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立秋②

 家族や友達から誕生日をお祝いされない。それは悲しくて不幸な事だろうか。でも人間、慣れるとさほど気にならなくなる。


 八月六日。今日が誕生日の僕は、自分自身の記念日をスルーするつもりだった。


 僕と彼方は砂漠の世界に降り立った。さっきのカピバラの話のせいか、緑化の進行具合が気になる。


 結果は芳しく無かった。今までにあった緑が減少している。これは、停滞と言うよりむしろ後退だ。


 彼方も僕と同意見らしく、厳しい表情でその光景を見ていた。


「稲田祐。啓蟄一族の事は置いておいて、決闘に集中して」


「うん。分かってる。僕、頑張るから」


 好きな娘が出来ると、あんなに嫌だった決闘も、やる気と力が湧いてくる。僕はもう、決闘に負けると、自分の存在が消されるとかどうでも良かった。


 それよりも、彼方と彼方のお母さんの想いを必ず果たす。それしか考えて無かった。砂漠の向こうから、今日の決闘相手がタスマニアデビルと共に歩いて来た。


「両一族代表は、お互いに自己紹介してください」


 カピバラが僕と決闘相手の中央に立ち、機械音で場を進行する。


「清明一族代表、稲田祐。十七······いえ、十八才。高校三年生です」


「立秋一族代表、鳥飼みなり。二十五歳、事務の仕事をしています」


 鳥飼と名乗った女性はOLさんか。短い髪に化粧は薄め、眼鏡の下の両目は生真面目そうに見える。


 白いブラウスの上に紺のベストとスカート。鳥飼さんは、仕事中に転移させられたと思われた。


「恐怖のスリルで夏の暑さを吹き飛ばせ!本日の決闘は、肝だめし対決とします」


 き、肝だめし?気づくと僕らの間の前に、洋風作りの巨大な館が屹立していた。ま、まさかこの館の中で肝だめしをするのか?


 カピバラの説明が続く。僕と鳥飼さんは、この館に入って様々な仕掛けを体験する。その時の叫び声の声量、汗の量、心拍数の振れ具合の大きさ。


 館を出た時にそれらを総合的に計算し、恐怖指数が大きい方が負けとする。こ、今回は肝だめしか。


 鳥飼さんを見ると、彼女も不安そうな表情をしている。無理もない。お化け屋敷が好きな女性なんて、あまり居ないだろう。


「尚、両一族代表は、それぞれのパートナーの同行を認めます」


「ちょっ!ちょっとカピバラ!そんな事は聞いて無かったわよ!」


 カピバラの説明に、我が鬼コーチは血相を変えて抗議する。彼方が取り乱すなんて、あまり見ない光景だ。彼方も女の子らしくお化けが怖いのかな?


「か、彼方。お化けが苦手だったら、無理しなくてもいいから」


 僕の言葉に、彼方は一瞬安堵した顔になったが、直ぐに気丈に振る舞う。


「べ、別にお化けなんて怖くないわよ。いいわ。上等じゃない。私も一緒に行くわ」


 無理しなくてもいいのに。鳥飼さんのパートナーのタスマニアデビルの着ぐるみは、落ち着かない様子でオドオドしている。


 こうして不安いっぱいの三人と一体の着ぐるみは、黒い染みと苔に覆われたレンガ作りの洋館に足を踏み入れた。


 鉄製の重い扉を開け、僕が先頭で中に入る。全員が入った所で、突然扉が金属音と共に閉まる。


 全員がそれに驚いた。しかも部屋の中は真っ暗だ。来訪者を歓迎するかのように、急に大きな奇声が聞こえた。


 こ、これは、何かの動物の声か?


「きゃあ!何この声?」


 鳥飼さんの悲鳴が後ろから聞こえた。その時、誰かが僕の右手を握ってきた。え?だ、誰の手だ?


 その握る力は強く、僕の手に痛みが走る。暗闇の部屋に、ロウソクの火が灯った。ロウソクの灯りに、僕の手を握った相手が見えた。


 そこには、恐怖に怯え震えている彼方がいた。部屋に灯りが灯ったと思ったら、どこからか大きな足音がけたたましく聞こえてきた。


「きゃあああっ!!」


 悲鳴、いや絶叫と共に彼方が走りだした。僕は彼方に引っ張られ、次の部屋に移動した。


 次の部屋はとても広く、中央に長いテーブルが置かれていた。白い高級そうやテーブルクロスの上には、果物が盛られていた。


 その果物の中から、葡萄が浮き上がって来た。彼方の僕の手を握る力が増した。その肩は震えている。こ、こんな彼方見た事がない!


