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夏至①

 今年の気象は異常だ。と、毎度どこかの季節で言っているような気がする。今日から七月だと言うのに、関東は、まだ梅雨入りしていないのだ。


 二十四節気で言うと、今は夏至。一年で一番日が長く、夜が短い。


 長雨の代わりに、空は容赦ない強い日差しを地上に浴びせる。ここ一週間、三十度を超える日が続いた。


 テレビでは、眼鏡をかけた評論家が、フェーン現象だの、新興国の二酸化炭素排出だのと理由を上げていた。


 経済発展に伴う公害発生は、必ずセットになっているらしい。日本も昔、そうだったみたいだ。


 僕を含めた、生まれてからずっと不況の世代には、景気のいい世界など知る由もなかった。


 ただ、そこに在りたいだけなのに、蝕まれていく。僕はこの地球の声らしき言葉を、聞いた時の事を思いだす。


 僕達一族が、古来からの務めを果たさない為に、地球が悲鳴を上げているのか。僕にはそんな事関係ない。最初はそう思っていた。


 でも、僕は既に四人の人生を変えてしまった。その人達は、周囲から存在を忘れられてしまったのだ。


 僕は、その人達の責任を負っている。もう決闘が嫌だとか、悲痛激痛コースが嫌だとか、言っていられなくなった。


 いや、訓練と称して、いびられるのはやっぱり嫌だなあ。強い日差しが照りつける中、僕は近所の公園に来た。


 日曜日なのに、暑さのせいか公園に人は居ない。いや、一人だけいた。白い日傘をさした少女だ。着ているセーラー服も白い。


 少女はベンチに座って空を見上げている。僕が責任を負っている一人、彼方だ。僕が決闘に負ければ、彼女も一緒に存在を消されてしまう。


 いや、彼方の場合は命を失うと本人が言っていた。状況が僕と違い過ぎた。


 ······それにしても、彼方は静かに口を閉じていれば、なかなか可愛いと最近思うようになってきた。失礼ながら、最初はクラス内で言うと、中の中ぐらいだと批評していた。


