014. 王宮での報告
【王都レグルス 謁見の間】
王宮の謁見の間にて、今回の騒動による被害の状況の報告がされていた。
「以上、現在のところ人的被害はほとんど出ておりません」
報告を行っているのは、副騎士団長の"ジーノ"である。
レグルスの国王は副騎士団長の報告を真剣に聞いていた。
「うーむ。まず、森に現れたというダークウルフについて君の考えを聞かせてもらおう」
一通りの報告が終わったところで、国王はジーノに意見を求めた。
ジーノは考えることもなくはっきりと答える。
「本来ならダークウルフはあのような場所に現れるものではありません。タイミング的にも魔王による仕業と考えるのが妥当かと思います。ただ、魔物を召喚したのが王都内ではなく少し外れた森だったというのが不可解なところです」
魔王の仕業と聞いたレグルスの王は目を瞑った。
副騎士団長が言ったことは自分の考えと同じだった。
「まったく、騎士団長には参ったものだよ。魔王と聞いただけで騎士団を連れ、真っ先に狐の森に出発するのだからな」
国王は王都の守備強化の命令を下す前に、飛び出していった騎士団長を思い出して頭を抱えていた。
「陛下。お言葉ですが、いち早く騎士団が森に入ったことにより助かった人命もあります」
「それにより化け物が暴れることを許し、王都を危険にさらしたのだぞ!」
王はあきれたように言う。
そのとき、国王の後ろ側から女性の声がした。
「その話をする前に彼女を呼んではどうかな?」
透き通るような綺麗な声だ。
声の主はカーテンをめくり、水晶を持って現れる。
「ニーナ様!?」
現れたのは今回の魔王君臨の預言をした預言者ニーナだった。
「様はやめてくれ、副騎士団長殿」
「それは出来ません。それより彼女とはいったい誰のことでしょうか?」
「王都での化け物騒動の目撃者よ」
そう答えたニーナは、国王の方をちらりと見た。
それが合図かのように国王は謁見の間の入り口の扉の方に声をかける。
「ふむ、入りたまえ!」
国王の指示によりゆっくりと扉が開かれ、一人のシスターが入室してきた。
シスターは玉座より広がる中央の絨毯があるところまで来ると跪く。
「名を名乗るがよい」
「マナリス教会所属のシスター、クレアです。今回はこのような場所にお呼びいただきありがとうございます」
シスタークレアは国王に対して丁寧に挨拶をする。
「そういうのは良い。主も儂の不手際による被害者でもある。感謝される覚えはない。それより早速、今回起こった騒動について聞きたい」
「はい・・」
短く返事をすると、クレアは広場で見た化け物に関する話をし始めた。
・・・・・・
化け物騒動の一部始終を報告をし終えたクレアは一息ついた。
内容を聞いた国王や預言者ニーナ、副騎士団長は信じられないような顔をしていた。
「まさか、人が呪われた魔剣に取り込まれ、無数の目を持つ化け物になるとは・・・」
副騎士団長は、普段守っている市民でも化け物になる可能性があることを想像して身震いした。
「待て、その話からでは王都で化け物が暴れたのは偶然のように感じるんじゃが?」
国王の考えに対してニーナは首を横に振り否定する。
「いや、おそらくそこまで魔王が仕込んでいた可能性もあるわ。そうなると最後に現れた魔族が魔王ということになるね」
「ふむ。少し整理するぞ。もう一度広場の状況と周辺住民から聞いた情報を報告してくれ。ジーノ君」
副騎士団長ジーノは手元の報告書を確認した。
「化け物が現れたと思われる広場には壁や地面のあちらこちらに傷跡がありました。中でも最も特徴的でしたのは地面に残っていた大きな焦げです。しかしながら、直接化け物に繋がるようなものはありませんでした。もちろん魔剣もです」
報告書のページをめくり、続けて聞き込み調査の結果を読み上げる。
「また、広場周辺の住民からは、無数の目を持つ化け物を見たという情報と、付近で落雷が発生したという情報を受けています」
副騎士団長の報告から、クレアは自分が見た広場の状況を思い出した。
「広場の焦げ跡、私も見ました。ちょうど最初の化け物ぐらいの大きさの焦げ跡です」
「落雷により化け物が倒された、そんな偶然のことがあるのじゃろうか?」
「・・・もし、落雷が魔法によるものだったとするならどう?」
ニーナの言葉を聞いてクレアは納得する。
「そうですね。あの跡を見れば自然に発生したものではなく、人間が使った魔法でもないと思います」
ピンとこなかった国王はニーナの方を見た。
「どういうことじゃ?」
「魔王は何らかの目的があり、化け物を雷で消滅させたのよ」
それに対して副騎士団長が反論した。
「ニーナ様。天候を操る魔法など聞いたこともありません」
「魔王なら可能なんだろうね」
魔王は人間にとって未知の存在であり、それには副騎士団長も言い返せなかった。
「ふむ。それならば、魔王の目的とはなんじゃと思う?」
「・・・・・・」
国王の質問に全員が黙り込む。
考えてもまったくわからない。
静寂を破ったのは副騎士団長だった。
