005. 知らない天井・・・ですらない。
起きたときには、視界に青空が広がっていた。
いわゆる、知らない天井・・・ですらない。
あたり一面は草原である。
(また来てしまったのか。こんなことが1日に2度もあるものだろうか?)
頭を起こして自分の体を見る。
恐らく、またゲームのアバターになっているのだろう。
・・・・・・
見たところ、魔王の姿ではなかった。
手は人間の手であり、腕や体は少し細め。
服は全体的に緑っぽい冒険者の服を着ていて、頭に角はない。
今まで作ってきた別のアバターかもしれないが、
何分、軽装すぎてどのアカウントかわからない。
(性別は・・・男か)
魔王になったときは気にしていなかったが、重要なことである。
(せめて、ステータスを見ることができればなー)
そう思ったとき、突如、目の前にウィンドウが表示された。
「うぉっ!?」
・・・?
(これは!メニューウィンドウ?)
恐る恐る触ってみると、タッチパネルのように手に反応して画面がスクロールした。
(ゲームの時と全くUIが違う)
クリアで機能的なデザインだ。端には現在日時らしきものが表示されていた。
(118/7/27 5:10・・・?)
ユーザーの欄をタップてみると自分の見た目、装備、ステータス等が表示される。
・名前:ブョジーノ・オダマ
・性別:男
・種族:人族
・クラス:隠修士(Lv101)
・サブクラス:魔法使い(Lv30)
・ステータス
体力(HP):60/60
攻撃(ATK):25 (+5)
魔術(MAT):5 (+8)
︙
︙
このアバターは確か、「段ボールおじさん」のアカウントか!
隠修士は主に、攻撃、回避、敏捷のステータスが秀でている変わりに、非常に打たれ弱いのが特徴である。
サブクラスに魔法使いをセットしているため、魔術もそれなりに使用できる。
アカウントアイコンは「拾ってください」と書かれた段ボールに、子犬と並んで座っているオッサンの画像である。
アバター作成当初は、ダンジョンをできるだけ戦闘をせずに攻略するスニーキングミッションを想定して作っていた。
だが・・・
・スキル
緊急回避:75
変装術:180
遠方視認:90
高速詠唱:80
隠蔽:89
︙
潜伏:1
気配感知:0
そう、スニーキングミッションに必須の潜伏、気配感知スキルがカスである。
気配感知なんて、0なのにわざわざスキル一覧に載せるなよ!と言いたい。
(うあちゃ~、よりによってこのアカか~)
アカウントによっては、頼りになるパーティーメンバー (NPC)が何人もいるものもある。
例に魔王アカウントがそうであったように。
しかしながら、「段ボールおじさん」のアカウントは、隠密行動を目的としていたため単騎である。
周囲に誰もいないことを確認して、声を出した。
《誰かいますかーーー!?》
「誰かいるかーーー!?」
よし! 問題なく言えた。
魔王アバターほど言葉が自動変換されない。
もしかすると、アバターに依存したセリフの自動変換がされるのかもしれない。
メニューウィンドウに視線を戻し、メニュー上に表示されている俺を見たとき、ふと思った。
(この世界のアバターは服装だけが変わり、顔は変わらないのではないか?)
魔王城の自室には鏡など置いていなかった。
困惑して、イスターカーテンのガラス壁に写る自分を見る余裕もなかった。
魔王の俺はどんな顔をしていたのだろう?
現在、この世界は絶賛魔王討伐イベント中で、このままの顔では魔王と思われ討伐されるのではないか?
攻略Wikiの情報が頭をよぎる。
(うーん、ここは、スキルの試しどころだろう。)
使い方がわからなかったが、とりあえず唱えてみた。
スキル「変装術」
180
→150(成功)
ゲーム「End Of Life」(EOL)の中のスキルは、よくあるダイス目によって判定されるシステムであった。
スキルには0~99までの値があり、発動するたび1~100までのダイスを振る。
出た数がスキル値以下だったら成功とみなされ、効果が発動するというものだ。
ただし、特殊な方法を使うとスキル値を100以上に成長させることができた。
その場合は1~「スキル値+1」までのダイスを振り、出た数が100以上の成功だとその分の成功ボーナスが貰えるというシステムである。
どうやら、この世界でも通用するらしい。
ウィンドウに表示されたメッセージログを見ならが考察する。
スキルが発動すると体が光に包まれ、軽くなるような感覚があった。
・・・・・・
光が収まると、私は誰が見ようと間違える完璧な女の子になっていた。
髪の毛は長くふわふわになり胸が少しふくらんだような気がした。
背丈まで変わっている。さっきまで着ていた服がダボダボになっていた。
変装とは何なのだろうかというレベルである。
《変装術スゲー!》
「うむ。見事な出来栄えじゃ!」
あれ? おかしい。女の子の声が聞こえる。
セリフの自動変換が強くなっている。
《どういうことだ!?》
「どういうことなのだ!?」
しゃべり方が可愛い。これも変装の効果だろうか?
