013. ユリアーナの帰還
侵入してきた冒険者を追いかけ、下層に繋がる階段に駆け付けたとき、メイド服を着た女性が冒険者を捕まえていた。
メイドは髪の毛はたくし上げて、似合わないメガネをかけている。
服はリリーシュと同じデザインだ。
メイドは俺に気づくと、手に掴んでいた冒険者を放り投げて膝を付く₀
「ま、魔王様! ただ今戻りました!」
(彼女は・・・えーっと確か?)
番人の資料をちら見して確認する。
一致したのは29層の番人"ユリアーナ"である。番人の中では唯一、人族だ。
とりあえず、そこら辺に転がっていた冒険者を転移魔法にて適当な町に飛ばしてやった。
そして、なぜか着ていた装備や服が地面に転がる。
俺が使う転移魔法は、相手を素っ裸で飛ばすようである。
ユリアーナは跪いたまま報告し始める。
「攻め入れてきた冒険者はこれで最後です。後の冒険者達は皆、排除しました」
「うむ、ご苦労だった」
(ひぇっ! 排除って一体どうしたのだろう?)
ゲームの頃は、プレイヤーが死ぬと生き帰る"セーブポイント"のようなものを作ることができたが、この世界でそれが通用するかはわからない。
生き返らない場合、ダンジョン内は死体が散乱しているということである。
そんな心配をしていたとき、後ろから気が抜けるようなリリーシュの声がした。
「魔王様~! さっきの冒険者が持っていた鎌、いい感じだから私が貰ってもよろしいでしょうか?」
さっきのというのは、ここに来る途中、同じように捕まえて転移させた冒険者のことだ。
笑顔で近づいてきたリリーシュはユリアーナの存在に気づくと一変し、少したじろぐ。
「げっ! ユリお姉様!」
「あら? お元気ですこと! リリーシュ。
魔王様の物をねだるとは、なんて行儀の悪いことでしょうね?」
「だって、この鎌、一級品ですよ! 滅多に手に入らないのですよ!」
「ふふっ? なんて言いましたか? リリぃー?」
ユリアーナは笑顔でリリーシュの頭をゴリゴリし始めた。
「いたい! いたい! ごめんなさーい」
どうやらリリーシュとユリアーナは親しい仲らしい。同じメイド隊だから当たり前でもあるが、ゲームではNPC同士の関係が分からなかったためこの光景は非常に新鮮だった。
おおよそ、サボりがちのメイドとメイド長といった関係だろう。
まあ、メイド長は別にいるんだけど・・・
「お前たち、一旦オアシスに戻るぞ。鎌なんてどうでもいい。好きにしろ! それより会議の仕切り直しをする!」
話が長くなりそうだったので、ひとまずオアシスに戻るよう指示をした。
・・・・・・
オアシスには戻ってきたユリアーナ、ラリゴ、ティンダロスを含め7人の番人が集まった。
聞く限りでは、あの冒険者達はちょうど、シュレーディンガーと入れ違いになってたようだ。
今回のことを踏まえてシュレーディンガーは、外で番犬ワンワン状態にしている。
オアシスは再び重々しい雰囲気が流れ始めた。
「ティンダロス、状況はどうだった?」
命令されたティンダロスは、イスターカーテンの防衛状況を報告し始める。
「1層から24層まで確認しましたが、ユリアーナ様が報告した通り、現在、攻め入れてきている敵はおりません」
流石である。メニュー画面に表示されている時計を見て思った。
俺が34層から24層までを確認するのに30分かかったというのに、ティンダロスは倍以上の層をわずか20分足らずで確認したのだ。
ダンジョンは下層になるほど簡単な作りになっているというのもあるが、それを考慮しても早い。
「ふむ。では、今後のイスターカーテンの防衛体制について話す。先ほどもそうだったように、今のイスターカーテンの戦力は疲弊している」
ラリゴ以外の番人達はうつむく。
「これから貴様らの再配置、およびダンジョンの改造を行い、我らに仇なす者を徹底的に排除する!」
「魔王様。 その前にお聞きしたいことがあるのですけど・・・」
リリーシュが申し訳なさそうに手を挙げた。
「よい、許可する」
「なぜ、先ほどの冒険者達は殺さずに外に転移させたのですか?」
リリーシュの発言によりオアシス全体がざわめき始めた。
「攻め入れてきた冒険者を殺さなかった?」
「何のためにそんなことを?」
番人達のひそひそ話が聞こえる。
(うっ、やっぱり転移させたのは、魔王らしくない行動だったのか。どう答えよう・・・)
俺はとっさに思い付いた言い訳を言った。
「ふん! 後始末するのが面倒だからだ!」
さらに周りからは動揺の声が上がる。
「魔王様、失礼を承知で申し上げますが、冒険者は殺した方が後始末をするより面倒ごとにならないと思いますが?」
オルレーティアが番人達の意見を代表するように質問してきた。
(やばい、やばい! 後先考えずに言ってしまったから大変なことになった!)