「そもそも周辺に私たち騎士団が全くいなかったというのはおかしいです。狐の森に一部の兵力を割いたとはいえ、王都も厳重に警戒していました。特に商業区となれば多くの人がいますので」
「では、なぜこのような事態が起きたんじゃ?」
「それは人払いの結界ね」
預言者ニーナが確信を付くかのように言う。
「その時間帯の騎士団の動きはあらかじめ予知していたが妙におかしい。何かを避けているような感じだった。予知した当時はちょっとした誤差と思っていたけど、もしかしたら意図的にされていた可能性もあるわ」
「待て、人払いの結界とはなんじゃ?」
聞いたことがない術に国王も副騎士団長も目を丸くした。
「世間には知れ渡っていないけど"結界魔法"というものがあるのよ。禁呪として扱われているけどね」
「禁呪・・・」
謁見の間は再び静寂に陥る。
今度は国王が話を切り出した。
「話を戻すのじゃが、後から現れた魔王らしき人物についてだ。 魔王は自らの手で手駒を倒し、そして魔王が放った魔法によりアスカという人物と共に消えた」
アスカという名前にクレアは肩が反応した。
「魔王はそやつにいったい何をしたと思う?」
「・・・これは預言ではなく私の勝手な予想だけど、もしかしたらその魔法は転移魔法で、魔王は魔剣の素体になるような人間を集めているのかもしれない」
クレアは、アスカが魔剣に取り込まれるところを想像し目を落とす。
同じことを聞いた国王の視点はクレアとは違った。
「転移魔法? それも禁術か?」
「いえ、一説ではごく一部の者が使える魔法という話よ」
「うーむ。考えるほどわからん。せめて魔王の名前でも分かればいいのじゃが・・・」
「それについては今、予言しているところよ」
ニーナが持つ水晶は仄かな光を発し、次第に不思議な何幾学模様が浮き出てきた。
"下半身 第三次"
「ニーナよ。これはなんて読むのじゃ?」
「待って、解読するから。これは古代語ね」
" 次三第 身半下 "
"つぎみてい みはんげ"
「いや、少しなまるわね」
"月見帝 ミハルゲル"
「ほう、聞いたこともない名だな」
レグルスの国王は平和な国を築くため、多くの国との関わり(コネ)を持っている。
いち早く国々の情勢や、活動が活発な盗賊団、危険な宗教団体などの情報を集め対処してきた。
だが、その人脈を持っても知らないような人物である。
ニーナは水晶に力を込め、さらに詳しく未来を探った。
「預言によると、エルゲールにあるダンジョン、"イスターカーテン"の魔王のようですね」
それを聞いた副騎士団長は興奮して詰め寄る。
「イスターカーテン!? あの世界最高峰のダンジョンの魔王!?
今だに攻略したものはおらず、数々の歴代勇者が散った場所ですよ!」
副騎士団長ジーノは伝説や英雄伝、それにまつわる話には目がない人であった。
「ジーノ君、君がこのような話が好きなのは知っているが少し落ち着きたまえ」
「失礼しました」
副騎士団長は咳払いをして整えなおす。
場の空気を戻すように、国王は低めの声で話し始めた。
「月見帝、なるほど。あの塔はおそらくこの地上で最も月に近い塔じゃからな」
「今のところ、魔王に関してわかることはこのぐらいよ」
そう言うとニーナは水晶を見ながら窓際に向かって歩き始めた。
「預言とは未来の一部を切り取り、映し出すものなのよ。不明確で読み取れる情報も少ない。そして、未来は常に変わりつつあり、予言が絶対とも言えない。また、強い力を持つ者の動きは預言できない」
窓から差し込む光により水晶の光り方が変わる。
それと同時にニーナは足を止めて振り向いた。
「でも、今見えている未来からこれだけは言えるだろう。魔王侵攻の危機は既に去った」
その言葉に国王と副騎士団長は肩をなでおろした。
「それとシスタークレア、どのみちアスカという者は助からない。あきらめるがよい」
「・・・っ」
クレアは何も言い返せなかった。
国王は一通りの報告が終わったと判断して退出するように命令する。
「この度の情報提供に感謝する。下がるがよい」
「はい」
クレアは報告前より静かな声で返事をして謁見の間を出て行った。
・・・・・・
クレアと副騎士団長が謁見の間を去り、部屋には国王と預言者ニーナの二人のみになった。
水晶を見続けるニーナに対して国王が口を開く。
「先ほどはなぜあんな意地悪なことを言ったのかね」
「人っていうものは他人から言われないと諦めが悪かったりするものですよ・・・私のように」
ニーナは少し悲しい顔を見せた。
国王はそれを追求することはなかった。
「アレイスの国の状況はどうだ」
「表立った行動はないようだけど、裏では着々と準備を行っているみたい」
「全く、我が国が危機に迫ると、攻め入る準備を始めるとはな」
「隣国との関係なんてそういうものです。表上はいい顔して裏では何をしているかわかりません」
「今は魔王による危機が去ったという情報を流し、戦争を回避させるしかないかのう」
「でも、先のことを考えて戦力は備えるべきよ」
「わかっておる」
国王の悩み事は増えるばかりであった。