017. ファミリー
演習場にて実力をさらけ出した後、冒険者登録の残手続きをするため受付に戻ることとなった。
教官からは「いつでも訓練に来てくれ!」と見送られたが、それが建前であることは誰もが分かっている。
私がいなくなった演習場からはバカにするような声や、「うちの妹もあんな感じだ」とか、「庇護欲がかき立てられる」とか、「トキメキを覚えた!」など意味わかんない意見が飛んでいた。
(聞き耳スキルなんて使うんじゃなかった)
耳を塞ぎながら演習場を後にした。
受付に戻った後は、ギルドの利用の仕方と規定について一通りの説明を受けた。
そうこうしているうちに、外からは夕日が差し込むようになり、私はピッカピカのFランクギルドカードを手に帰ることになった。
「オダマちゃん。今日泊まるところある?」
「ないのだ」
「よかったら私の家、泊まる? 一人で住むには広すぎると思っていたのよ」
冒険者ギルドの帰路にてフラスから嬉しい提案があった。
思わず"是非とも!"と言おうとしたが抑え込む。
よく考えるとこの人は騎士団長なのだ。泊まった折には付きっ切りで訓練させられそうである。
そして、なにより変装術が解除されたときが怖い。
起きたら男の人が勝手に家に上がり込んでいた、という状況になればどう反応するだろう。
何となくだけど、この女性は「くっ殺女騎士」というより「ブッ殺女騎士」のように感じる。
「妾は・・・」
丁重にお断りしようと考えているとエスティが遮ってきた。
「私、宿、紹介する」
「でもお金は持っていないのじゃ」
「大丈夫。 いい宿だから」
そう言うと、今度はフラスの代わりにエスティが先導するようになった。
・・・
私達はエスティに案内され、南区のセレブ街に来ていた。
セレブと言っても、貴族、王族ほどではなく、少しお金を持った商人や冒険者ぐらいのプチセレブだ。
それでも街並みや行きかう人からは一風変わった雰囲気が漂っていた。
セレブ街を少し歩いたところでエスティが一つの宿屋を指さす。
「ここ」
差された宿はセレブ街の中でも一際清潔で、高級感にあふれる宿だった。立地条件も良く明らかにお高いところだと分かる。
この宿は私も知っている。ゲームの頃、泊まったときの補助効果が良かったため1~2回行ったことがあった。
ただ、何分値段が張っていたため利用しなくなったところだ。
「シスターエスティ。流石にここは結構な額取られると思うぞ」
「大丈夫」
「本当に大丈夫なのだ?」
ためらっている私達を置いて、エスティは先頭を切って入口の扉を開ける。
そして、言った言葉が
「ただいま」
であった。
・・・・・・
「エスティ!? 大変! 貴方!! エスティが帰ってきましたよ!」
受付にいた女性が驚いて、慌てて2階の方に呼びかける。
「なんだと!! ホンモノなのか!!」
2階からは男の声と、慌ただしい音が聞こえだした。
ほどなくして一人の男性が階段を転げ落ちるように降りてくる。
「エスティ!!」
「ん、偽物の私なんていない」
男性は力強くエスティを抱きしめた。
「痛い。お父様」
その隣で受付の女性もエスティの頭を撫でる。
「本当、大きくなったわね!」
「うん? 私 あまり変わっていないよ。お母様」
どうやら親子の久々の再開という感じのようだ。
「そちらのお方は?」
私達に気づいたエスティの父らしき人物がこっちを見る。
「あっ、ええっと」
呆気に取られていたのかフラスは戸惑っていた。
「あなた、何言っているの! フラス様ですよ。王国騎士団長の!」
「はっ、これは失礼しました。フラス様、今日はどのようなご用件でございましょうか?」
「この子の泊まる宿を探していまして、エスティ殿よりこちらの宿を紹介された次第です。私はその付き添いです」
フラスは私の背中に手を当てて言った。
「そう、オダマを泊めにきた」
抱きしめられていたエスティも顔を上げる。
「そうでしたか。ここで話すのもなんです。どうぞお上がり下さい」
そう言ったエスティ父は、私達を宿の奥に案内してくれた。
・・・・・・
エスティの実家は1階が食堂、2階以降が客室となっている一般的な宿だ。
外観も内装もファンタジー世界ならではの洋風建築で、食堂に至っては式場の様に豪華である。
だだ、夕方だというのに食堂には一人もおらず、静かな時間が流れていた。
私達は1階の奥にあるリビングのような場所に連れていかれた。
「どうぞ、こちらにお座りください」
私とフラスは言われるがままソファーに座る。
エスティとエスティ父も対面に座り、後から紅茶を持ってエスティ母がリビングに来た。
「受付を空にしてもいいのだ?」
「今日はお客も少ないから大丈夫ですよ」
エスティ母は紅茶をカップに注ぎながら言う。
それはそれで経営が大丈夫かという疑問もあるのだが。
