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穀雨

 昨日のゲームの続き。僕は今、サッカーゲームをやり込んでいた。何作も続編が発売され続ける、屈指の人気サッカーゲームだ。


 十作以上発売されているが、僕は今、五作目を夢中でやり続けている。過去のゲームだと中古で安く買えて、お金の無い学生の財布に優しい。


 このゲームは、試合が負けそうになるとリセットする手が使えない。ズルが出来ないのだ。今僕のチームは、上のリーグに昇格するかどうかの際どい順位にいる。


 今夜は、昇格を賭けての試合をする筈だった。それがなぜか、一面砂漠の上に立っている。そして、会った事も無い相手と決闘をしなくてはならない。


 しかも、負けたら僕の存在が消される!?清明一族の子孫だからって、人権無視もいい所だ。唯一頼れるのは、僕の目の前のいる純白のセーラー服を着た少女だけだった。


 ······いや、頼れるのか?この娘さっきから僕を馬鹿にしかしてないよな。どこまで僕を助けてくれるのかも保証が無い。僕の頭の中は、不安と不満と恐怖で一杯だった。


「稲田佑。アンタの相手が来たわよ」


 無慈悲な彼女の言葉は、僕を強制的に決闘の場所に立たせる。存在が消されるって言われたら、嫌でも戦うしかない。

 

 ······戦う?喧嘩の一つもした事が無い僕が?通知表で体育がニの僕が?どうやって?


 僕の目の前のに、決闘相手が現れた。相手は男性で背広を着ている。サラリーマンだろうか?伸びたボサボサの髪、縁無し眼鏡、無精髭に、口にはタバコをくわえている。


 かなり細見の人だ。頬が痩けている。あんまり健康そうな人に見えないな。眼鏡の奥の両目は、なんだが疲れきったように見える。


 この人も僕と同じ様に、訳が分からないまま、ここに連れてこられたのだろうか。


「両一族の代表は、互いに自己紹介をして下さい」


 この決闘の審判。カピバラの着ぐるみが、機械音の台詞を口にする。


「······穀雨一族代表、ニノ下 明です。三十二歳、システムエンジニアをしています」


 ニノ下と名乗ったスーツの男が、口を開いた。なんだが、元気が無さそうな声だ。


「ほら!アンタも名乗る」


 彼女が肘で、僕の腕を突いてきた。い、痛いだろ!


「······い、稲田佑、十七歳。高校三年生です」


「一族の名も名乗るの!」


 また彼女が肘で突いてくる。さっきよりも痛い。全くこの娘は乱暴者だな。


「······せ、清明一族代表·····らしいです」


 僕が名乗っても、ニノ下さんは特に表情に変化が無い。いや、本当に疲れてそうなだなこの人。


「決闘の方法を発表致します」


 審判のカピバラが喋った瞬間、僕の心臓、いや、胃の辺りだろうか。キリキリと痛む音がした。


 気づくと、僕とニノ下さんの目の前に、二つのテレビとゲーム機が置かれていた。あれ?こんなの、さっきまで無かったよな?


「決闘は、ミラクルイレブン5で行い、先に三勝したほうが勝利者とします」


 へ?ゲームで勝負すんの?しかも、このゲーム、今正に僕がやり込んでるサッカーゲームだよな。


 ニノ下さんがテレビの前に腰を下ろし、コントロールを握る。それを見て、慌てて僕もそれに倣う。お尻に感じる砂の感触が生温かくて気になったが、そうも言ってられない。


 テレビのモニターがつき、ゲームの画面が映る。間違いなく、僕が今日、家でやるつもりだったゲームだ!


 所でこのゲーム、どこにも電源なくてコードも繋がってないけど、なんで起動してんの?

 

 僕とニノ下さんは、それぞれチームを決める。今回は、世界中の選手が集められた、オールスターチーム同士の戦いになった。


 ······これは、行けるかもしれない。どう言う理由で、この決闘方法が決まったのか知らないけど、少ない僕の得意分野だ。


 試合が始まった。試合は一方的な結果になり、たちまちニ勝してしまい、相手に王手がかけられた。


 ······僕は、追い詰められた。つ、強いよニノ下さん。強すぎる。ニノ下さんは僕に連勝しても、特に嬉しそうにするでも無い。相変わらず、火のついていないタバコをくわえ、ダルそうにしている。


「稲田佑。ちょっとこっち来なさい」


 純白のセーラー服を着た少女が、僕の腕を掴み、決闘場所から離れた所に連れて行く。

なんかアドバイスでもしてくれるのか?


