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空洞と魔法と雨  作者: 気怠げなシュレディンガー
第1章 道化師の選定
8/28

第8話「死に物狂い」

更新が途絶えております。(本当に申し訳ありません)


最近忙しいので全く投稿出来ない可能性が高いです。待っててくれていた方がいるのなら、本当にごめんなさい。


気長に待っててくれるとうれしいです。

それでは、どうぞ。

 血のように赤い夕日が、悠然と歩を進めるその様を、恐ろしく際立たせる。横に並ぶ大型トラックとなんら変わらない大きさを持った生き物が、こちらに迫る。

 外見自体には、ありがちな凶悪さや禍々しさは一切ない。むしろ、混じり気のない美しい毛並みを持った狼のような姿に、神聖ささえ感じられた。


しかし、こちらを見据えるその双眸からは、純然たる殺意が溢れ出ていた。


 


「ひっ……」


 灯火の喉から引きつった声が聞こえる。

 それに答えるように怪物は咆哮を上げた。

 そして、その巨躯を自分たちめがけて突進させて来た。


「クソ……! 逃げるぞ、灯火!」


 似たような光景を思い出す。

 炎に身も心も焼き尽くされたあの光景を思い出す。

 何も救えなかった。自分も、彼女も。

 ちゃんと手を握っていたのに。


「二度も救えないなんて……そんなことは俺が絶対許さねぇ!」


 あの日の後悔に歯軋りし、『暴動』を呼び起こす。

 彼女を抱き抱え、あの怪物から全力で逃げる。

 魔法を発動した彼の足の速さは風を切るほどだ。

 しかし、怪物も同じように俊敏だった。

 見慣れた無人の都市を恐怖に染められた感情で、もう一度駆け回る。


 しかし、走って行く内に徐々に差が縮まっていくのが、藍徒にも分かった。信号機の場違いな赤色の光がいちいち視界に入ってきて、焦燥感を囃し立てる。


 このままでは、追い付かれる。

 そう認識した途端、思考から冷静さが完全に消えた。


 嫌だ。死にたくない。彼女を死なせたくない。

 こんなところで、死ぬ訳にはいかない。

 頭の中で色々な感情が熱を帯びて加速していく。


  『哀れみの結晶【ドロップ・クリスタル】』


 突如、後ろに巨大な結晶が出現した。

 美しくも鋭く尖った結晶にまともに突進し、巨躯を突き刺した怪物は悲痛ともとれる雄叫びを上げ、赤黒い血を流す。



「灯火……!」


「藍徒さんだけで戦わなくてもいいんだよ……私だっているんだから」


 優しく自分に微笑みかける彼女を見て、何かに気付いてしまったかのように顔を背ける。


「……?」


「……ありがとう」


 情けない。

 守ろうとしたら、逆に守られてしまった。

 彼女は足手まといなんかでは決してない。

 むしろ、自分の女々しい後悔の念の方がよっぽど駆ける足に纏わりつく。


「藍徒さん!後ろ!」


「……ッッ!」


 後ろを振り返る。後方にいる怪物は血溜まりの中で、未だにこちらを血走った目で睨み付ける。

 結晶から体を引き抜くと、その深く抉れた傷はみるみる内に塞がっていく。

 そして、怪物は確かな殺意を込めて再び咆哮し、二匹の獲物を死の淵まで追いかける。


「ーー! 再生なんてありかよ!?」


「なんかお約束な感じしなくもないけど……どうする? もう一回投げる?」


「いや、一旦退避しよう。殺し方が分からないまま魔法バカスカ打ってても、無駄に魔力使うだけだ……!」


「分かった……」


 灯火の足止めもあり、怪物からは遠く離れることが出来た。そのまま加速して、人目の付かない路地裏に逃げ込む。

 怪物が追って来ないことを確認して、一時的な安堵が疲れ切った身体に染み込む。

 灯火を優しく降ろし、荒い呼吸をしながら藍徒は狭い路地裏に倒れた。


「ハァハァ……クソ、やっぱ怪物は再生力半端ないって世の常なのか……?」


「藍徒さん、大丈夫?」


「あぁ……少しここで身を隠そう。灯火。今、魔力残量どのくらいだ?」


 右腕を見てみる。彼女の腕に刻まれた刻印は少し薄くなっているがまだ使えそうだ。


「よし……まだ残ってそうだな」


「藍徒さんは?」


「俺も大丈夫だよ。ほら見てみ」


 長袖を捲り、灯火に刻印を見せる。

 確かにまだ残量が残っていると思わせる濃さだが、少し違和感が感じられた。


「藍徒さん。これ本当?」


「何が?」


「魔力残量だよ。藍徒さんあんなに必死に逃げてたのに、何でそんなに残ってるの?」


