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二十四節気の彼方へ  作者: tosa


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立夏②

 視界が暗転し、一瞬で僕は日常から切り離される。前回と同じく、見渡す限り一面の砂漠の世界だ。


 ん?よく見ると僕の足元に、小さい苗木のような物が生えている。注意深く周囲を観察すると、まばらではあるが、あちらこちらに苗木が生えている。砂の下から苗木が生えるものなのか?


「この世界は未来の姿だけど、あくまでイメージの世界と思って差し支えないわ」


 純白のセーラー服を着た少女が、僕の疑問を答えてくれた。彼方が言うには、前回決闘の相手、ニノ下さんが暦の歪みを正す為に、頑張っているらしい。


 その結果、前回までは一面砂漠のこの世界に、小さいが苗木が誕生したと言う。この空間は、未来のイメージ図。他の一族が務めを果たして行けば、この空間は緑と澄んだ空気を取り戻すらしい。


 なんだか街を作っていくゲームみたいだ。でも僕は、それを口にしなかった。不謹慎と思ったし、何より彼方に、何を言われるか分かったモンじゃない。


 でも想像力に蓋をする事を叶わず、僕の頭の中には、オリジナルゲームタイトルが勝手に浮かんでくる。〔毒舌少女と共に砂漠を緑化しよう〕


 ······駄目だ、このゲームタイトル、絶対売れない。


「稲田佑!何を呆けているの」


 毒舌少女に襟首を掴まれ、僕は強制的に決闘場に連行される。無表情のカピバラの着ぐるみが直立している。いや、着ぐるみに表情が無いのは当たり前か。


「これより、立夏一族代表と、清明一族代表の決闘を行います」


 カピパラの機械音の声が、決闘の開始を宣言した。僕は、カピバラの後ろにいる相手を見る。僕の決闘相手は女性だった。


 二十代半ばくらいの年齢だろうか?小柄で、黒髪ショート。化粧っ気の無い顔は、目の下にクマがあり、なんだか疲れて見える。


 そして着ている服だ。黒いコートの中に、上下共に白い服を着ている。あれ?この白い服はもしかして······


「両一族代表は、お互いに自己紹介をしてください」


「······立夏一族代表、間々田薫。二十六歳。看護士をしています」


 やっぱりそうだ。あの白い服は看護士の着る物だ。それにあの目の下のクマ。きっとこの人、夜勤上がりに連れて来られたんだ。


 僕の母親も看護士だから、聞いた事がある。病院は近くに寮を持ってる事があって、その寮から通勤する人は、近所だからとユニフォーム姿で出勤するらしい。


 今日の僕の決闘相手は、きっと夜勤明けで、帰宅途中だったのではないか?


「稲田佑!ボサっとしてないで、自己紹介しなさい」


 彼方が僕の背中を叩く。い、痛いなもう!


「せ、清明一族代表、稲田佑。十七歳、高校三年生です」


「決闘の方法を発表致します」


 カピバラの着ぐるみが言葉を発した瞬間、僕達の目の前に、二つの台所が現れた。シンクにガスコンロ、その隣に食器棚があり

、中に調味料もおいてある。


 そして一番端には、大型の冷蔵庫もあった。ま、まさか。今日の決闘の方法って。


「意中の人の胃袋を掴め!決闘は、料理対決です」


 や、やっぱりそれか!審判のカピパラが説明を続ける。調理時間は一時間。料理の品は自由で、判定は三体のタスマニアデビルが行うらしい。


 判定方法は、見た目、味、愛情の各点数の総合点で争う。あ、愛情って、どうやって点数つけるの?そんなもの。


 気づくと、カピバラが言う通り、三体のタスマニアデビル。いや、タスマニアデビルの着ぐるみだ。三体の着ぐるみが、白いテーブルクロスの長テーブルに座っている。ご丁寧に、首にナプキンも着用済だ。