「では、改めて自己紹介を。私はエスティの父、ロダンだ」
「母のフローラ・エリソンです」
「これはどうも、レグルスの騎士団長フラスベールだ。そして」
そこまで言うとフラスは私の方を見てくる。
この流れ、あっ、はい、わかっていますよ。
「オダマなのだ。冒険者オダマなのだ!」
今度はちゃんと自己紹介をした。
「ふふっ、元気な冒険者ですね! 昔のエスティを思い出しますわ」
「む、それは言わない、約束」
ふくれっ面でエスティはお母さんに訴えかける。
エスティのお母さんは笑って誤魔化していた。
エスティのお母さんの第一印象は綺麗だった。
美人というよりあまりにも若すぎる。
お父さんの方は年相応の見た目であるが、お母さんの方はどちらかと言ったらお姉さんと言われた方がしっくりくるぐらいだ。
「お若いですね」
フラスもエスティ母を見て同じことを思っていたようだ。
「よく言われます。私はハーフエルフですからね。 これでも年齢的には夫と同じぐらいですよ」
全然そう見えないがここはファンタジー世界なんだ。そんなものだと思っておくしかない。
エルフ特有の長い耳がないのはハーフだからだろう。
「私の血を受け継いだのか、この子も6歳の頃には才覚があると分かりまして・・・ それからというものの、エスティは教会でずっと仕事をしていたのですよ」
(才覚? 一体何のことだろうか?)
疑問を抱いたがとりあえず黙って話を聞くことにする。
「時々うちに帰ってくることはあったんだがこの通り宿屋をやっていまして、忙しいと顔も見られないんですよ。先ほどはお見苦しいところを見せてしまいました」
エスティの父、ロダンは恥ずかしそうに言っていた。でも、どことなく安心したような顔だ。
そんなお父さんに、隣に座っているエスティも少し甘えていた。
(なるほど、最初からエスティは家に帰る口実を作るために私についてくると言ったのかもしれない。
やっぱり家族に会えないことは寂しいことなんだろうか?)
家族に見放された私にとってはその気持ちを分かることはできなかった。
・・・・
「それで、宿をお探しだったとのことですが何かご事情があるのではないですか?」
よくわかっていらっしゃる。
普通に考えたら宿探し程度で騎士団長が一緒にいることがありえない。
「妾は魔物に襲われてお金を持っていないのだ。でもエスティの実家じゃからといってこのような場所に無料で泊めてとは言えないのだ」
エスティ父は目を丸くして、そんなことかという顔をする。
「なーに、エスティの友達なんだろ! 3食風呂付きでタダで泊めてやるよ」
「えっと、でも・・・」
友達というわけではない。たまたま教会で助けられただけだ。
「オダマは友達」
エスティからも後押しがある。
その言葉は嬉しいがどうにも気が引けた。
「友達を泊めるのにお金を取るなんてことは出来ねーよ。はっはっは!」
エスティの父は高らかに笑う。
この国の人は本当にいい人ばかりである。
「よし! 今日は久しぶりエスティも戻ってきたんだ。お祝いとしようじゃないか!」
「せっかくですのでフラス様もご一緒にいかかですか?」
「お言葉に甘えさせていだたこう」
その後、私達はエスティの帰宅お祝いパーティーに参加した。
パーティーといっても食堂を使って盛大にするものではなく、リビングでする家族パーティーのようなものだ。
その分、身構える必要がなく、話すのが苦手な私でも楽しく感じた。
エスティ母とフラスの話は特に盛り上がっていて、毎回エスティ父に飛び火しては被害を受けていた。 哀れ、男の宿命とも言える。
フラスの恋話になったあたりから私は眠くなり、案内された客室にて寝ることにした。
・・・・・・
早朝、私はベッドから起きて外出する準備をしていた。
今回は起きたらアバターが変ったり、現実に戻ったりすることはなかった。
そして変装術も解除されていない。
もしかしたら一生このままなのじゃないかという不安が募ってきた。
メニューウィンドウを開き、日時を見ると"118/7/29 05:05:20"と表示される。
時間は合っているようだが日付はこの世界基準ということだろうか。
「怠いのだ~」
寝ぼけ眼をこすりながら身だしなみを整える。
昨日はよく見ていなかったが客室は非常に広く、洋風装飾が豪華に所狭しと施されていた。
まるで住む世界が変わったようだ。
(実際、住む世界が変わってしまっているんだよな)
昨日の色々な出来事のせいか、体にはまだ少し疲れが残っている。
だからと言って、このまま宿にお世話になりっぱなしではいかない。一日でも早くお金を稼ぐ必要がある。
(折角のファンタジー世界までも引きこもりになるのは勘弁だ)
普段の自分では考えられない思考だ。
これもアバターの影響なんだろうか?
