第6話「暴動と涙淵」
「とりあえず、住居探すか。腐るほどあるだろうけど」
「ご飯とかどうするんだろう。それに電気も水も使えるのかな?」
「電力はビルのライトが俺たちの世界と変わらないぐらいパカパカ点いてたから、多分大丈夫だろう。食べ物とか水は、まぁファンタジーということで済ましとこうぜ」
「それで使えなかったらどうすんの……」
「電力や水に関してはご心配なさらず。食料は必要な分だけこちらから、配給致します」
「へぇ、流石ファンタジー……って、ヴァイオレットさん!?」
二人で無人の都市を探索していると、何処からともなく白髪の美女が現れた。
「開会式お疲れ様でした。藍徒様、灯火様。
質問は以上でよろしかったでしょうか?」
「質問って……ヴァイオレットさんいつから居たんですか?」
「お二人がこの場所へ移動出来たかどうかを確かめに来た後に、灯火様が疑問を口に出されていたのでお答え致しました」
「そうですか……ありがとうございます。何とかやってみます」
「では私はこれで。またご不明な点がございましたら、これでお呼びください」
そう言いながらヴァイオレットは、少しだけ色がくすんだベルを取り出して藍徒に渡した。手の平の上にあるそれを見て、藍徒は首を傾げた。
「ヴァイオレットさん、これは?」
「見ての通りベルです。食料の配給や、質問が必要な時はそれを鳴らしてください。
それでは、ご健闘をお祈りしております」
レミルから習ったのだろうか。ヴァイオレットも指を鳴らし姿を消した。
渡されたベルをズボンのポケットに仕舞う。
「ヴァイオレットさん、ベルボーイならぬベルガールだな」
「ヴァイオレットさん大変だろうね。他のチームの人のところにも行ってるだろうから」
ヴァイオレットの身を案じたところで、藍徒はレミルから受け取った本を見て、思い出したかのようにこう提案した。
「そうだ。住居探しもいいけど、魔法試してみようぜ、魔法。いつ別のチームが襲いかかってくるか分からないしさ」
「それもそうだね。レミルさんは、魔法は呪文を唱えながら発動出来るって言ってたね」
「こんなのリアルにやるなんて本物の中二病になった気分だけど、本当にできるなら中二病じゃないよな?」
「まぁ、私しか見てないから……ふふっ」
「おい。何で少し笑った」
「気のせいだよ。とにかくやってみてよ」
不服そうな顔で、藍徒は本の黒いページに浮かび上がった白い文字に目を通した。
そこには、それはそれは中二病ホイホイのような横文字しか無かった。思わず眉間に皺が寄る。
「じゃあ、唱えるぞ……」
「が、頑張って……ふふふ」
「だからなんで笑うんだよ! お前も後でやるんだぞ!」
「はいはい」
「たく……後でアイツがやった時めちゃくちゃ笑ってやる」
深く呼吸をする。灯火のクスクスと笑う声が聞こえるが、羞恥心はこの際どうでもいい。自分は妄想でこれをやっている訳ではない。自分の魔法なのだから。
『暴動の初動【ライオット・ファースト】』
唱えた瞬間、体が弾け飛ぶような感覚があった。痛みは無い。周りを見渡しても特に変化は無い。あるとするならば、
「体がものすごく軽いな……」
何気なく、走ってみた。
「……は?」
少し駆けてみただけだった。それなのに気づいたら、さっきまでいた交差点から一瞬で数十メートル先のガソスタにいる。
興奮と驚きで大きく見開いた目で、電光掲示板を見つめた。目に少しの痛みが走って、今更ながら夢ではないことを自覚した。
「これが俺の魔法……はっ!思わずアニメみたいなセリフ吐いちまった……」
自分の言った言葉で赤くなっている。
そういえば、この世界に来てから相当キザなセリフを吐いている気がしてならない。
色々と記憶を掘り返している頭を振って、自分のした事を再確認する。
「それでも、すげぇ……! 俺も使えたんだ、魔法を……」
思い切り地面を蹴ってみれば、マンションの十階ぐらいまで余裕で跳べる。筋力も自動車ぐらい軽々と持ち上げられるまでになっていた。
羞恥心なんてものはとっくに吹っ切れている。
今はこの身を任せて無人の都市を駆け巡っていたい。
マンションのベランダを飛び続け屋上まで一瞬でたどり着いた。そこから見た都市の夜景は無人で寂しさはあるが、とても煌めいていた。
景色に見惚れていると、灯火が大声を出して自分を呼んでいる声が聞こえた。急いで飛び降りる。
「あーおーとさ……」
「ごめん、ごめん。つい夢中になってたわ」
勿論、一瞬で彼女の下へ着いた。それを見た灯火は藍徒より目を輝かせていた。
「凄いよ! 藍徒さん! こんなの全然中二病なんかじゃないよ!」
「俺もびっくりしたよ。これが『暴動』……これならレミルさんの言ってた通り、他の奴らにも対抗できそうだな。ほい、次灯火の番」
