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空洞と魔法と雨  作者: 気怠げなシュレディンガー
第1章 道化師の選定
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第9話「まだ、始まったばかり」

「……何してんの」


 少女は駆けて来たのか。その呼吸は荒々しかった。憤りを感じられるその問いかけに、閉じるはずの瞼は悪足掻きのように開いたままだ。


「何って……見ての通り。腹に魚みたいに切り込み入れられて死にかけてんの……」


 今は亡き怪物と、もう少しで亡き者となりそうな藍徒で出来た真っ赤な水溜りで、息と言葉を途切れさせながら彼は声を出す。


 減らず口を叩けば、彼女が笑ってくれると思った。しかし、全く効果無し。むしろ、怒りの感情としか言いようがない形相だった。


「本当に……最低。藍徒さんのそういう所、本当に嫌い」


 そう言いつつも灯火の彼への感情は冷たいものでは無かった。ただ、自己犠牲を選んだ彼の決断を許せなかっただけだ。


「参ったな……お前に嫌われちゃ、本当に困るから、気を付けなきゃな……」


 表情筋をフル活動させて、笑顔を作ってみせる。いつものように笑えない。それでは困る。笑って誤魔化せないじゃないか。


「とにかく、ヴァイオレットさん呼んで治療してもらうから……」


 ベルを取り出して、音を響かせる。

 しかし、いくら待っても彼女は現れなかった。


「え……何で? どうして? 早く! ヴァイオレットさん!」


 何度も響かせる。それでも、やはり彼女がやって来る気配は無かった。

 鐘の音色が虚しく、響くだけだった。


「きっと……『選定』の決まりなんだろう。死にかけても、助けてもらえるなんていつまでたっても、終わらないもんな」


「そんな……」


 果てのない落胆と共に、彼女は血溜まりに膝を落とす。彼女の反応もなんとなく分かっていたから、気持ちはいやに穏やかだ。

 ただ、自分のせいで彼女が泣きそうになっているのを見ると、胸の奥が搔き毟られる。


「嘘だよね? こういう状況になったら、魔法で助かるっていうのは創作物じゃ鉄則だよね?」


 妄言を口に出しながら、彼女は呪文を唱え続けた。

けれど、いくら唱えても相手を傷付けることしか出来ない結晶の種がその場に転がるだけだった。


「……灯火。もう、いいよ」


 もう、無理だと分かっている。

 腹部の抉れた傷からは今も血が流れている。流れれば流れるほど、体は冷たくなっていく。


 目が霞む。日はとうに沈み、今は夜の真っ只中だ。それに伴い都市は変わらず煌々とした光を放つ。それなのに、本来ならば人混みで溢れているこの場所だけは少し仄暗い。


「……もう、眠いから寝るわ。……レミルさんに面目立たねぇな……こんな初っ端で、リタイアなんてな……」


 深く息をする。最後のその呼吸は、安堵だった。一度救えなかった彼女を、自己犠牲とはいえ救うことが出来た結果への。

 彼女も有りもしない希望から手を放して、泣き顔を伏せていた。

 ぎこちない笑顔をなんとか作ってみせて、目を閉じる。

 そして静かに、とても静かに息は止まった。