 浮いた葡萄が四散し、僕達に飛んできた。彼方の冷静さは崩壊し、絶叫、いや断末魔のような大声で走り出した。


 彼方に引き連れられ、僕等は階建を登って行く。そしてまた、大きな足音が後ろから聞こえた来た。


 階段を登りきった踊り場で、僕等は足を止めた。踊り場には黒猫の形をしたスリッパが幾つも置かれており、それがひとりでに動き出した。


「もう嫌!こんな所!」


 鳥飼さんが両手で頭を抱え、泣きそうな声を出す。側についてるタスマニアデビルは、どうしていいのか分からない様子でオロオロしていた。


「た、大した事ないわよ、こんな物。子ども騙しね」


 言葉とは裏腹に、彼方の目の焦点は合って無かった。相変わらず僕の手を握りしめている。


 ······ポチャ······


 何か水滴が落ちる音がした。僕等は天井を見上げた。天井には

、聖書に描かれているような悪魔の絵が、僕達を不気味に見下ろしていた。


 その悪魔の口から、赤い液体が落ちてくる。そしてまた大きな足音だ。彼方が僕の右腕にしがみついてきた。


 彼方の香りを間近に感じ、僕は違う意味でトギドキした。僕は精霊を呼ぶ決断をする。


「鳥飼さん!精霊を呼びましょう。心を司る精霊なら、力を貸してくれる筈です」


 僕の言葉に、鳥飼さんは生気を取り戻した。僕等は暦詠唱を唱える。



「初候!玄鳥至つばめきたる!」


「しょ、初候!涼風至すずかぜいたる


 僕の頭上に、紅い着物を纏った美女が現れた。長く艶のある髪をなびかせ、美女は僕に優しく微笑む。


「御主人様。またお会い出来て、紅華は嬉しく思います」


「紅華。よろしく頼むよ」


 一方、鳥飼さんの呼んだ精霊は細身の男性だ。長髪に育ちの良さそうな端正な顔。着ている青い着物も高級感がある。


 青い着物の精霊は、鳥飼さんを優しく落ち着かせようとしていた。その時、僕の左腕に柔らかい物が当たった。


 横を向くと、紅華が細い両手を僕の左腕に絡ませていた。胸元から露出した豊かな胸が、僕の腕に当たっていた。


 僕はまた違う意味でトギドキしたが、まさかと言う思いが頭を過る。


「こ、紅華。まさか君もお化けが苦手かい?」


「······ご、ご主人様。この不気味な部屋はなんですの?」


 紅華は僕の言葉を聞いてなかった。彼方と同様に震えている。そして、またあの足音だ。


「きゃあ!」


「きゃああ!」


 ······未だかつてぼくの人生に置いて、二人の女性に同時に腕を掴まれる事があっただろうか。


 僕は彼方と紅華に引きずられるように走り出す。踊り場の石畳が消えたのは、その時だった。


 僕達は、全員底の見えない深い闇の中に落ちていった。


 ······僕はどれ位の時間、気を失っていたのだろうか。女性のすすり泣く声で僕は目を覚ました。


 僕の隣で、鳥飼さんが座り込んで泣いていた。僕は起き上がり周囲を見回す。壁にロウソクが設置され、暗くはない。この部屋は、教室程の広さだろうか。


 手をついた床の感触が柔らかい。そうか。このクッションみたいな床に落ちたのか。でも、この部屋には僕と鳥飼さん二人しかいない。


 彼方や紅華はどこへ行ったのだろうか?


「······もう嫌こんな所!」


 鳥飼さんが悲痛な声を出す。無理も無い。僕だって彼方の悲鳴に気を取られたが、冷静に考えると、この館は怖さ満載だ。


「鳥飼さんの精霊は?」


「······気がついた時には居なかったわ。あの精霊が居ないと、私心細くて······」


「······あの精霊の事、信頼しているんですね」


 僕の言葉に、鳥飼さんは一瞬僕を見返した。そしてしばらく俯いた後、自分の事を話し始めた。


「······私、今までに男の人を好きになった事が無いの。好きになるのは、いつも漫画やアニメのキャラクターで」


 そんな時、あの青い精霊と出会い、初めて生身の男性に心奪われたと言う。確かに、あのイケメン精霊になら、女性は惹かれるかもしれない。


「······おかしいわよね、私。初めて好きになった相手が精霊なんて······」


「鳥飼さん。そんな事ないと思います。人を好きになる気持ちには、格差も不平等も偏見も無いと僕は思います」


 僕は言葉の途中で彼方の顔をが浮かび、思わず台詞に熱が込もってしまった。


「······あ、ありがとう。稲田君」


 鳥飼さんの涙は止まり、少し落ち着いた表情に戻った。その途端、またあの大きな足音が聞こえて来た。


 この部屋の西側にある扉が開き、彼方、紅華、青い着物の精霊が走りながら入って来た。


「彼方!紅華!良かった無事で······」


「い、稲田祐!ま、またあの足音が聞こえてくるけど、大した事はないわよ!」


 僕が言い終える前に、全然大した事がありそうな顔で、彼方が僕の右腕にしがみつく。僕は、左腕を掴む紅華にお願いをする。


「紅華、君の力で彼方の恐怖を和らげてくれないか?」


「え?······はい······かしこまりました。御主人様」


 紅華が奇麗な左手を彼方の頭に添えようとした時、あの足音が僕等の背後で鳴った。僕等は恐る後ろを振り返る。


 ······そこには、もう一人の僕達が立っていた。もう一人の僕、彼方、鳥飼さんが、顔を俯けながら立っていた。


 今まで聞こえていたあの足音は······僕達は、もう一人の自分に追いかけられていたのか!?