それとも、この世界では見た目に影響されてセリフが変わるようになっているのだろうか?
「まあ、よいのじゃ!細かいことをきにするものではないのだ!」
今の状況に不安も少しあったが何より、ゲームの世界にダイブして魔法のようなことを体験しているという好奇心のほうが勝っていた。
現実逃避が好きな私は、冒険の一歩を踏み出した。
・・・・・・
「段ボールおじさん」のアカウントと分かれば、今どのあたりにいるか分かる。
最後に落ちた (ログアウトした)場所は、「旅人の平原」という冒険の序盤で出てくる低レベルフィールドである。
スキル「遠方視認」
私はダボ袖から出した手にサンドウィッチを持ち、身を潜め、近くにモンスターがいないかスキルで確認していた。
この世界に来て一番気にしていた食料と水は、メニューウィンドウをいじっていた時にアイテム袋の中で見つかった。
ゲームの中でも空腹度というパラメータがあり、
空腹度が増えるほど、攻撃、防御、HPといったステータスに影響が出ていた。
そのため、アイテム袋に必ず食料を入れている。
「天候よし! 装備よし!食料問題なしなのだ!」
食料がすべてサンドウィッチという問題は放置して探索に励んでいた。
一見、誰もいない草原のように見える場所だがスキルを使うと、モンスターをはっきりと確認できた。
醜い顔に少し鍛えられた体、原始的な武器。
ファンタジー系ゲーム出現率ほぼ100%のゴブリンだ。
(試してみるか)
手に力を込め、頭の中に魔法のイメージを描く。
イメージすると自然と詠唱呪文が口から出てきた。
魔法「ファイアーボール」
89
→34(成功)
炎魔法の中では初歩であるものを使った。
発動した途端、周囲が薄暗くなり、意識も薄くなった。
(えっ、 何これ?)
目の前には真っ赤に燃え盛る炎の球体が作られ始めた。
炎球体が体ぐらいまでの大きさになったときゴブリンに向かって放たれる。
球体は途中まで進むと突如、破裂するとともに激しい光と爆音をもたらした。
「う・・・」
目を開いたときには、前方が全て扇状に溶岩のように燃え立っていた。
(これはアカン!)
火を消すために、慌てて水魔法を詠唱して放つ。
魔法「アクアボール」
70
→14(成功)
だが、それは悪手だった。
地面から水柱が発生したと思うと一帯を覆うような大波になり、地面にたたきつけられた。
「にょあーーー!」
もちろん、自分も余波により流される。
水が引いたときにはゴブリンの姿は欠片も残っておらず、討伐報酬であろうお金 (金貨1枚)と、私の水死体が地面に転がっていた。
「うぅっ・・・」
ずぶ濡れの体を起こしてあたりを見回す。
私の魔法はレベルと装備によるステータス補正の影響が出ているのだろう。
バカでもわかる。強すぎる。
(周りに人がいなくてよかったー)
頭を落ち着かせ、アイテム袋を開き、隠修士とはかけ離れていて、マイナス補正がかかる治療士の装備に変更した。
また、サブクラスもステータス補正がかからない勇者をセットする。
ヒーラーの装備も、元のオダマを基準に作られてあるのかサイズが大きかった。
装備変更後はファイアーボールを放っても、軽い火の玉が飛んでいくぐらいになった。
(ゲームの頃のファイアーボールここまで強くなかったはずなんだが・・・)
落ちている金貨を拾ってアイテム袋の中に入れる。
一呼吸いれて立ち上がった時、後ろから声が聞こえた。
「ほほう! 面白いものを持っていますねえ」
背筋が凍りつくような感覚が走る。
振り向くとそこには、真っ黒の騎士が立っていた。
(ダークロード!? なぜこんな低レベルのプレイスに!?)
慌てて装備を変えようとするが遅かった。
スキル「緊急回避」
75
→76(失敗)
偉い人は言っていた。75はあてにならない。
体のフワリと浮く感覚。ストロボスコープのように写る情景。
アイテム袋より飛び散るサンドウィッチ。
そして、サンドウィッチとともに散る自分のなにか。
ダークロードの目にもとまらぬ斬撃は、軽装である私の体をいともたやすく切り裂いていた。
サブタイ おじさん女の子になる!
サンドウィッチの食べ杉でサンドウィッチ依存症とかにならなければいいな…
余談ですけど
オダマの口癖は、のじゃ系となのだ系の混合です。