009. 王都レグルス
夜の魔王()である俺は、シスターのクレアさんに街を案内してもらうことになった。
まずは、食材や生活必需品、雑貨などが揃う商業区に案内してくれるらしい。
クレアさんは防御力が高い修道服から、少し露出がある私服に着替えていた。
修道服に包まれてあまりわからなかったが、私服だとすごく可愛い。
一緒に並んで歩くのも緊張してぎこちなくなる。
「あなた、さっきまで張り切っていたのに、私と街を回るの案外緊張しているんじゃない?」
クレアさんは上目使いで顔を覗くように見てきた。
「そ、そんなわけないだろう!」
「ふふ、冗談ですよ~」
図星を突かれたが、ここで負けるわけにはいかない。
女にリードされては最後、首輪をつけられてリードごと引きずり振り回される。
(・・・これってもしかして、デートになるんじゃない?)
雑念を振り払うためにも、なにか話題を振り気をそらさなければ。
(話題、話題・・・だめだ、思いつかない。
あれ?初対面の人とどう話すんだっけ?)
しばらくの間、コンビニ店員にファ〇チキくださいくらいしか喋っていなかった俺にとって、話題を作ることは難易度が高い。
最近は、喋らなくてもファ〇チキが出てくる。
(そうだ!コミュニケーションの基礎は質問からだ。
話し上手は聞き上手と、どっかで聞いたことがある)
「その・・・クレアはよかったのか? 教会の仕事があるんじゃないのか?」
「実は言うと、堅苦しい教会にいるのも面倒なのですよ。
何で毎日お祈りをしたり、年寄りの治療ばっかりしなければならないのよ!
それに、私がサボ・・・休んでも変わりの人はいますよ」
この人、教会のシスターなんてやってていいのかな?
・・・・・・
この後、クレアさんにはいくつか質問した。
遠方の国に住んでいたとあれば、こちらの常識に疎いということでも通る。
聞く限りは、おおよそゲームのころの世界と変わらないようだ。
ただ、少し違ったところもあった。
「通貨ですか。この国で使われているのは一般的な、銅貨、銀貨、金貨、白金貨ですけど、アスカさんはお持ちですか?」
ゲーム中では、100G、1000Gという数値表記でしかなかったお金が、金貨、銀貨というように使うお金が分けられていた。
よく考えたら当たり前だ。1つの貨幣で物のやり取りを行うこと自体が無理なことである。
魔王城から持ち出したのはすべて金貨であったため意識がなかった。
「金貨は一応持っているが、それぞれの通貨の価値はどの程度なんだ?」
「銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で、金貨1枚、金貨10枚で、白金貨1枚になっていますよ」
クレアさんの目が少し光っているような気がした。
それから、教会について質問したときのことだ。
「今、レグルスにある教会は、中央区の私たちマナリス教のみですけど、東区にも新しく教会が設立されるそうです。たしかステラ教かなんかでしたっけ。派閥争いにならなければいいのですけど・・・」
新しい建物の建設、こんなことはストーリーにかかわるような主要都市ではなかった。
ゲームでは時間の流れが止まったかのように同じフィールドしかなかったが、この世界は常に変わりつつある。
そのためか、ここレグルスも知らない建物や道がいくつかあった。
そして、宗派の違い。
そもそも、ゲーム中では宗派についてほとんど触れられていなかった。教会なんてどこも同じ宗派と思っていたが、話を聞くと一つの国に複数の宗派が混在することはよくあるそうだ。
「そういえば、教会で癒しを受けていた隣の子はどういう状況で助けられたんだ?」
段ボールおじさんのアバターのことについても情報不足だ。
詳しく聞くと分かることがあるかもしれない。
「平原に目立つように倒れていたらしいよ。
貴方と同じように魔物に襲われ、気絶したんじゃないですか?」
といっても、あの辺りはゴブリン程度しか出てこないんですけどね
クレアさんが付け加えて言う。
ここで疑問が生まれた。
段ボールおじさんはゴブリン程度にやられたとは思えない重症を負っていたはずだ。
また、近くにはやらかした(焦土化した)場所があったはずだ。
話しぶりからしたら、さら地は見つかっていないらしい。
一体、どういう原理だろう?
この世界のフィールドは自動的に修復するような仕組みでも有るのだろうか?