「あと一回負けたら、アンタは存在事消されるのよ?危機感持ってんの?」


「そ、そんな事言ったって、あの人強すぎるよ。僕、勝てる気がしないし」


 彼女は眉間にシワを寄せ、大きいため息をつく。


「······こうなったら手段は問わないわ。後ろからタックルして、選手を潰すのよ」


「は?な、何言ってんの?そんな事したら一発レッドカードで退場処分にされるよ!」


「大丈夫。バレなきゃ平気よ」


 ······僕は確信した。この娘、サッカーの事も、ゲームの事もよく理解してない。この反則上等女から、助言は期待できないと僕は諦めた。


 駄目だ。もう駄目なんだ。僕は存在を消される。カピパラが僕を戻るよう呼んだ。僕はうなだれながら、死刑執行場にとぼとぼ歩いて行く。


「稲田佑。よく聞いて。言葉を大事に、大切に使いなさい。古来、暦を守ってきた一族達はそうしてきた。言葉には、アンタが信じられないような力があるのよ」


 僕の後ろから、彼女の声が聞こえてきた。何が言いたいのか全く分からない。僕は、死刑執行を行うボタンを、自ら押す気分でコントローラーを手にした。


 三試合目が始まった。ニノ下さんの攻勢は激しく、僕のチームはいつ失点してもおかしくない状況だ。


 ······言葉を大事に使う?何の事だよ全く。僕は段々と孤独感に苛まれていく。もうすぐ僕はこの世から消される。そう考えると、無言でいるのが、耐えられなくなってきた。


「······ニノ下さんの仕事って、楽しいですか?」


 僕は考えがあって、この言葉を発した訳では無かった。ただ、誰かと話でもしないと、正気でいられなかったのだ。しかし、この僕の何気ない一言が、この決闘の行方を激変させた。


「······仕事が、楽しいかだって?」


 ニノ下さんの両手が止まり、口からタバコが落ちた。彼のチームの選手の足動きが止まる。それまで無表情だったニノ下さんの顔が、鬼の形相に変わり、僕を睨む。


 それは、僕のチームがシュートを打った時だった。動きが停止した無防備な守備は、そのシュートを止められなかった。


 僕のチームは、初めて先制点を取った。僕は嬉しい半分、驚き半分だった。試合が再開されても、ニノ下さんは僕を睨んでる。


 ······なんだろ、この雰囲気。ひょっとして、聴いて欲しいのかな?僕に?


「あの、システムエンジニアって、忙しいイメージがあるんですが、ニノ下さんも?」


 僕は、恐る恐るニノ下さんに質問する。その途端、彼の表情は鬼の形相から、それはとても悲しそうな顔に変わった。


「忙しいなんてモンじゃないよ······毎日、毎日、終電に乗れるかどうかの日々でさ」


「ま、毎日ですか?」


「ああそうさ。規模が大きいプロジェクトが始まれば、土日祝日もタダ働きさ」


 ひ、酷いなそれ。言わいるブラック企業って奴かな。僕等の会話のやり取りはゆっくりで、いつの間にか試合は終わり、僕が初白星を獲得した。


「それって大変ですね。身体とか大丈夫なんですか?」


 四試合目が始まっても、ニノ下さんはテレビ画面ではなく、僕の方を見ている。ニノ下さんの話は、聴くに耐えない内容だった


 クタクタに疲れる日々。土日の休みは外出もせず、ひたすら寝ているか、ゲームをしている。友人との交友も遠ざかり、髪を切る暇も、髭を剃る元気もない。

 