「馬鹿。こんな絶体絶命の局面で嘘なんてつく余裕無いよ。大丈夫、俺を信じろ」


 優しく笑いながら親指を立てる。

 灯火に向ける藍徒の目は余りにも真っ直ぐだった。

 しかし、その目の中に何らかの感情が混じっていたことに、灯火は気付かなかった。


「……分かった。信じる」


「よし。それじゃあ作戦を立てよう。あの怪物は灯火の魔法をまともに喰らったのに、傷なんて逃げてる内に消えちまってた。つまり、ただ殺すだけじゃダメっていうことになる。

 そこで、俺一人で様子を見に行ってアイツの殺す方法を見つけてくる。どうだ?」


「ダメ」


 即答だった。それを聞いて藍徒はそう返されると分かっていたのか、苦笑いを浮かべた。


「やっぱ、ダメ?」


「ダメに決まってるでしょ! どうして、何でもかんでも自分で背負おうとするの? さっきも言ったでしょ?私もいるんだからって」


 灯火は必死だった。そして、何でも自分で背負おうとする彼に怒りを覚えていた。


「別に灯火が足手まといなんて微塵も思って無いよ。ただ、俺だけの方が動きやすいし、そもそも対処法を探すだけだからさ」


「だとしても……!」


「それが一番最善なんだよ。大丈夫。きっと戻ってくるから、ここで待っててくれ」


 激昂寸前の灯火の肩に手を置いて、瞳を合わせる。灯火の瞳は怒りと焦燥から冷え冷えとした不安の色に染まっていった。

 そんな目をするものだから、心が揺らぐ。

 けれど、ここで逃げていては自分の生きている意味なんて夢のまた夢だ。


 悟られるな。彼女を守りたいのなら。


「じゃあ、せめてこれ持って行って」


 灯火からから半透明の球体を数個手渡された。

 彼女の『涙淵』の結晶だ。


「殺せなくても、足止めぐらいにはなるはずだよ。……絶対帰って来てね」


「ああ。すぐ戻ってくる」


『暴動』を再び発動し、自分の脚を再び疾駆させる。右腕の刻印は肌を伝う汗で薄くなっていく。

 それは、まるで彼の残された時間を表しているかのように滲んでいった。



 ※※※ ※※※※※※※※※※ ※※※※※



 時は同じく、二人の人物の影しか見えない部屋は寂しさがあるが、彼の服装は寂しさの欠片も無い。

 必死な形相で都市を駆け抜けていく少年を、まるで子供を優しく見守るように、空中に映し出された映像越しに見つめていた。


「レミル様。このままでは彼らは……」


「ーーそう思うかい? ヴァイオレット、君は彼らが十中八九死ぬ。そう思っているだろう。

 そんな事では困る。彼らが勝ち取ってこその『道化師クラウン』だろうに」


 戦う力も知識もまだ未熟の彼らは、真っ先にこの「選定」で全滅されるであろう取るに足らない存在だ。現に、今も絶望的な状況にさらされている。


 けれどそんな彼らの姿を見つめるレミルのその目は、絶対的な信頼で塗り固められていた。

 ヴァイオレットにはそれがどうしても理解し難かった。


「何故、貴方様は彼らをそこまで信用しているのですか? ……いえ、信用出来るのですか?」


 それを聞いた道化師は、ヴァイオレットの宝石のような瞳を見て、変わらぬ笑顔でこう告げた。


「僕が信じたいだけさ。ただ、それだけだよ」



 ※※※ ※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※



 日が完全に沈んだ無人の都市の真ん中。

 自分たちが最初に立っていたスクランブル交差点の真ん中。

 その場所で藍徒は灰色の怪物の前で妙に冷静に独り言を口走っていた。

 自分を奮い立たせるための独り言を。


「それにしても危なかったな……刻印を黒いマジックでなぞったの灯火にバレてたら終わってたな」


 ポケットから黒色の油性ペンを取り出して、その場に投げ捨てる。

 彼の右腕の刻印はほとんど消えかけていた。


「あとどんぐらいかな、俺の生命線は。まぁどれだけ少なくったって、立ち止まる理由にはならないけど」


 思わず自分の右腕を消えかけの刻印ごと撫でる。そして、皮肉交じりの笑顔で目の前の怪物と対峙する。少しでも手を伸ばせばお互い触れられるほどの間合いだ。


「魔力切れ寸前。テメェは一体どうやったら殺せるか皆目見当もつかねぇ。

  初っ端からこんなハードじゃ絶望しかねぇよ」


 グルグルと喉を鳴らし、藍徒を睨み付ける怪物。そんな怪物に引けを取らない眼光を突き立てて、彼は強がりな言葉を並べる。


「でもそれがどうした?こんなところで立ち止まってちゃ『選定』は生き残れねぇ。

 自分の生きてる意味も分からないままじゃ死ねないんだよ……!