冒険者ギルドは24時間開いていると聞いていた。
今の私は剣は持っていないし、加減ができないから使うことができないが魔法なら使える。
MPは半分ぐらい回復していた。
簡単な依頼でも数こなせば大きな金になるはずだ。
7日ぐらい全力でがんばれば冒険者としての地盤固めもできるだろう。
ただ、依頼をこなすとしても、他の人も一緒だと本気を出しづらい。
できるだけ一人で依頼を受けたい。
気づかれないよう静かに廊下を歩き、1階のフロアまで降りて誰もいないことを確認する。
逃げるように玄関に向かっていたとき、ふと壁に貼られていた世界地図に目が止まった。
地図はゲームのグローバルマップと変わらない。
違うところといえば書かれている文字が読めないことぐらいだ。
ゲームEOLはGPSの連動により、今自分がいる位置のゲームフィールドに移動することができた。
GPS座標毎にゲームフィールドの座標が割り当てられているということだ。
そのため、ゲームの舞台は原型をとどめていないが、どこか日本地図に似ているところがあった。
メニューウィンドウを展開して昨日までにマッピングした地図と比較してみる。
貼られている地図はおおよそ合っているようだ。
ここが王都レグルス。日本で言ったら熊本あたりなのかな?
レグルスの南側に広がっているのが私が倒れていた平原、そして平原より東側にあるのが俺が落ちた狐の森である。
イスターカーテンは群馬あたりにあるかな?
貼られている地図には地名が書かれているようだが読めないため、ゲームの頃の記憶を頼りに見るしかない。
(文字が読めればいいのだが)
地図を見ながらそう思っていたとき、嫌なログが流れるのが見えた。
スキル「チート」→「妖精召喚」
「まて、待つのじゃ!」
スキルに対して待ってといっても無駄で、遠慮なく発動される。
MP:80 → 0
そしてMPが予想通り0になった。
さらば、今日の冒険者生活。
計画が崩れたことに落ち込んでいる私に、どこからか呼びかける声があった。
「・・スター、マスター」
「誰なのだ?」
微かに人の声が聞こえる。
当たりを見回しても人の気配はない。
「マスター!!」
今度はハッキリと正面から聞こえてきた。
振り向くが、そこにあったのは展開していたメニューウィンドウだけである。
「おう、マスター。マスターの命を受け馳せ参じたぜ!」
「メニューが喋ったのだ!」
「マスターが召喚したんだぞ!」
驚いて距離を取る私に、合成音のような声でウィンドウが返してくる。
「おっと失礼、まずは始めましてだマスター。俺はメニューウィンドウの妖精だ」
どうやら、とんでもない妖精を召喚してしまったようだ。
・・・・・
「メニューウィンドウの妖精って、お主はゲームシステムの一部なのか?」
「把握してない。そもそもゲームシステムってなんのことだ?」
「メニューウィンドウの妖精ってなんなのだ」
「分らん。なんとなく俺はそんな妖精のような気がするだけだ」
「じゃあ、妾に召喚される前はどこにいたのだ?」
「知らん。ただ、お前さんの助けになるために召喚されたことは分かっている」
(召喚してしまったことにより、今まさしく困ってしまったよ。どうすんのこれ)
「マスターは地図上の文字が読めないと聞いている。俺が翻訳したものをウィンドウ上に展開してやるよ」
「そんなことができるのじゃ?」
「まあな、俺はメニューウィンドウの妖精だ。文字の翻訳、アクティビティの記録、文字起こし、地図検索、道具の管理なんてお手の物だぜ」
(え、なにそのパーソナルアシスタント的な便利さ!)
