せられるようなものはないんだよねー。」

「そうですか、わかりました。また、後日来ます。」

「うん。一応先生には伝えとくね。」

「はい。ありがとうございます。」


横を見ると、彼はもうすでに動き出しているようだった。


「ダメ見たい。今は先生いないんだって。そうだ、このまま文化部を見に行こっか。」


両手を合わせて、提案する。

彼は黙ってうなずくだけだった。


「ここが将棋部。なんでも、地方大会を目指して活動してるみたい。」

「ああ、噂の転校生か。」


上級生が口にした。


「噂……?」

「ああ、噂になってるよ。こんな時期に転校してくるのは珍しいってな。まあ、悪い噂ってわけでもないんだし、大目に見てやってくれ。ところで、名前は?」

「……。」

「ア、アハハ……。」


全ての部活動での彼の様子はおおむね一致する。

皆の動きを見る、ただそれだけだ。

そして、噂の転校生として名前を聞かれても沈黙を続ける。

となりで愛想笑いするのが私の役目。

しかし、そんな彼も沈黙を破った部活があった。

それが起きたのはサッカー部への見学をしているときだった。

隣では野球部が練習をしていた。

練習試合をベンチの後ろから見学しているときだった。


「おーい、行くぞー。」

「うーい。」


遠くから甲高い金属音。

隣の野球部からのファールボールだった。

私はただぼんやりと、彼の横顔と、試合をしている部員を眺めていた。

なまじ、ベンチから遠くにいたからだろうか。

ボールを運動場で止める網にも、ベンチでもなく、こちらに飛んできた。


「危ない!!」


誰かが言った。

それでも私は今日の仕事の疲れからか、半目になっていた。

気が付いた時には、ボールは私の半径1メートル近くまで来ていた。


「……ンチ……、……ールド……。」


すると、私の目の前に青い、六角形が現れ、ボールは地面に落ちた。


慌てて駆け寄ってきた野球部員に大丈夫か尋ねられた。

私は大丈夫とだけ答え、しばらく放心状態になっていた。

疲れて幻でも見たのだろうか。


「……朧月さん。」


初めて名前を呼ばれた。


「は、はい?!」

「今日は終わろうか。」


初めて彼から話しかけてくれた。


「そ、そうね……。一応、吹奏楽部以外見たものね……。」


すると彼はやはり、黙ったまま杖を突き、帰っていった。


「ま、待って!!」


顔だけをこちらに向けている。


「せ、せめて、名前、教えてくれない?」


すると意外にも彼は口を開いて。


霧崎きりさき……、霧崎きりさき……かい。」


と名乗り、再び帰路についた。


「霧崎くん……、か。」


私は彼の名前を反芻するようにつぶやいた。

気が付くと日は傾き、下校時間の音楽が鳴った。

私も帰ろう。

校舎の四階からは旋律が流れていた。



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