 彼女には三年前に振られて以来、新しい恋人を作る時間も気力も無い。毎朝、通勤電車に飛び込めば、楽になれるかもと妄想する始末。


 ニノ下さんは堰を切ったように話し出した。ひ、酷いな。システムエンジニアって、そこまで大変なのか。ずっと家でゲームって、通りで強い筈だよ。


 四試合目も、ニノ下さんはコントローラーを動かさず、僕が勝利した。い、いいのかな、これって。


 双方、ニ勝ニ敗で並び、決着は最終戦に持ち込まれた。五試合目が始まる時、彼女が僕の耳元でささやいた。


「いいわね。このまま相手を喋らせ続け、試合に勝つのよ」


 彼女は僕をけしかける。助言でも応援でも無い。それは、悪魔のささやきの様だった。せ、性格悪いなこの娘。最終戦に入っても、ニノ下さんは自分の不幸話を続ける。


 仕方ないよな。これしか僕が勝てる方法無いし。狙ってやってる訳でも無いし。命が掛かってるんだ。やむ終えないよ······


「ニノ下さん!!」


 気づくと、僕は大声を張り上げていた。ニノ下さんは、驚いた表情で僕を見直す。


「この試合に負けた方が、地上から存在を消されます。だからせめて、お互いベストを尽くしましょう」


 ニノ下さんは、数秒時間を置いた後、眠気から覚めたような顔になり、僕に言った。


「······ああ。そうだったな。稲田君だっけ?最後の試合。全力でやろう」


 何を言ってんだ僕は!!馬鹿か?馬鹿なのか僕は?何を格好つけた事を言ってんだ。後ろから殺気を感じる。僕の後ろで立っている彼女の顔を、怖くて確認出来なかった。


 テレビ画面を見ると、試合時間は残り僅かだった。こうなったらやるしか無い。最初のニ試合で、僕なりにニノ下さんの戦術を分析した。


 ニノ下さんは、堅守からボールを奪い、速攻カウンターが得意だ。守備力の高い選手、足の早い選手を、守りと攻めの要に配置している。


 困難極まりないが、そのシステムを逆手に取るしかなかった。カウンター攻撃をさせない。つまり、難攻不落の守備陣を突破する。


 僕は、守りを薄くして、攻撃に人数をかけた。片道燃料。一か八かの特攻だった。ニノ下さんは、僕の意図を察知しているだろう。


 お互い、最後の勝負所と分かっていた。僕が攻める。ニノ下さんが守る。どれくらいの時間が経過したか分からなかった。気づくと、試合終了の笛が鳴った。


 試合は引き分けになり、決着はPK戦になった。僕はこの時、脳裏にある閃きが起こった。隣のニノ下さんに、それを小声で伝える。


 僕は、このPK戦を延々と続けようと提案した。ずっと決着がつかなければ、あのカピパラが、決闘を引き分けにして、僕とニノ下さんを元の世界に、戻してくれるかもしれない。


「······ああ。そうだな。やってみようか」


 ニノ下さんも賛成してくれた。僕等はシュートをキーパーの正面に蹴り、双方0対0のまま、最後の五人目になった。僕のチームが後攻のキッカー。ニノ下さんがキーパーだ。


 僕は約束通り、キーパーの正面に蹴る。だが、なぜかニノ下さん操るキーパーは右に飛び、僕のシュートはネットを揺らした。


 え?な、なんで?ニノ下さん、もしかして操作ミスったのか?


「稲田くん。この決闘、引き分けは無いんだ。故意に長引かせれば、二人とも存在を消される事になっている」


 へ?き、聞いてないぞ、そんな事!僕は猛然と後ろを振り返り、彼女を見る。純白のセーラー服の少女は、あれ?言って無かったっけ?······みたいな顔をしている。こ、この女!


「でも、なんでニノ下さんが自分から負けるですか?」


 負けたら、命消されるんだぞ?なんで?


「俺もよく分からないんだ。ただ、君は俺の話を聞いてくれた。聞いた上で、俺の健康の心配までしてくれた。そんな相手、最近ずっと居なかったんだ」


 ニノ下さんは、痩けた頬を緩ませ、穏やかな笑みを浮かべた。


「だから、君の方が相応しいと思ったんだ。暦の歪みを正す。その一族達を導く役目ってヤツがね」


 後で知ったが、もし僕が敗れれば、僕に勝った一族の代表が、他の一族をまとめる役目を担う事になっていたらしい。これも聞いて無かったぞ!あの女!