「きゃあああっ!!」


 三人の女性の悲鳴が轟き、周囲の景色が一変した。洋風の館は姿を消し、気づくと僕等は、砂漠の上に立っていた。


「肝だめしは終了しました。今から恐怖指数の集計に入ります」


 目の前のカピバラが、いつも通りマイペースに決闘の終わりを宣言した。僕達は固まって暫く動けなかった。



「······申し訳ございません、御主人様。紅華は何のお役にも立てませんでした」


 精霊を呼び出した消耗も手伝って、呆然と立ち尽くす僕の隣で

、紅華が申し訳なさそうに僕に謝罪する。


「そんな事ないよ。紅華が居てくれるだけで心強かったしね。それよりも、恐い思いをさせてごめんね」


 紅華は首を振り、切なそうな色を目に浮かべて僕を見た。


「······御主人様は、ご自分より、その女性の事が大切なのですね······」


 紅華の言葉に、僕は赤面する。慌てて隣を見たが、彼方はまだ心ここにあらずの様子で、聞かれてはなさそうだった。


「······妬いてしまいますわね」


 紅華の小声を聞き逃した僕は、微笑んで消える彼女を見送った


「結果発表を行います」


 カピバラが僕等の前に立つ。鳥飼さんは青い着物の精霊に寄り添ってもらいながら、緊張の面持ちだ。


「立秋一族代表、恐怖指数二百六十。清明一族代表、恐怖指数七十。よって、今回の決闘は清明一族代表の勝利と致します」


 ······か、勝ったあ!いや、今回は彼方と紅華のお陰だ。彼方達の悲鳴が大き過ぎて、怖いと思う暇がなかったからだ。


 僕は鳥飼さんに、暦の歪みを正すよう命じ、その指導監督をタスマニアデビルに一任した。


 鳥飼さんは、消えて行く青い着物の精霊を名残惜しそうに見送った。


「······鳥飼さん。生身の男性を好きになれたんです。きっとこれからも、色んな人を好きになれる思います」


「······ありがとう。稲田君。君もあのセーラー服の女の子と、上手く行くといいわね」


 鳥飼さんの言葉に、僕は再び赤面した。な、なんで分かったの?


「私、アニメや漫画で、恋愛の機微は学んだつもりよ」


 鳥飼さんは片目を閉じ、笑顔でタスマニアデビルと共に去って行った。


 彼方の方を向くと、彼方は両手で自分の頬を軽く叩いていた。良かった。ようやく落ち着いたらしい。


「彼方、今回は大変だったね」


「べ、別に。軽いもんよ。こんな決闘」


 頬を赤くする彼方を見て、僕はたまらなく可愛いと思ってしまった。彼方が左手を僕に差し出す。その手には、和紙の包みがあった


「······今日、アンタの誕生日でしょ?」


 え?なんで僕の誕生日を?······そうだった。理の外の連中には、個人情報などあって無いような物だっけ。彼方は着ぐるみ達から、僕の生年月日を知らされていたんだ。


 ん?もしかしてこれって、誕生日プレゼント!?


「あ、ありがとう彼方。開けてもいい?」


 和紙の包みの中には「安」と文字が入ったお守りが入っていた。


「······私のお母さんは、私にお守りを沢山残してくれてたの。一つアンタにお裾分けするわ」


 ······そんな大事な形見を僕に。僕はまた涙腺が緩みそうになった。


「あ、ありがとう彼方!大事にするね。彼方の誕生日っていつなの?」


 僕は能天気に、深く考えず質問してしまった。


「······十一月七日よ」


 ······十一月七日。それは、暦の上では立冬になる日であり、彼方の寿命が尽きる日だった。


 誕生日に死ぬなんて、それが分かってるなんて、そんな酷い事ってあるのか?


「さあ稲田祐。帰って反省会よ」


 彼方はいつも通りに振舞い、姿勢のいい姿を僕に見せる。時間は止まらない。どうやっても。


 残酷にも時計の針は、立冬へと一秒ごとに進んでいく。僕の頭の中は、好きな人の為に何が出来るか。そんな事で一杯だった。


 ······この時僕は気づいて無かった。彼方は、僕が絶対に好きになってはいけない相手だったと言う事を。


 

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