俺が動揺していると、ユリアーナが話に割り込むように入って来る。
「そんなこともわからないのですか? オルレーティア」
「なに?」
「冒険者には絶望を与えて返したのですよ」
番人達は言葉の意味が分からずこちらを見てくる。
そんな顔されたって俺にも分からない。
「圧倒的な戦力差を見せつけた後、高価な装備やアイテム、衣服もすべて剥ぎ取り、素っ裸で街に送り返したのですからさぞかし絶望的でしょう」
「そんな冒険者がまた、ダンジョンに挑むと思いますか? むしろ、恐ろしさを知らしめたことにより、周囲の冒険者にもダンジョンに近づかないように忠告するようになると思いますが?」
冷静な物言いで、畳み掛けるようにユリアーナは言う。
「それに殺した冒険者が有名人だったら、後から捜索隊が入ってくる可能性もあります」
確かにその通りである。
その考えなら戦力が疲弊しているイスターカーテンにとって冒険者を殺さなかったのは最良の選択とも言える。
「魔王様がおっしゃられた"後始末"とは"後"にくる冒険者や捜索隊の"始末"のことですよ。 そうですよね? 魔王様」
「あ、ああ、そうだな」
番人達はそれを聞くと、自分たちの間違いに気づいた。
「魔王様。先ほどは私共の考えが至らず失礼いたしました」
「流石は魔王様」
「イスターカーテンのことを一番に考えていらっしゃる」
少し苦しい内容だったが何とかごまかされたようだ。
ホッとしたとき、ユリアーナは俺の頭に直接話しかけてきた。
≪わかっていますよ。魔王様は優しいお方なので≫
はっ! そうだった! ユリアーナのクラスは精神感応者である。
精神感応者は言葉を発さずに相手に自分の意志を伝えることができるが、逆に相手の考えも読み取ることができる。
つまり、俺が思っていたことも読み取られている可能性もある。
俺は恐る恐るユリアーナの方を見た。
すると、苦笑いをしながらテレパスで返事が返ってくる。
≪少しだけですよ≫
(うあ~~、なんか弱みを握られた~。
え? というよりどこまで読み取られているの?
もしかして、俺が何にもないただの引きこもりということも分かっているのか?
この世界の住人ではないことも分かっているのか?)
もし、そうなら、今後一生、ユリアーナさんに怯えながら過ごさなければならない。
頭の中で頭を抱えていた。
・・・先のことを考えて絶望に満ちているわけにもいかない。
今だけでも、荘厳な魔王としてふるまわなければ。
「あ~、沈まれ! 話を戻すぞ!!」
番人達の顔が引き締まる。
「ダンジョンの改造をする前に、まずはダンジョンの副指揮官を決めようと思う。
これから我が居なくなることは多々あるだろう。その時に代理で指揮を行う者だ」
この役割がいないと、また同じ状況に陥ると思うし。
「・・そして、副指揮官はユリアーナ! お前に任命する」
急な決定に流石にユリアーナも驚いていた。
これはちょっとしたけん制だ。
俺の心が分かっているならいっその事、すべて任せた方が良い。
半分はやけくそでもあるが。
それを聞いたト・スーロが反発した。
「人族の下に付くだと!?
いや、それ以前に人族が魔族を指揮するなどあり得ん!」
「つつしみたまえ、スーロ。ユリアーナほど指揮系統にふさわしい人物はいない」
今度はオルレーティアがフォローに入る。
「ユリアーナの能力を使えば円滑に情報伝達ができる。それにいち早くイスターカーテンの状況を知り、分析、判断する能力もある」
オルレーティアが言うことは最もである。
テキトウに決めたのに、案外適材適所なのかもしれない。
「ラリゴはどう思う?」
オルレーティアがラリゴに話を振った。
「強いものが上に立つのは自然の掟、そして、ユリアーナは私より強い」
「他に反論するものはいるかね?」
オルレーティアはさらにあたりを見回すように確認する。
「問題ない」
「御意」
「大丈夫です」
「もとより、魔王城を守る番人。それが最善というなら異論はない」
信念伝達によりシュレーディンガーの声もオアシスに響いた。
「うーむ」
それを聞いたスーロは大人しく引き下がった。
「魔王様。我々は魔王様のご意向に背くことはありません」
「ふむ、よろしい。 では次に他の者の配置とダンジョンの改造について話をする!」
・・・・・・
今後の防衛について一通りの指示と冒険者対策をし終えた俺は、ユリアーナと一緒に魔王の間の隠し通路を歩いていた。
向かっているのは俺の自室だ。
今日一日で、1週間くらいのことを敷き詰めてやったと思う。いい加減休みたい。
普段しないことをするとドッと来るものだ。
ユリアーナはただの付き添いだ。
副指揮官になるのだから隠し部屋のことも知っておくべきだろうと考え連れてきている。
最も、既に俺の心を読み取り知っていたのかもしれないが。
ユリアーナはメガネを外し、髪の毛も長く結びなおしていた。
オフのときのメイドという感じだ。
もともとユリアーナのメガネは俺が装備させたものだ。
人族の場合、どうしても敵戦闘力の識別能力が低くなる。
メガネはそれをサポートするための装備だ。度なんて入っていない。
ユリアーナは分析しながら戦闘するタイプで、敵の能力を測ることは重要なことでもあった。
改めて見てみると、髪を下してメガネをはずすしたユリアーナは可愛い。
現実の女性に耐性がない俺には刺激が強すぎる。
ユリアーナの顔が少し赤くなっていた。
「すまないな。大役を押し付けてしまって」
「いえ、私にとっては大義なことです。それに自分で言うのも何ですが、私以上に魔王様の代理を行えるものはいないと思います」
その自信は心を読み取る力から来るものだろうか?