「勝者、清明一族」


 審判のカピバラが、僕の勝利を宣言した。ニノ下さんは、いつのまにか現れた着ぐるみと一緒にいる。なんだ、また妙な着ぐるみが出てきたぞ。


 黒いネズミに見えたが、大きい耳が赤い。あれは、タスマニアデビルと彼女が教えてくれた。カピバラにタスマニアデビル。理の外の存在とやらは、ゆるキャラが好みなのか?


「稲田君。君の言葉は、人の心に刺さる暖かみがある。それを大事にして行くといい」


 ニノ下さんはそう言い残し、タスマニアデビルと共に消えた。僕はホッとしたのも柄の間。ニノ下さんを殺してしまった罪に、震え始めた。


「ま、あの不健康そうな人も、第二の人生で頑張る事でしょう」


 ······ん?今この娘何て言った?第二の人生とな?血の気が引いた僕の顔に、彼女は思い出したように話す。


「ああ。言って無かったっけ?」


 決闘に負けた一族の代表は、地上から存在を消される。だが、命を取られる訳では無い。記憶が消されるのだ。ニノ下さんの家族、友人、職場は、ニノ下の記憶を全て失い、誰もニノ下さんの事を覚えていない。


 ニノ下さんは、そんな世界で一から生活を始めなくてはならなかったのだ。あのタスマニアデビルが、ニノ下さんを監督指導して、暦の歪みを正す能力を鍛えるという。


 本来だったら、その仕事は春分一族と清明一族が担う筈だが、一族達が務めから遠ざかっている為、緊急措置らしい。確かに、僕にそれをやれって言われても無理だし。


 取り敢えず僕の役目は、決闘を続け、勝ち続ける事。そして相手の一族に務めを再開するよう命ずる事。それらしい。


 ······って、説明不足が多すぎるだろう!


「稲田佑。さっきの勝利は偶然に見えるけど、そうじゃない。アンタの言葉の力がアンタを勝たせたのよ」


 彼女は、また言葉の力がどうのこうの言っている。ニノ下さんにも言われたけど、サッパリ解らないよ。そんなもの。


「何よ。不満そうな顔して。まだ何か聞いときたい事でもあるの?」


 ぬけぬけと彼女が言う。言いたい事は山程あったが、僕は何故か思っている事と違う事を聞いてしまった。


「君は一体何者なんだ?僕と何の関係があって僕と一緒にいるの?」


 彼女は沈黙している。さっきまで無風だったのに、弱い風が吹いた。彼女は頬にかかった髪をかきあげ、僕の目を見る。


「······私は、アンタと運命共同体よ。アンタが決闘で負ければ、さっきの不健康そうな人と同じで済むけど、私は文字通り命を失うのよ」


 運命共同体?命を失う?僕は質問する前より、頭が混乱してきた。彼女は踵を返し、カピバラの元へ歩いて行く。


「ま、待ってよ!名前、君の名前は?」


 彼女は立ち止まり、動かなくなった。そうかと思うと突然振り返り、両手を腰に当て、僕に答える。


「······かなた。彼方よ」


 彼方······彼方って言うんだ······


「稲田佑。あんたのさっきの台詞。ベストを尽くしましょうって時の顔、ちょっとだけ、格好良かったわよ。ちょっとだけね」


 僕はこの時、彼方の笑顔を初めて見た。僕は何故か、ボーッとしたまま動けない。


「何してんの。さっさとカピパラの所に来ないと、元の世界に戻れないわよ」


 は?いや、だからもっと早く言ってくれよ!そう言う重要事項は!


 焦って駆け出した僕は、砂に足を取られ転倒してしまった。身体が砂まみれになり、鼻や口にも砂が入った。


 倒れた僕を、彼方が上から見下ろしてきた。彼方は意地が悪い笑顔で言った。


「アンタって、本当に鈍くさいわね」


 彼方の後ろに見えたこの世界の空は、気のせいか、さっきまでの薄雲が少し晴れてきた。砂塗まみれの僕は、そんな気がした。




 


 








 

 


 

 

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