 しかも三体共に、両手にフォークとナイフを握っている。洋食前提なのか?いや、ここは和食の国だぞ。


 開始の合図と共に、僕と間々田さんは、台所に立つ。僕はまず、石鹸で手を洗う。そして用意されていたエプロンを着ける。


 エプロンには、カピバラとタスマニアデビルの絵が書かれていた。な、なんか嫌だなこのエプロン。


 そして冷蔵庫の中身を確認する。葉物、根菜、肉や魚、卵と一通りの食材が揃っている。その他、食器棚にはうどん、蕎麦、パスタも用意されていた。


 僕は調理する品を、野菜炒めと決めた。そもそも、迷う程レパートリーなど無い。普段から作り慣れた料理のほうが安全だ。


 決闘相手の間々田さんをチラッ見ると、彼女は蛇口から流れる水をずっと見つめている。だ、大丈夫なのかな?この人。


 僕は、まな板でキャベツを刻み始める······あれ?この包丁、なんか使いやすいな。なんでだろ?


 分かった!この包丁、左利き用なんだ。か、カピパラ審判、きめ細かい配慮してくれるなあ。


 僕はキャベツに続いて、人参、もやし、玉ねぎ、ニラと刻んでいった。間々田さんを見ると、ジャガイモの皮を剥く所だった。


 ん?間々田さん、何か包丁の持ち方おかしいぞ?ほ、包丁の柄を右手で握っている!


「ま、間々田さん、危ない!!」


 僕は精一杯叫んだ。間々田さんの動きが止まり、僕を不思議そうに見返す。僕は包丁をまな板に置き、駆け足で間々田さんの側に行く。


「ま、間々田さん。皮を剥く時は、包丁の刃を指で押さえないと、ジャガイモを持ってる左手を切りますよ」


「······はあ。そうなの?」


 お疲れの様子の間々田さんは、元気無さ気に答える。僕は慣れない右手で包丁を握り、見本を見せる。


「······へえ。そうやって切るのね」


 間々田さんは僕が向いたジャガイモを、突然右手一本で、両断した。す、すごい音したなあ。今。


「ま、間々田さん、まな板の上で野菜を切る時は、左手で野菜を押さえないと危ないですよ」


 僕は再び、見本を見せる。あれ?なんで僕こんな事してんだ。間々田さんは、決闘の相手だぞ。ハッとまな板から顔を上げると、僕の鬼コーチの目が据わっている。ま、まずいぞ!完全に怒っている!


「······あなたって料理が上手なのね」


 え?いやいや僕なんて大した事は。愛想笑いを一つ残して、僕は全力で自分の台所に戻ろうとした。鬼コーチの鉄槌が下る前に!


「······心配しないで。この決闘、私は勝つつもりないから」


 僕の足が止まった。今、間々田さん、勝つつもり無いって言った?


「······存在を消されるなら、丁度いいわ。私、消えたいと思っていたから」


 ま、まさかの敗北希望者!?間々田の顔は、疲れていて、どことなく悲しそうに見えた。


「お、お仕事やっぱり大変ですか?僕の母も看護士なので、苦労は少し分かります」


 あれ?僕何を話かけてるんだ。早く戻らないと鬼コーチの鉄槌が!


「仕事?ああ······もちろん大変だけど、上司にも同僚にも恵まれてて、やり甲斐はあるの」


「······じゃあ、何で消えたいなんて言うんですか?」


 僕はお悩み相談室の職員か!?早く、早く戻らないと駄目なのに!


 僕の問いかけに、間々田さんは突然泣き出した。えええ?なんで?なぜ泣くの?


「······結婚を考えていた彼と別れたの······もう、何もかもどうでもいいの」


 そ、そっちか。生まれてこの方、恋人なんて居た事の無い僕に、恋愛相談なんて無理だ。ならばと、僕はエプロン姿のまま彼方の元へ走る。


「か、彼方!恋人と別れた人に、なんて言えばいい?」


「馬鹿か!アンタは!」


 僕の頭に彼方の鉄槌が下った。しかも、拳を握ったグーだ。ち、力強いなあ、もう。


「負けたいって言う相手に、同情なんて不要よ。さっさと決闘に勝ってきなさい」


「で、でも、このまま間々田さんが負けたら」


 あんな精神不安定のまま、全ての知人達から存在を忘れ去られる。そんな事になったらどうなるか。分かった者じゃない。


「でもあの人だって、暦の歪みを正す為に働いてもらうんでしょ?心のケアは必要じゃないのかな」


 僕がそう言うと、彼方は少し驚いだ表情になり、僕をじっと見つめる。な、生意気な事言っちゃったかな?