「……置いてかないでよ。また、私は……」




 彼の亡骸に、雨の一雫が落ちた。

 ひどく冷めた感情から、零れ落ちた熱い一雫。





 落ちたそこから、花が咲いた。


 美しく輝きを放つ、結晶の造花が咲いた。

 彼の胸から咲いたその花は根を藍徒の身体中に、張り巡らせる。


 根から生まれた青白くて優しい光が、彼の致命的損傷に溶け込んで広がる。

 すると、体外に流れ落ちる血液は止まり、腹に刻まれた醜い傷も、最初から存在していなかったかのように消えていた。


 目から見える傷は全て消え、彼の心音が再び鳴り始める寸前。

 最後に花は美しく砕け散り、瞬く光のように舞い、空に消えていった。



 閉じた瞼がゆっくりと開かれる。

 目の前の景色が視界に入り込む。


 そこには、涙を浮かべたままの彼女がいた。


「え? 何で……」


 藍徒の第一声が言い終わる前に、灯火は彼に抱き付いていた。


 藍徒の胸の中に、熱い涙が彼女から伝う。

 その涙は目覚めたばかりの体にとても温かく、優しく染み込んだ。


「……本当に、何してんの」


「……死にかけてたら、いや、死んでいたら、好きな人に抱きしめられています」


 泣き笑いの問いかけに、道化師のように戯けて答えた。

 体を少し離して、額を合わせる。

 目が合うと、優しく微笑み合った。


「何か、言うことありませんか?」


「勝手に最終回感を出して、死んですみませんでした。……あと、ありがとう」


 それを聞いた灯火は、本当に嬉しそうに笑みを涙と一緒に零した。


 あの花の粒子が散りばめられたのだろうか。

 もう少しで明けようとしている夜に、現実には不釣り合いな光が瞬いていた。

「空っぽ」な都市には、不釣り合いな光。


 まだ、始まったばかりの「選定」。

 だけど、道化師はきっと何処かで満足そうに笑っている。



 ※※※ ※※※※※※※ ※※※※※※ ※※※※



 その部屋は、静かだ。


 灯りも灯っていないその部屋は、古びた扉が軋む音と、少しだけ空いている窓から入り込んで来た、冷たい風の揺れる音しか鳴らない。

 暗くて、冷たい、孤独な部屋というだけだ。


 それが、普段通りならば。


「まったく、穢れた獣を送って来たものよ。

 おかげで死体処理に手間取ったわ。のう、『憂鬱』の。貴様も何か言わんのか?」


「うるさいなぁ、『背徳ロンドアー』の爺さん。ボクは久しぶりにいい暇つぶしになったから、むしろ感謝しているぐらいだよ」


「異常者が……貴様のように血生臭い男を見ていると、吐き気を催す」


「勝手に吐いてなよ。きっと、『偽造フェイク』のみんなが片付けてくれるさ。 だよね? ヴィルムート」


 その部屋では、三人の人物がお互いに顔を見合わせていた。


 赤墨色の着物を着込み、左横に立つ人物を皺の刻まれた顔で睨み付ける、白髪混じりの髪の老人。老人の右手は、既に乾いて鮮紅色から朱殷色になっている血で染まっていた。


 その老人に睨み付けられてヘラヘラと嘲笑を浮かべている長身の男は、病的と思われるほどに全身を白いスーツを包んでいたが、肌が見える部分は所々にリストカットのような傷が血を滲ませていた。