 そして、彼方は笑うと素顔の何倍にも可愛く見える。彼方の微笑んだ顔を思い出すと、なぜか胸の奥の辺りが、少しだけ疼く。


 いつもの純白のセーラー服は、長袖から半袖になり、膝まであったスカートも気持ち短くなっていた。


 改めて見ると、彼方は足が長く、スタイルがいい。気温のせいだろうか。肩より少し長い髪を後ろで結んでいた。


「彼方。待った?」


 ······これって、なんだかデートで待ち合わせた時の言葉のようだ。最も、僕はデートなんてした事ないけど。


「そんなには待ってないわよ。あのナンキンハゼ。最近機嫌良さそうね」


 彼方の視線の先を僕も見る。濃い緑の葉をそよ風に揺らすナンキンハゼは、確かに彼方の言う通り、嬉しそうに感じた。


 最近は、彼方は突然僕の目の前のに転移して来る事なく、事前に日時、場所を指定するようになっていた。


「え?じゃあ、契約破棄をすると、精霊が命を消されるの?」


 僕の確認に、彼方は頷いた。前回の決闘で、精霊達の会話の疑問点を彼方は教えてくれた。


 精霊は生まれた時に、一族と契約を交わす。その契約により、精霊は主人に絶対服従らしい。


 だが、暦詠唱をちゃんと唱えず呼び出したりすると、主人の命令に従わない事がある。詠唱をしっかり唱えても、稀に反抗的な精霊もいるとの事だ。


 精霊がこちらの命令に逆らった場合、契約破棄により、精霊の命を消す事が出来るらしい。以前、月炎が言った。精霊は倒れると、復活するのに、長い時間がかかると。


 それとは異なり、文字通り永遠に消すと言う事らしい。僕等一族は、精霊の生殺与奪を握っているのだ。


「稲田佑。前回アンタが呼び出した精霊。気をつけたほうがいいわ。反抗的な態度が、終始見てとれたわ」


 爽雲の事か。確かに爽雲は、何か投げやりな感じがした。でも、彼方の言うように反抗的とは、また違うような気がする。


 僕は右手に持ったビニール袋の事に気づき、袋から大福を取り出した。


「はい、彼方の分。ちゃんとこし餡だよ」


「······ありがとう」


 僕等はベンチに腰掛けながら、大福を頬張る。彼方は食事のマナーをきちんと守る。食べ物を食べる時は、両手を合わせ頂きますと必ず言う。


 そして、好きな物を食べる時は、物凄く嬉しそう表情をする。僕は横目でちらりと彼方を見ると、白米を食べる時と同じ顔をしていた。


 なぜだろうか。彼方が嬉しそうな顔をすると、僕も嬉しくなる。僕は水筒に入れてきた冷たいよもぎ茶を彼方に渡し、僕等は乾いた喉を潤す。


 休日の静かな公園で、僕等は暫く無言だった。時折吹く弱い風に、涼を求めるように目を閉じる。


「で、例の手紙って?」


 彼方の言葉で僕は我に返る。あまりに気が抜けていたらしく、大袈裟に僕は身体を揺らした。


「う、うん。これなんだけど」


 僕はビニール袋から一通の白い封筒を出した。宛名は僕の名前。差出人は権田藁総司と書かれており、全く知らない名前だ。 


 この手紙は三日前、僕の住むアパートのポストに入っていた。手紙を見て驚いた。この権田藁と言う人は、立夏一族代表で、次の僕の決闘の相手だったのだ。


 手紙の内容は、次の決闘で僕に負けて欲しいと書かれていた。その代わりに金銭の補償をするとも書かれていた。その額なんと二億円!!


 真偽の程は分からないけど、これがもし本当だったら、この権田藁って人は大金持ちと言う事になる。


「稲田佑。アンタ、まさかここに書かれている二億円に、心が揺らいでないでしょうね」


 も、勿論と僕は答えた。本当はグラグラに揺れまくった。だって二億あれば、一生働かなくていいのだ。


「······楽して生きようとすると、成人病がセットでついてくるわよ」


 僕の心を見透かしたように、彼方が睨む。た、確かに。宝くじとか当たって、急に不摂生を続けた人達は、皆糖尿病とかになると聞く。


 問題は、この手紙の差出人が、なぜ僕の存在が分かったかだ。今までの決闘相手は、全員初対面だった。


「精霊の力を使った。それしか無いわね」


 彼方は断言した。以前、彼方は僕に言った。理の外の存在は、暦を調整する力を失った。二十四の一族に、その力を与えたからだ。


 それは、精霊に関しても同様らしく、理の外の存在は、一族が操る精霊に関知出来ないらしい。


「こんな手紙、気にする事ないわ。アンタの心理的動揺を誘う、ケチな手よ」


 なる程。やっぱり彼方に相談して良かった。こんな手紙、気にしなければいいんだ。僕が安心すると、彼方は好物を頬張る少女の顔から、鬼コーチの顔に変貌した。


「そんな事より今日も特訓よ。鉄の斧コース、金の斧コース。どっちがいい?」


 ······ここは、イソップ寓話の絵本の世界か?僕もいい加減に慣れてきたぞ。この二択の質問は、すぐさま答えないといけないんだ。


 そうしないと、セットコースや、第三のコースとかにされてしまう!


「鉄の斧コース!」


 僕は即答した。僕だって学習する事だってあるんだ。


「あ、鉄の斧コースは今売り切れだったわ。金の斧コースで決定ね」


 はあああ!?売り切れ?そんな事あんの?なんで?なぜ?


 次の瞬間、僕の視界に彼方のおでこが入ってきた。


 い、痛い!彼方が自分のおでこを、僕の額にぶつけた。そして、額はつけたままだ。


 か、彼方の閉じた両目が、僕の鼻と触れそうな位に迫る。僕の心臓は急に激しく動き始めた。


「······稲田佑。心を鎮めて、イメージして」


 い、イメージって何を?僕は堪らず両目を閉じ、落ち着けと自分を説得する。


 ······僕の意識は暗闇だ。その暗闇が波打つように揺らいだと思ったら、突然、一面の暗闇から視界が開けた。


 僕は、砂利道の上に立っていた。周囲には、五階建てと思われる集合住宅、一戸建てなどが密集して乱立している。


 どの建物も古びていてボロボロだ。人が住めるとは思えない。空き家だろうか?