「······だったら、自分で何とかしなさい稲田佑」


 だ、だから、それが出来ないから彼方に聞きに来たんだよ。


「七十二候」


「し、しちじゅうにこう?」


「二十四節気は、一年二十四分に分けた呼び名で、七十ニ候は一年を七十ニに分けた呼び名よ」


 彼方の話では、二十四の一族には、それぞれ、七十ニ候のうち、三つの呼び名が与えられているという。


 一族にとって、それは只の呼び名では無かった。その呼び名は、七十ニ気神という精霊達の名だった。


 清明一族の僕にも、三体の精霊達が守り手としているらしい。は、初めて聞いたぞ、そんな事!


 三体の精霊達はそれぞれ、心、技、体を司っている。今回は、間々田さんがメンタルを病んでいるので、心を司る精霊を呼ぶ事となった。


 彼方は、精霊達を呼ぶ方法を僕に教える。ほ、ホントにこれで呼べんの?


「いい?稲田佑。精霊達の強さは、全てアンタの心一つにかかっているの。心を強く持ちなさい」


「わ、分かった。とにかくやってみるよ」


 僕は深呼吸して、心を落ち着かせる。目を閉じ、雑念を払い、言葉を外に発する。


「こ、暦を守りし番人の名において、命ずる。その姿を現し、我に従え」 


 僕は、心と口で念じた。


「しょ、初候。玄鳥至つばめきたる!」


 僕は、暦詠唱を唱えた。ん?目の前には、何も出てきてないぞ。し、失敗したかな。何かが僕の頭に触れた。


 上を見上げると、僕の頭に触れたのは、着物の裾だった。紅い着物を来た女性が、僕の頭の上に、う、浮いている。


 腰まで長く伸びた黒髪。前髪は眉毛の上で切り揃えられている。形のいい眉毛に長いまつ毛。高い鼻に、紅い口紅を塗った唇は、笑みを浮かべている。


 す、すごい美人だこの人。着物の胸元が大きく開いていて、豊かな、む、胸が半分近く見える。そして腰がスリットのように切れいて、白い太ももがあらわに見える。


「あら。今度のご主人様は、可愛いお顔をされている方ですのね」


 着物美女が僕の前に立ち、にっこりと微笑む。な、なんかいい匂いがする。香水かな。す、スタイルいいなあ。この人。


「稲田佑!でれっとしてないで、さっさと命令しなさい。制限時間は、どんどん近づいているのよ!」


 彼方が僕の耳をつねる。い、痛いよ!赤くなった耳をさすりながら、僕は精霊にお願いをする。


「あそこで泣いている女性。失恋で参っているんだ。君の力で、なんとかならないかな?」


 紅い着物美人は、間々田さんを一瞥し、僕に微笑んだ。


「はい、ご主人様。造作もない事です」


 着物美女は、間々田の所まで飛んで行き、彼女の話を黙って聞き始めた。僕と彼方は、それを離れた場所から見守る。


 間々田さんが号泣し、その頭を着物美女が撫でる。ふと着物美女が僕を見る。もしかして、僕を呼んでるのかな?