「あの子の傷とかはどうだったんだ?」
「特に目立った外傷はなかったですよ」
変わらぬ口調でクレアさんは言う。嘘はついているように見えない。
ついでに、"涙のスタッフ"を教会に置き忘れたことを思い出した。まあ、どうでもいいから段ボールおじさんのアバターにあげといてとクレアさんに伝える。
「アスカさんはあの人と知り合いなんですか?」
ちょっと、ムスッとした顔でクレアさんは聞いてくる。
「まあ、知り合いといえば知り合いかな?」
自分自身ですけど。
・・・・・・
俺はクレアさんに案内されて、商業区に着いた。
「ここが商業区ですよ。アスカさん!」
「おおーー」
思わず、驚きの声が出る。
流石は王都と呼ばれるだけあって、商業区だけでもバカ広い。
道は溢れるように人が多く、売店、露店が道に沿って所狭しと連なっている。
そして、なによりゲームのグラフィックでは何を売っていたかもわからない商品が一つ一つが、鮮明に分かることに感動した。
「今日は財布担当がいるから安心して買い物ができますね♪」
(こいつ・・・)
まあ、でも今日ぐらいはいいかな、一応助けてもらった身でありながら、町の案内までして貰っている。
この後、商業区にある道具屋、薬屋、雑貨屋等のいくつか店を回った。
「ほら、この髪飾り、小さくてピンクの花が可愛くない?」
クレアは、売店にあった商品を手に取りながら言う。
「確かに可愛いな。でもクレアにはこっちの赤のほうが可愛いと思うよ」
髪飾りをしているクレアさんを想像して、すなおな感想を言った。
ただ、自分が進めた髪飾りの値段を見て後悔した。
クレアさんが指していた髪飾りより3倍ほど高い。
「アスカさんがそう仰ってくれるならそれでも・・・」
すこし、照れ臭そうに赤の花の髪飾りを手に取る。
(はいはい、買いますよ、買いますよ、とほほ・・・)
お金を出すためにアイテム袋を開いたとき、ふと疑問に思った。
「よくアイテム袋が盗まれたりしなかったな」
アイテム袋はこの世界で高価なものであるはずだ。
中身を確認してみても特に猫ババもない。
「この国は本当に平和ですからね。落とし物をしても大体持ち主に帰ってきますよ」
たしかに、この国に来てからひしひしと平和さが伝わってくる。
ここ、商業区でも、お客さんでもない人なのに挨拶や、たわいのない話をしたり、サービスですよといってタダでもののやり取りをしている。
道には吟遊詩人の歌が響き、行く人は貴族から奴隷まで誰もが笑顔が絶えない。
腕にタトゥーが入っているような輩が、おばさんの重い荷物を運ぶのを手伝っているのだ。
信じられるか?
もしかするとクレアさんも、人助けの精神に乗っ取って付き添ってくれているのかもしれない。
「あっ、誰かと思ったらクレアちゃんじゃないか。今日も休みなのか?」
どうやらこの売店の店主はクレアさんと知り合いらしい。
「私は教会で働いているクレアではないですよ。人違いじゃないですか?ブッコロサレタイノデスカ?」
ものっすごい笑顔で返す。
前言撤回。
この人はただの腹黒だ。
・・・・・・
結局、3倍高い髪飾りを買わされた。
赤は3倍高い。
まあ、クレアさんは喜んでいたからいいかな。
「みて、似合う?」
「ああ、世界に一輪だけの花のようにかわいいよ」
ほんっと、何言っているのだろう?俺
「この髪飾り一生大切にしますね!アスカさんから貰ったものですから!」
クレアは頭に付けた髪飾りを嬉しそうに触っていた。
「おっ、おう、大切にしてくれよ!」
こういうのが上手い人は誰にでもこんなことを言っているのだろうな。
・・・・・・
「さすがにちょっと疲れましたね。アスカさん」
買い物で人混みに飲まれた俺とクレアさんは、疲れて、大通りから離れた広場のベンチで休憩していた。
俺は疲れたというより死にそうだ。
幸い、高価な買い物は髪飾り一個のみで、後はほとんどウィンドウショッピングで済んだからよかったと思う。
心の声が言う。
(起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる)
「あっ、ちょっと飲み物買ってきますね!」
「頼む」
そんな俺を見て気を利かせたのかわからないが、クレアさんは飲み物を買ってきてくれるらしい。
男として情けない。
「キャーーーァ!」
突然、広場に叫び声が響いた。
声の方向を向くと、クレアさんが、熊のような大男に腕を掴まれ、ナイフを突きつけられていた。
(!?)
ウゲていた頭を一気に冷やし臨戦態勢に移る。
「おっと!、動くんじゃねーぞ、にーちゃん!」
(嘘だろ、平和な国じゃなかったのか?
くそ!相手の目的はなんだ?金か?恨みか?)
硬直した俺を見て、大男は高らかと言う。
「こいつの命が惜しくば、有り金の40%を置いてきな!」
(金か!・・・・ん?)