「うん……これ言わなきゃダメ?」
「お前散々人のこと笑ってたんだからやれよ。大丈夫。俺しか見てないから」
「なんで顔がにやけてんの?」
「お返しだよ」
灯火も少なからず恥ずかしいと思っている。黒いページに書かれている呪文は藍徒と負けず劣らずの内容。
藍徒はお返しと言って、満面の笑みで灯火を見ていた。
「藍徒さん……私がいるからもう無理だけど、絶対モテないよ」
「顔面偏差値的に無理って知ってるから、どちらにしろモテねぇよ。いいんだよ俺は。お前がいるんだから」
「……たまに恥ずかしいこと言うよね。藍徒さんって」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないよ。じゃあ、いくよ」
彼女の顔が赤くなっているのを見て、「やっぱり呪文を唱えるのが恥ずかしいんだな」と勘違いしている藍徒をよそに、呪文は唱えられた。
『哀れみの結晶【ドロップ・クリスタル】』
灯火の目の前に、半透明色の球体が浮かんでいる。 それを手にとってみる。灯火の小さな手の平の上で転がせるぐらいの大きさ。
それを、少し遠くの信号に投げてみた。
すると何かがひび割れたような音を立てて、信号は結晶に包まれた。
「え……?」
「すげぇ綺麗だ……でも触れたら軽く肉が裂けそうだな……」
信号を包み込んだ結晶はとても美しく思わず触れたくなるのだが、結晶の表面の細部は鋭い刃物のように尖っていて、体のどこを掠めても無事では済まない傷がつきそうだ。
「なんか灯火の方が攻撃力強そうじゃない? 『涙淵』ってそんな危ない魔法なの?」
「私もよく分かんないよ。まぁ、藍徒さんがなんかやらかしたら、これで懲らしめるか」
「えっ? それ冗談抜きで思いっきり刺さったら死ぬと思うよ?」
「ふふふ……」
「怖いからやめてくれよな……そうだ、この都市を上から見渡そうぜ。俺が連れてってやるから」
「おんぶ?」
「お姫様抱っこの方がいい?」
「…………うん」
「どうした? クソ可愛いよ?」
「……哀れみの結晶【ドロップ・クリスタル】」
「だぁぁ!! 分かった、分かったから!」
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「凄い……」
「だろ?」
ご要望通り灯火をお姫様抱っこしながら、光り輝く都市を建物から建物へと乗り移り眺めている。映画みたく無人の都市を駆け回り、都市を一望出来るビルの屋上に落ち着いた。
並んで腰を下ろして、誰もいない都市を見下ろす。
「やっぱり、人がいないと寂しいな」
「でもいいんじゃない? うるさくないし」
「まぁな。居心地は悪くないよ」
ビルの屋上から足を投げ出しながら、夜景を眺める。たとえ、そこにいる人間が二人しかいなかったとしても、都市は光を振り撒く。
「あ、住居探し忘れてた」
「魔法に夢中だったからね」
「魔力切れで降りれないとか詰むから、そろそろ降りるか」
「そこらへんのことも、ヴァイオレットさんに聞かなきゃね」
降りようとして立ち上がったところで、藍徒は少し悲しそうな声で灯火の名前を呼んだ。
「……なぁ、灯火」
「何?」
「俺で、良かったか?」
『どうして?どうして私はーー』
声が、聞こえた。忘れてしまいたいけど、忘れることが出来ないように心に居座り続ける声が。
痛みが、苦しみが、その声にはあった。けれどそのも今はもう感じられない。
胸に穴が空いて、全て零れ落ちてしまったから。
ーー良くなかった訳がない。あなたは私に暖かな光を、色彩をくれたのだから。
「……何、言ってるの。前から言ってるでしょ。私は、あなたと一緒にいなかったら今よりずっとずっと『空っぽ』だって。
私はあなたがいなければ、生きている実感が無いって」
「それだったら、俺だって……」
「分かってる。藍徒さんも私と一緒にいなきゃダメなんだよね。お互いめんどくさいね」
藍徒の言葉を遮っていつも表情が薄い灯火は、はにかむように笑った。
それを見て、藍徒は決心をより一層固めた。
絶対守らなければいけない、かけがえのない少女のために。
「絶対、道化師になって自分の生きている意味を見つけて、お前を幸せにしてやる」
「私だって、あなたを幸せにしてやる」
「いや、それだけは譲れん。男として」
腕を組んで断固とした態度の藍徒を見て、灯火はキョトンとしたあと声を上げて笑い、藍徒も情けない表情で笑った。灯火の目には幾らかの涙の雫が浮かんでいた。
無人の都市に、「空っぽ」な二人の空元気な笑い声が響く。魔力の心配などとうに忘れて、また彼女を抱き抱えて都市を駆け巡る。
「いやだねぇ。自分たちだっておんなじように欠陥人間のクセに。虫酸が走るよ」
短編小説も投稿したので、よければ見てください。