 僕が二人の側に行くと、着物美女は再び僕に微笑む。


「ご主人様。この方の心の悲しみは、とても根深く、容易に癒やされません。ですので、この方の恋人の記憶を消す事を、提案致します」


 そ、そんな事出来んの?間々田さんも、それを望んでいるらしい。そっかあ。忘れられないなら、それがベストなのかな。


 僕は着物美女に、間々田さんの恋人の記憶を消すよう、頼んだ。着物美女は承知致しましたと言い、間々田さんの頭に細く、綺麗な手を乗せる。


 ······なんだろ?この胸がモヤモヤする感じ。これでいい筈だ。間々田さんも、今後は前向きになれる······


 着物美女は何か囁いている。記憶を消す為の呪文か何かだろうか。もうすぐ、間々田さんが恋人の事を忘れる。忘れてしまう······


「ちょ、ちょっと、待って!」


 僕は着物美女の手首を掴む。ほ、細いなこの人の手首。着物美女と間々田さんは、僕を不思議そうに見る。


「ま、間々田さん。やっぱり駄目ですよ。恋人の記憶を消すなんて、良くない」


 あれ?何を言ってるんだ僕は。間々田さんがそれを望んでいるのに。


「いいの。忘れたいのよ!そうじゃなきゃ、私耐えられないの」


「間々田さん。間々田さんが、恋人と別れる過程で色々あったと思います。別れる間まで、辛い思いや悲しい思いも沢山あったかと」


 間々田さんは静かに頷く。それを思い出したのか、更に涙を流す。


「だからです!辛い思いをして、別れる決断をした時の、間々田さんが可愛そうです!記憶を消すと、辛い決断をした時の間々田さんまで、消えてしまいます。それじゃあ、何の為に辛い思いをしたのか分からなくなる」


 ああ、何を言ってるんだ僕は。支離滅裂だよ。これじゃあ、間々田さんに伝わらない。


「別れた恋人と、いい思い出もあったでしょう?その時、幸せだった間々田さんも消えてしまいます。いい事も、悪い事も、過去から積み重なって、今の間々田さんがいます。過去の自分を、もっと大切にして下さい」


 間々田さんは、頬を濡らしながら僕を睨むように見る。そして膝が折れ、座り込んでしまった。ど、どうしよう。言い過ぎたかな。


 座り込む間々田さんの頭を、着物の美女がそっと撫でる。その時、着物美女の言葉が、僕の頭の中に流れ込んで来た。


〘ご主人様。私の導きで、彼女は今恋人との幸せな思い出を、思いだしています〙


 す、すごい!そんな事が出来るのか。ナイスアシスト!


 程なくして、間々田さんは声を上げて泣いた。この無味乾燥の砂漠の世界に、失恋に嘆く女性の声が響き渡る。


 幸せな思い出が深い程、それを失った時の悲しみも、深いのかもしれない。


 ······どれ位時間が過ぎただろうか。間々田さんは泣き止み、弱々しくではあるが、立ち上がった。


「······稲田君。あなたの言う通りだわ。私は、私自身を大切にしていなかった。悲しい思いをした過去の自分を、もっと大事にしなきゃね······」


「ま、間々田さん······」


 よ、良かった。正しいのかどうか自信無かったけど、言って良かった。


「残り時間、二十分です」


 突然、審判のカピバラが僕達に警告を発して来た。そ、そうだ。今は決闘の途中だった! 


 僕と間々田さんは互いに頷き合い、調理の続きを再開した。時間はあっという間に経過し、僕等はなんとか一品を作り終えた。


 僕と間々田さんの料理が、長テーブルに置かれる。僕の料理は、野菜炒め。間々田さんのはカレーだ。


 三体のタスマニアデビルの着ぐるみは、ゆっくりと僕等の料理を試食して行く。そして三体の着ぐるみは、何やら小声で相談し合う。


「それでは、判定を発表します」


 カピバラの着ぐるみが、料理の点数を発表する。ど、どうなるんだ結果は?


