放課後、その先に
「一限目は国語かぁ、だるいなぁ。」
「まあまあ、古文のテストあるし、単語の確認しよ。」
教室内ではいつもの風景が広がっていた。
繰り返す日常。
きっとこれからも繰り返すであろう日常。
それが誰の生きた日々かは知らないが。
例えその中に、異端者が混ざっていても。
「……。」
「ねぇ……、やっぱり気にならない?」
「あぁ……、転校生のこと?」
「うん、自己紹介も最初の一言以外、何も話さなかったから。」
「うーん、緊張してるのかも。」
「……。」
「どうしたの?」
「いや、こっち廊下側なのに、聞こえてるのかなって。」
件の生徒は、窓際で日を浴びながらこちらを向いている。
「えぇ……、さすがにないと思うけど。」
赤い、赤い瞳だった。
終わりのチャイムが鳴る。
「それじゃあ、今日はここまで。」
「きりーつ、レイ。」
「ありがとうございました。」
「はい、ありがとうございました。」
「あー、ようやく終わった。」
「メシだ、メシ。」
「今日お昼どうする?」
「わたし食堂。」
「あ、ごめん。私、先生に案内するように言われてた。」
「案内……、って、転校生の?」
「うん。昼休みの間か、放課後にでもって。」
「じゃあ、放課後でいいんじゃない?」
「うーん……、あんまり先延ばしにしたくないんだよね。」
「それに、いい加減委員長の仕事にも慣れなきゃ。」
「そっかー、じゃあがんばれよ、つっきー。」
「うん。明日は一緒に食べよ。」
そうして、窓際一番後ろの席に行く。
転校生は机に肘をついて、傾いた顔を手で支えるようにして、校庭を見ていた。
右手は使えるのね……。
「ねぇ、君、ちょっといい?」
「……。」
転校生は動かなかった。
「あのー、……ちょっといいかな?」
やはり動かなかった。
人差し指で机を二度叩いた。
動いた。
ゆっくりと、こちらを向いた。
「私、朧月白夜といいます。よろしく。」
伏目で会釈する。
「先生から、校舎の案内を頼まれたの。いいかな?」
「……。」
無言で席を立って、廊下の方へ歩いて行った。
教室の前の方の、入り口近くの窓から顔を出して、こちらを見つめている。
時間は大丈夫……、と言うことなのかな。
気が付くと教室内の視線が、自身に集まっているのが分かった。
急いで教室を出る。
やっぱり、気になるよね、転校生だもの。
「じゃあ、上の階から案内するね。」
動き出した歩み。
足音の中に異質な音がする。
そうだ。
忘れていた。
松葉づえをついていたんだった。
「えぇと、自分で言っといてなんだけど、大丈夫?」
「……はい。」
低い声だった。
「そっか……、無理しないでね。じゃあ、音楽室から行こうか。」
いくら担任に頼まれたからと言って、けがをしている人を連れまわすのは失礼だったかな。
ゆっくりといこう。
失礼かもしれないけれど、速度を落として。
ごめんね。
これくらいしか気を使えない。
「……。」
そう言えば、転校生は何も喋らない。
そうだ。
「この学校についてはどれくらい知ってる?」
「……知らない。」
眉一つ動かさず、それでいて無表情。
何だろう、不思議だな。
「……そっか。」
無理もないよね。
転校初日だというのに、誰とも話してるの見てないもの。
「いちおう、公立の、そこそこの進学校だよ。」
「先生たちの矜持は五十パーセント以上の国立大学への進学。」
「だから、いろんな人がいるよ。普通科は大体の人が進学だけどね。」
階段の踊り場で曲がり、上の階へ行く。
「……ここが、音楽室。文化祭で歌の練習をしたり、吹奏楽部が練習してたりする部屋。」
転校生は、音楽室のほうを一瞥すると、他学年の教室が並ぶ廊下の方へ歩いて行った。
そこから図書室や非常階段を案内したけれど、彼はほとんど声を出さなかった。
「結構時間かかったけど、お昼どうする?」
「私はお弁当あるんだけれど……。」
「いい……。」
「えっ?」
不意に声を耳にする。
「……案内は……、終わったのか?」
「え、ええ。大体は。」
今迄はわからなかったけれど、この人、喉もかすれてる。
「……じゃあ、教室に戻る。」
そう言って一人で来た階段をおりていた。
こちらの顔をしっかりと見つめて。
そこは上級生の階で、教室が違うのに。
それでも私はそこから動けなかった。
吸い込まれそうな目だった。
「つっきー、昼ご飯食べ損ねたの?」
「うん、案内してたらお昼、終わっちゃってた。」
清掃後、自販機前で飲み物を買う。
すこしでいいから何か摂ろう。
「次音楽じゃん。急ご。」
「うん……。」
お昼の後、先生から部活動についても説明するように言われた。
大丈夫かな。
なんだろう、会話が続かないっていうか……、そう。
なにか噛み合っていないというか。
『あのー、……ちょっといいかな?』
動かなかった。
彼は。
人差し指で二回、机を叩いた。
……下品だったかな……。
「つっきー?」
「なに?」
「なにって……、ほら、文化祭の練習だよ。前に行かなきゃ。」
「ああ、うん。ありがとう。」
そうだ、今は音楽の授業中だ。
委員長だからと言って、人前に立つのがうまくなるわけじゃないの。
どちらかと言うと苦手なほうかも。
「どうしたの、人差し指。」
「えっ……。」
なんだろう、昼休憩、教室で視線を集める前のことなのに。
なんで今、思い出すんだろう。
それに、仕草を指摘されると恥ずかしい。
気付くと左手で右手を包んでいた。
やっぱり、下品だったのかな……。
「ううん、何でもない。」
「つっきー大丈夫?顔、赤いよ。」
「うん。ありがとう。」
慣れない笑顔を作って、ピアノの近く、先生のもとへと歩く。
文化祭の課題曲と、自由曲の練習をして終わった。
授業中、転校生にわき目した。
彼が来る前に曲が決まっていたから、歌詞がわからなかったのかな。
口は動いてなかった。
放課後、今度は彼の席の前に立った。
こっちを向くまで待った。
何も言わずに。
校庭を見ている彼。
窓が開いていた。
私は空を見ていた、ただ、なんとなく。
風が吹いて、花瓶の花が揺れた。
向かい風に目をつぶり、再び開ける。
気付くと、赤い眼がこちらを向いていた。