 そして、この部屋に来るはずのない二人の「異常者」を招き入れる原因を送り込んだ、仮面越しに作り笑いを浮かべている男。


 ヴィルムートと呼ばれたその男は、作り笑いと共に丁寧なお辞儀をした。


「ようこそ、我が戦友。昨夜の贈り物はお気に召さなかったようで、申し訳ない。次からは、更に素晴らしい贈り物を贈ろう。

 あと、掃除は手間なのでやめて頂きたい」


「悪怯れておらんな、貴様。まったく、度し難い」


「え!? 今度は何を送って来てくれるの?楽しみだな〜」


 鋭い眼光をヴィルムートに移す老人と、子供のように死んだ目を輝かせている男。

 そんな対極にいる二人を見て、一瞬ヴィルムートは嘲笑ともとれる表情になっていた。

 そして、その表情をふっと消し、冷たい微笑へ切り替えて問いかけた。


「ところで、用件は何かな? 魔獣を送った私を二人で手を組み、確実に殺そうとしているのかね?」


「たわけ。このような男と手を組むなど、『背徳』の恥さらしじゃ。

 ……と、言ってもいられん事情が出来たのでな。仕方なく、『同盟』を結んだ。心配するな。今回は、貴様を消しに来た訳では無い」


「あ、同盟組んだ理由は聞かないで貰えると嬉しいな〜」


 老人の回答に、長身の男がお願いと言う名の「警告」を添えた。

 ヴィルムートは老人の回答が意外だったようで、眉を少し顰ませた。

 そして、今一度問いかける。


「……では、どのような?」


「キミ、『空洞ホロウ』を潰すつもりだろう?」


 長身の男が軽い口調でそう言った。


 何故自分の思惑が見抜かれているのか心の中で疑問が出るが、それを表情に出さずに言葉を繋ぐ。


「そうだが、それがどうしたのかね?」


「それね、やめて欲しいんだ」


 死んだ目とはいえ、その瞳は真っ直ぐだった。

 嘘じゃ無いというのならば、ますます分からない。この男の考えていることが見えない。


「……理由を聞かせてもらえるかな?」


「だって、つまらないじゃないか。満身創痍の兎を刈り取って楽しいかい?」


 楽しそうに笑う。


 理由を聞いたところで、解決はしなかった。

 むしろ、疑問が深まるだけだった。

 長身の男の屈託のない笑顔を見て、その笑顔に何が秘められているのかと見つめていると、補足しようと老人が口を挟む。


「つまり、この男は純粋に『殺し合い』を楽しみたいようじゃ。弱った獲物を蹂躙するのではなく、互いに命を賭ける殺し合いがしたいと。儂には、到底理解出来んがな」


 それを聞いて、理解は出来ないのは右に同じだが、納得は出来た。

 この男の異常性を考えれば、確かに彼なりの道理にはかなっているのかもしれない。


 ただ、「殺し合い」がしたい。彼の死んだ目には、血塗られた出来事しか予定されていないようだった。


「……断れる状況でも無い事は分かっているつもりさ。承知した。『空洞ホロウ』の抹殺は少し見送る事としよう。しかし、彼等の容体が万全となった時には……」


「もちろん、いいよ。彼等が、万全を期しても意図も簡単にやられるのならば興醒めだけどね」


 ヴィルムートは、『憂鬱』な彼の要求を呑む事とした。断れば、タダでは済まないのは明白な事だからだ。

 その状況が面白くないと思ったのか。少し息を深くつき、皮肉を告げた。


「まったく、君のような人物が『憂鬱グルーミー』に選ばれたのか理解に苦しむよ。

狂乱フレンズィ』がお似合いだと思うのだがね」


「……そればっかりはねぇ、僕も分からないよ。

 まぁ、少なくとも僕は会話は通じるからね」


 皮肉と分かったのだろうか。少しだけ、殺気を放って『憂鬱』は笑ってみせた。

 二人は表情こそ笑顔だが、互いに交わす眼光は敵意そのものだった。


「まぁいい。要件が済んだのならばお帰り願おうかな。生憎、私にはやる事が多くてね」


「言われなくても帰るわ、こんな居心地の悪い部屋。ほれ、行くぞ『憂鬱』」


「……またね。ヴィルムート。贈り物、楽しみにしておくよ」


 二人が部屋を後にしようとした時、『背徳』の老人がヴィルムートに疑問を投げかけた。


「……ところで、『偽造』よ。何故、儂らにだけあの魔獣を送り、『狂乱』には何もしなかった?」


 背を向けながら尋ねられたそれは、ヴィルムートにとって、答えたくないものだった。

 それが予め分かっていたように、老人は首だけ振り向かせ、初めて見せる卑しい笑顔をした。


「まさか、魔獣が用意出来なかったなんて言い訳をするわけではないだろうな?」


「……お帰り願おう」


 一番強い殺意を老人を仮面越しに突き付ける。

 老人はしわがれた声で、笑い声を上げて消えた。それに続くように『憂鬱』も姿を消した。


 普段通りになった部屋の中で、ヴィルムートは古びた椅子に腰掛けて、仮面を取る。

 晒した素顔は窓から入り込む月光に照らされていた。


「………凛花」


 そう、名前を呼ぶと、影から仮面を付けた少女が現れた。


「はい。ヴィルムート様」


「ずっと聞いていたのだろう? ……そういうことだ。『空洞ホロウ』にはしばらく手を出すな。……潰すべき時が来たら、私が伝えよう。予定通り、君一人で遂行して貰う」


「承知致しました」


 お辞儀をし、死んだ目の少女は長い髪を揺らしながら、また影へと消えていった。


 今度こそ本当に独りになった部屋で、今まで抑えようていたかのように、深い息を吐く。

 そして、恨みのこもった声を出す。


「……痴れ者が。『道化師クラウン』は私が手に入れる。誰にも、渡すものか……!」


 ニセモノの彼は暗い部屋で一人、自分の焦りの感情を嚙み殺していた。




大変お待たせ致しました。


途切れ途切れになってしまうと思いますが、時たま確認していただけると嬉しいです。

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