 ······そしてこの暑さ。空は青く、太陽が元気過ぎるほど光輝いている。公園に居た時、感じていた暑さよりもキツイ。


「これは、私が理の外の連中から貰った力よ。ここでアンタは、精霊を操る特訓をするの」


 廃屋寸前の平屋を囲む、ボロボロのブロック塀の上に彼方は座っていた。精霊の特訓?


 彼方は説明を続ける。要約すると、これはイメージトレーニングらしい。僕が今この世界で精霊を呼び出しても、イメージの中なので実際に呼び出す訳ではないと。


 でも、精神の消耗は現実に呼び出した時と同様に感じるらしい。


「百の言葉より、一の実践よ。稲田佑。さっさと精霊を呼び出しなさい」


「わ、分かったよ」


 僕は戸惑いながらも、暦詠唱を唱える。最初に呼び出したのは、紅華だ。前回同様、む、胸と足が紅い着物から露出している。


 だが、紅華の顔を見ると無表情だ。あんなに笑みを絶やさなかった紅華が。やはりこれは、イメージの中なのだ。


 彼方を見ると、小さく何かを呟いている。すると、彼方の上に何かが現れた。


 それは人だった。笠を深く被り顔は見えない。青い作務衣のような衣服を着ている。胸には白い数珠、手には木製の杖を持っている。あれは確か、錫杖と言っただろうか。


 修行僧風に見えるそれは、彼方の呼び出した精霊?


「行くわよ。稲田佑」


 彼方がそう言うと、修行僧は錫杖を振った。錫杖の先端にある輪がぶつかり合い、シャンシャンと音を鳴らす。


 その音を聞いた瞬間、僕の頭に割れるような痛みが走った。な、なんだこれ?紅華を見上げると、彼女も同様に苦しんでいる。


 な、なんとかしないと。僕は紅華に、修行僧の心を乱すように頼んだ。彼女が頷く前に、修行僧は僕等の前に接近してきた。


 修行僧は縦にした左手を胸に合わせ、何か呟いた。その瞬間、紅華は見えない何かに吹き飛ばされた。


「こ、紅華!」


 紅華は砂利道に叩き落とされ、ピクリとも動かない。


「心を司る精霊は、物理攻撃に弱いわ。覚えといて。さあ、次の精霊を出しなさい。稲田佑」


「つ、次って。精霊を複数呼び出すと、精神の消耗は命に関わるって」


「大丈夫よ。ここはイメージの世界。ここでの疲れは、現実世界に支障をきたさないわ」

 

 ······それから僕は、月炎と爽雲を順番に呼び出した。月炎はさっきの頭痛にやられ。爽雲は錫杖で叩かれ沈黙した。


 僕は高熱にうなされながら、三日徹夜したような気分だった。精霊を複数呼び出すと、こんなにも辛いのか。


「その辛さを知るのも、訓練のうちよ」


 彼方はブロック塀に座りながら、話を続けた。精霊が最も力を発揮するのは、月の上旬は心。中旬は技。下旬は体。


 時期でない精霊を呼び出すと、力を発揮出来ない。だが、相手の精霊との相性もあるので、あえて時期ではない精霊を呼び出す時も必要だと言う。


 また、最初に精霊を呼び出した方が不利らしい。後から呼ぶ方は、相手の精霊を見てから、どの精霊を呼べるか選択できるからだ。


 ······なる程。色々駆け引きが必要な訳だ。そう言えば前回、爽雲があいての精霊に言っていた。君とは初対面だと。精霊同士、知り合いと言う事があるのかな?


「古来から一族同士で、問題やいざこざがあった場合、決闘で勝ったほうの一族に従う。当然、その決闘で精霊同士が戦ってきたわ」


 七十ニ気神の精霊達は、お互い色々な因縁や、複雑な関係が混在しているらしい。


 ······それにしても、彼方が精霊を呼び出すなんて。やはり彼方は、どこかの一族の代表なのか?