 テメェぐらい殺せないと、あの人に顔向けもできねぇ!

 来いよ、バケモン! テメェを殺して、たとえ死にかけても俺はあの子の元へ帰るんだよ!」


 両者共に叫び声を上げる。

 死神の鎌のように振り上げられた怪物の爪をギリギリでかわし、神風の如く速度で怪物の周りを駆けたあと灯火から手渡された魔法を足下に投げる。

 辺りは美しく輝く結晶に包まれ、怪物の足もそれによって捉えられた。


 そして腕に『暴動』を込め、二発目を拳ごとその巨躯に叩きつける。


 今度は鋭く尖った大剣のような結晶と、『暴動』の衝撃で怪物の横腹は、逃走の足止めに使った時とは比べ物にならないぐらいに深く抉れた。

 鮮血が顔にかかる。怪物の断末魔が都市に響く。

 藍徒は結晶の大剣をさらに抉るように引き抜き、怪物から十分な距離を取る。


「やっぱ、塞がっちまうか……」


 あれだけ体に風穴を開けたのにも関わらず、風穴はどんどん塞がっていく。

 ただ単純に体のどこかを欠損しても、すぐに再生してしまう。


「次は目だな……」


 再びとてつもない速度で怪物に特攻する。

 高く跳び上がり、大剣でその双眸に斬りかかる。


 その瞬間凄まじい殺気が背中をなぞった。

 斬りかかろうとした怪物は初手の攻撃より、急激な速度で爪を振り下ろす。


「ーーーッッッ!!」


 避けることは叶わず、守りの姿勢に入るが藍徒の体は簡単に吹き飛ばされる。

 道路の硬いアスファルトに幾度となく打ち付けられ、ずり込むように倒れる。


 打ち倒された体には幾重にも重ねられた切り傷と疲労で溢れていた。刻印は風前の灯火に等しいほどに薄れている。

 怪物が近づく足音が聞こえる。

 まさに絶体絶命といった状況だ。


 そんな状況に彼は笑顔でいた。


「……反応したな。ハァ、ハァ……なるほど、それがテメェの殺し方か……!」


 ズタボロな体に鞭打って再び立ち上がる。猛然と襲いかかる怪物に向かって結晶の大剣を持ち、高く跳び上がった。

 血で汚れた結晶で上から怪物の頭を串刺しにする。嚙みつこうにも口が開かないを怪物をよそに、今一度眼球を狙う。


 それを恐れたのか、横から鋭利な爪が飛んでくる。流石に避けられず藍徒の体に深く抉れた三本線が引かれた。


「ーーーッッ! クソがァ! ささっとくたばれ!」


 度し難い激痛が走るが、彼は怯まずに怪物の眼球に手をかけ最後の呪文を唱える。


『暴動の初動【ライオット・ファースト】』


 腕に力を入れ、強引に閉じた瞼を抉じ開け、眼球を引き抜く。

 肉が千切れる音を立てて、怪物の目があった場所は何も無い窪みになった。


 口腔を外側から串刺しにされているにも関わらず、この都市に轟く程に絶命の証の咆哮をあげた。

 そしてそのままゆっくりと、怪物は横たわった。役目を終えたことを自覚しているかのように『涙淵』の結晶は空気に溶けるように、美しく優しい光を放ちながら消える。

 辺りは文字通り血の海だ。


「早く、アイツのと、こに……」


 勝利の余韻に浸る余裕もなく、大事な人の元へ帰る力もなく、藍徒は怪物と同じように倒れる。刻まれた外傷はもう少しで腹の中身が零れ落ちるぐらい深いものだった。


 あぁ。こんな無様な姿もあの日に似てる。

 でも、今は自分だけだ。


 何かを握ろうとしてすかした右手を見て、力無い笑いを浮かべる。また、何も聞こえなくなる。

 目がゆっくりと閉じていく。


 そんな時、大事な人の声が聞こえてきた。




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