「もちろん、マスターの状態、ステータス、スキルなども分かっているぞ。 お前さんが実は女装変た・・、女装のこともだ」
「変装と言おうとしたんじゃな? まさか、変態ではないのだ!?」
メニューウィンドウをブンブン揺らす。
「やめろ、揺れる! 酔ってしまう!」
「妾だって、好きでこんなことをやっているわけではないのだー!!」
・・・
「ぐすっ」
「うっぷ、マスター、気にしていたのか。済まん」
具合悪そうな声で、しょぼくれている私を宥めてくれる。
「中身は男なのに女装しているとバレたとき、周りからどう思われるのじゃ」
今までは現実から逃げてあまり考えないようにしていたが、傍から見たらやっぱり変態である。
「マスター、大丈夫だ。今のマスターは生物学的にも女の子だからな」
「そうか、女の子なのだ~・・・おんなにょこ!?」
慌てて、男の象徴であるものが有るか確認した。
「ナニ、も、大丈夫ではないのだ!!」
あまりにも自然な感覚でまったく気づいていなかった。
あたかも無い状態が当たり前かのように思っていたのだ。
改めて思考がアバターの影響を受けていることを実感し、恐ろしくなる。
「どのぐらいこのままなんじゃ?」
「まあ、変装術の成功ボーナス値が高かったからな。月単位で戻れないかもな」
(おお、神よ!)
「まあ、元気を出せ。見た目が変わってもステータスは変わらないぜ。今のマスターのステータスならこの周辺にいる魔物程度、適当な木の棒で叩いても余裕で倒せるしな」
「手加減できるのだ?」
「おう、練習すればできるぞ。現に今、生活に支障は出ていないのがその証拠だ。慣れてしまえば剣でも手加減できるだろうな」
落ち込んでいるときは励ましてくれて、疑問に思ったことは解決してくれる。
なんとも頼もしい存在だろう。流石、MPの半分もかっぱらっていったチート能力である。
「ありがとなのだ! ええっと・・・メニューウィンドウの妖精?」
名を呼ぼうとしたが、妖精に名前がないことに気づいた。
「マスター、俺には名前がない。マスター自身が付けてほしい」
(やっぱりそうなるか)
ネーミングセンスにはあまり自身がないが、こういうのは召喚者本人が付けることに意義があるのだろう。
無難な名前を付ければきっと喜んでくれるはずだ。
「お主の名前はメニューウィンドウから取って、ニューとかどうなのだ?」
「却下だな」
瞬次に断られた。
「かっ、カッコいいと思うのじゃが・・・」
ほんの3秒で考えた渾身の一作だ。
「マスター、その名前は安直だ。 今後、俺のことはセルビィスと呼んでくれ」
(ええ~名前を決めてと言ってきたのに自分から付けたよ、こいつ)
「セルビ?ィスは言いにくいのだ。ニューがいいのじゃ!」
「いや、セルビィスだ」
「ニューなのじゃ!」
「セルビィス!」
そのまま話は平行線になり、結局決まらなかった。
・・・
「のう、ニューさん」
「俺はセルビィスだ」
「ニューは妾のスキルにより召喚されたのじゃろ? マスターの言う通りにしようとは考えないのだ?」
ニューは黙りこくった。
メニューウィンドウのため表情なんて分からない。
「マスター。人間は素体となる父母がいて、素体の遺伝子が混ざり合わさって生み出される。 そして、妖精は死んだ人間の魂と、自然崇拝により集まったマナが混ざり合わさり生み出される」
(そういう世界観なんだ。だからゲームの頃、妖精族になるためには一度死ぬ必要があったのか)
「・・・なら、俺は何処から生まれたんだろうな?」
その声には感情がこもっておらず、なにか心に刺さるものがあった。
今度はハッキリと正面から聞こえてきた。
振り向くが、そこにあったのは展開していたメニューウィンドウだけである。
「おう、マスター。マスターの命を受け馳せ参じたぜ!」
「えっ!?」
「異常な光景を見たマスターは正気度チェックです(1D3/1D6)」
→(失敗)
減少値
→ 5(一時的狂気:金切り声)
「メニューウィンドウがシャァベッタァァァァァァァ!!」