「······半分正解で、半分不正解よ」


 僕の疑問に、彼方はそう言った。余計に分からなくなって来たが、それ以上は教えてくれそうにも無い。


 砂利道と古びた建物の世界は、僕の意識から、そこで途切れた。僕は現実世界に戻り、目を開けると彼方の顔が眼前に迫っていた。


 僕は焦って顔をのけぞらせた。イメージトレーニングのせいだろうか。心臓の鼓動が落ち着かない。


 そのベンチにに座る僕と彼方を、すぐ間近で眺めている誰かがいた。横目で見ると、それはカピバラの着ぐるみだった。


「転移。開始します」


 僕の心臓は落ち着く暇も無く、視界が暗転する。


 僕はまた、一面砂漠の世界にやって来た。僕はまず、周囲を観察する。残念ながら、前回とあまり変化は無い。やはり、皆苦労している事が伺えた。

 

 ······いや、変化はあった。あの一本の若木だ。前回見た時より、倍の長さになっている。きなこちゃんは、やはり天才だ。


「これより、夏至一族代表と、清明一族代表の決闘を開始致します」


 カピバラの機械音の声に、僕は振り向く。今回の決闘相手が、こちらに歩いてくる。


 髪をオールバックにしている。身長は高く、服装は黒と茶色のストラップスーツ。黒い革靴に砂が入ったのだろう。仕切りに靴を気にしている。


 スーツなんて着た事ない僕ですら、上等そうなスーツと分かる。左手首から覗かせる時計も、きっと高価な物に違いない。


 そしてその表情だ。堂々として、自信に溢れている感じがした。


「両一族代表は、お互いに自己紹介して下さい」


 カピバラが僕等に支持する。


「夏至一族代表、権田藁総司。三十八歳。会社経営をしています」


「清明一族代表、稲田佑。十七歳。高校三年生です」


 権田藁と名乗ったその男は、僕に友好的な笑みを向けてきた。あの手紙の返事はどうかな?そう言っているような気がした。


「気分は創造主!今回の対決は、世界創造対決と致します」


 ······世界創造対決?何だそれは?僕と権田藁さんの前に、二つの白い台が置かれている。その台から何かが浮き上がってくる。


 ······あれはタスマニアデビル?いつものデビルが立体映像のように、台の上に浮かんでいる。


 カピバラは決闘方法を説明する。僕達にはこれから、世界創造のシュミレーションをしてもらうと言う。


 自由な設定で世界を造り、その世界の住民の満足度を百点満点で競い、より高い方を勝利者とする。


 街を作るゲームがあるが、そのような物だろうか?とにかく僕は、台の前に行こうとした。

 

 その時、権田藁さんが僕の隣に近づき、囁いた。


「稲田君。手紙の返事を聞かせてくれるかな?」


 権田藁さんは、笑みを絶やさない。


「······お断りします。そもそも、そんな事したらお互いに存在を消されますよ」


「理の外の存在は万能じゃない。私が君に手紙を出せたのも、暦の調整をする力を失ったのも、それが証左だ」


 権田藁さんは自信たっぷりに言い切った。

今からでも考えてくれと言い残し、権田藁さんは自分の台の前に歩いて行った。


 ······とにかく決闘に集中しよう。僕は立体映像のタスマニアデビルの前に立つ。


「設定時間は、現代から百年です。百年後の住民満足度の点数で争います。では自由に設定を行って下さい」


 タスマニアデビルが機械音ので説明する。ひゃ、百年ってすごいスパンだな。自由に設定しろって言われてもなあ。


「一人の人間に、あらゆる権力を持たせる設定にしくれ」


 すぐ隣から権田藁さんの声が聞こえる。い、いきなり迷いも無くどうして出来るんだ?


「稲田君。シンプルに考えればいいんだ。君だってこの世の中に不満があるだろう?その不満を解消出来る設定にすればいい」


 権田藁さんは決闘相手の僕にアドバイスをくれた。案外いい人なのかな?


「稲田佑!敵に助言してもらって何を呆けてるのよ!」


 後ろから鬼コーチの激が飛ぶ。そ、そうだ。権田藁さんは敵だった。でもいい事を教えてもらったぞ。この世の中に感じる不満か。


 ······あるぞ。不満ならいくらでもある。僕の中からあれでもか、これでもかと不満が湧いてきた。


「稲田君。私達は敵同士だが、こうして巡り合ったのも何かの縁だ。よろしく頼むよ」


 権田藁さんのこの言葉に、僕はなぜか彼方の話を思い出した。精霊達の因縁。僕はこの決闘で、その因縁を目の当たりにする事になるのだった。



 

 


 


 





 


 


 



 



 


 




 


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