「立夏一族代表、見た目十点、味、二十点、愛情······九十点。よって総合点、百二十点となります」


 間々田さんの点数が出た。見た目と味の評価が厳しい。た、確かに野菜はぶつ切りだし、カレールーの他に、色々調味料入れてたしな。


「続いて清明一族代表。見た目七十点、味、八十点、愛情、八十五点。総合点、二百三十五点となります。」


 い、以外と高得点だ!って事は······


「よって、この料理対決、清明一族代表の勝利と致します」


「か、勝ったあ······」


 僕はホッとしたが、すぐさま間々田の様子を見る。僕の心配を他所に、間々田さんは晴れやかな顔をしていた。


「見た目と味の点数は、しょうがないわね。でも私ね。彼に食べてもらうつもりで、料理を作ったの。愛情の点数だけ稲田君に勝てた。それだけで、なんだか救われたわ」


 間々田さんは穏やか笑った。なんだか、スッキリとしたいい笑顔だ。僕は間々田さんに、暦の歪みを正す活動をする事を命じ、タスマニアデビルに、その指導監督を一任した。


 タスマニアデビルの着ぐるみが、間々田さんを連れて行く。


「稲田君。あなたの言葉は、人の胸に届くのね。色々とありがとう」


 間々田さんは僕に振り返り、感謝の言葉を言ってくれた。


「間々田さん!彼との思い出で、一番幸せだった事ってなんですか?」


 彼女は答えた。高級レストランでも無く、テーマパークでも無く、部屋で彼の肩に寄りかかる時が、一番幸せだったたと。


 間々田さんは、とても幸せそうな顔で笑い、消えて行った。


「彼女はきっと大丈夫です。ご主人様のお陰ですわね」


 着物美女が僕に微笑む。僕一人だったら、こんな結果にならなかった。


「そんな事ないよ。君のお陰だよ······そうだ、名前。君の名前はなんて言うの?」


「······私めに名前などございません。お前、とでもお呼び下さい」


「そ、そんな。本当に名前無いの?」


 僕の質問に着物美女は、なぜか遠くを見るような目をした。


「······遠い、遠い昔。その様なものがあったかもしれません。ですが、もう忘れてしまいましたわ」


 着物美女は微笑む。僕にはその笑顔が、なぜか儚げに見えた。


「······こうか。紅華なんてどうかな?」


「······紅華······?」


 僕がその名を言った時、彼女の顔が一瞬、凍りついた。い、嫌だったかな?だが彼女は、再び微笑む。


「ご主人様の付けた名を、嫌がる理由などございません。喜んでその名を頂戴致します。これからは、紅華とお呼び下さい」


「良かった。その、これからも宜しくね。紅華」


「はい。またご主人様にお呼び頂ける日を、心待ちにしております」


 今日一番の艶やかな笑顔を残して、紅華は消えて行った。消える間際の紅華の呟きは、僕の耳には届かなかった。


「······再びその名で呼ばれるとは、思いも致しませんでした······」


 紅華が消えた後、緊張感から開放されたせいか、膝がカグガクいい始めた。全身もなんだか、だるい感じだ。熱でもあるのかな?


「それが精霊を呼んだ時の代償よ。精霊達を操るのは、とても精神を消耗するの」


 彼方が僕に精霊について説明する。だ、だから、そう言うのは先に言ってくれよ。


「でれっと鼻の下、伸ばしてるからよ。アンタの教育係、なんならさっきの精霊と変わってあげようか?」


「ほ、本当に?」


 僕は紅華が側にずっといる事を想像した。て、天国じゃないか!


「な訳ないでしょ!このスケベ!」


 彼方が僕の頬をつねる。ひ、ビトイよ!こんな引っ掛け問題。僕は天国から地獄に落とされた気分だ。


「帰ったら、みっちり反省会よ」


 い、いやそれ、反省会じゃなくて、制裁の会だろ絶対!


「反省会の前にさ、帰ったらご飯食べようよ。また野菜炒め作るからさ。もちろん、ご飯は大盛りで」


 その時の彼方の顔ったらなかった。それはまるで、好物を食べさせてあげると言われた、子供の顔だった。


「······アンタ、私を只の食いしん坊と思っているでしょう?」


 え?いやいや思ってないよ。ただ、決闘の時、彼方に食べさせたいって思いながら作ったんだ。きっと野菜炒めは、ご飯に合うから。


 そんな僕の真心を気づかず、鬼コーチは僕を追いかけてくる。


「待ちなさい!稲田佑。今すぐ反省会やるわよ!」


「それ反省会じゃないだろ!制裁の会だよ絶対!」


 一面砂漠の世界を僕は走り、彼方がそれを追いかける。幸い、前回のようにコケる事は無かった。気のせいだろうか?前より砂の深さが浅くなったような······


 審判のカピバラは、僕らに戻る催促もせず、ただ静かに、僕らの追いかけっこを見守っていた。














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