「話は変わるのだが、どこまで読み取れている?」
もちろん、俺の心の中のことである。
会議中もずっと気になっていたが、読み取られている内容によっては悶絶したくなる。
「魔王様はイスターカーテンのことを大切に思っています。でも、魔王軍の発展により人族の害になることを心配もされていることをお見受けしています。 後は、少しおっちょこちょいなところとか」
(おいこら)
「フフフ♪」
ユリアーナは笑った。笑った顔もまた可愛い。
きっと、これが本来の性格なのだろう。
「3ヵ月前は冷酷で感情を全く読み取れませんでしたが、今の魔王様はとても暖かいです」
それは、ゲームとして遊んでいた時のことか?
ただのプレイヤーとして動いている人形に感情なんてないだろうし。
「でも、今でも一部は靄がかかって読み取れないことろもあります」
「・・・」
予想だが、靄がかかっているところとは、リアルの世界のことではないだろうか?
試してみる価値はある。
「ローグライクゲーム、End Of Lifeとは分かるか?」
ユリアーナはキョトンとした顔をする。
そして、考える素振りをしたあと答えた。
「すいません。End Of Lifeがどのようなものかわかりません。そもそもローグライクゲームとは何でしょうか?」
やっぱりそのようだ。
俺の考えていることを読み取っているならそれぐらい分かる。
「ならば、教会で寝ている段ボールおじさん、オダマについてはどうだ?」
「いえ、その人についても分かりかねます」
別のアバターのことも分からないらしい。
話しぶりからすると、おそらく俺が元はただの人間だということも読み取れていないようだ。
幸か不幸か? これ以上、俺のことについては詳しく語るべきではないだろう。威厳を保つためにも。
外はすっかり暗くなり、イスターカーテンのガラス壁には一面に星空が広がっていた。
ゲームの頃よりより鮮明に、そして幻想的に輝いている星は都会の夜景よりずっと綺麗だ。
ガラス壁に映る自分を見る。
(これなら、段ボールおじさんのアカウントは変装する必要がないな・・・)
反射して映った顔は誰のものかも分らない変わり果てた姿だった。
・・・・・・
「ここまでで良い」
自室の扉の前まで来ると、ユリアーナに戻るように命令する。
「はい、魔王様。それではごゆっくりお休みなさいませ」
ユリアーナは部屋の扉を閉めるまでずっと頭を下げていた。
気のせいか、少し残念そうにしているようにも見えた。
俺は部屋に戻ると真っ先にベッドに倒れこむ。
頭の中ではこの世界の死というものの概念について考えていた。
段ボールおじさんのアバターは確実に死んだと思ったのに、その後保護され、教会にて癒しを受けていた。
もしかしたら、死んだら必ず教会スタートになるシステムがあるのかもしれない。
それにしてはNPCの動きは死を恐れ、恐怖におののいていた。
プレイヤー限定の効果なのか?
NPCは本当に生きているように動いたり、喋ったりして感情も持っている。
そして、この世界はゲームのようなメニューウィンドウもあるが、現実の痛みもある。
(・・・考えていても仕方ないな)
ベッドの上でくつろいでいると、ふと、扉越しにユリアーナが話しかけてきた。
「魔王様、戻ってきてくれてうれしいです。・・・時間ができましたらまたお話したいです。その時はお部屋に来てもよろしいでしょうか?」
「ああ、暇ができたらな」
また戻ってこれるかもわからないがそう返事した。
そのまま俺は深い眠りに入ってしまった。