第5話「選定の幕開け」
自分たちの「空っぽ」な心を埋めるために、藍徒と灯火は「道化師」の選定に参加することになった。
これから、見知らぬ世界で生き抜いていくと決めた。そして、道化師になると決めた。
しかし。
「これはねぇよ……レミルさん……」
彼らは、無人の都市に立っていた。
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話は遡る。
『空洞』として「道化師」の選定に選ばれたのち、藍徒と灯火はレミルにこう告げられた。
「とりあえず、もうすぐ選定の開会式を行うから君たちにも出てもらうよ。『空洞』としてね」
「 分かった。開会式なんだから、もちろん他のチームの奴らも出るんだよな?」
至極当たり前の質問をした藍徒に、レミルは笑顔を消して、低い声で忠告した。
「出るよ。でも他のチームには極力関わらない方がいい」
そう言い放った彼の感情は単純明快な怒りなどではなくて、もっと難解な色に染まっていた。空気が少し張り詰めるているのを感じた。
「え? そりゃ殺し合いを仕掛けてくるような奴らにわざわざ絡みに行こうとは思わないけど……そんなヤバイの?」
「今回の選定は、君たちほどまともな人格を持っている人間は少ない。だからこそ、この選定の資格があるんだけどね」
チームの名前からして物騒な人物が多いことは想像出来るが、やはり恐怖心は消えない。
もっとも、殺されるかもしれないという恐怖は、消えてはならないものだと思うが。
「やっぱり、俺たちみたいに自分の欠けた心を満たしたくてこの選定に参加するのかな?」
「大方そうだろうね。中には、『道化師』を得て世界征服でもしようってつまんないこと考えている輩もいるみたいだけど」
「世界征服がつまんないことか……まぁ、俺たちは特にそんな野望ないわ。欲しいのは、ただ一つだけ」
生きている意味を見つける。
ただそれだけを、自分たちは強く望んでいる。
彼らの目は既に光を灯していた。
「……いい目をするようになったね」
「ん?なんか言った?レミルさん」
レミルは「なんでもないよ」と笑う。
その後、思い出したかのように、二人に疑問を向けてきた。
「僕からも一つ聞いてもいいかな?」
「何?」
「君たちは、他の参加者を殺すつもりかい?」
自分たちは自分たちの願いを譲る訳にはいかない。
だが、その願いのために人を殺すという手段を、自分たちは取れるのだろうか。
藍徒はその質問に、苦笑しながら答えた。
「まさか。自分から殺しに行くなんてことしないよ。そんな度胸もないし、そもそも殺したくなんてないよ」
「じゃあ、彼らが仕掛けて来たら?」
そう問われた途端、藍徒から苦笑いが消えた。横に並んで立っている灯火の表情も、人形のように感情を消し去っていた。
そして、一片の迷いもなくこう答えた。
「灯火を傷付ける奴がいたら、殺すよ」
「私も藍徒さんを殺しにきたら、殺すよ」
それだけは譲れないとばかりに、誰に向けるわけでもなくただ虚空を睨み付ける彼らの目は、真っ直ぐだった。
「仲が良いね」
「俺にはもう灯火しかいないんだ」
「もう藍徒さんしかいないの」
「そっか」
依然としてレミルは、満足そうに笑っていた。
すると、向こうの方から見知らぬ声が聞こえて来た。
「レミル様。準備整いました。他の参加者の方々ももうお見えです」
「ありがとう。紹介するよ。彼女はヴァイオレット。僕の従者ってところかな」
ヴァイオレットと呼ばれた彼女は、こちらに丁寧にお辞儀をしてきた。
「初めまして。『空洞』の雨沢 藍徒様と雨沢 灯火様。私、レミル・ネイバー様にお仕えしております、ヴァイオレットと申します」
名前のイメージとは裏腹に、髪色は雪のように真っ白だが、その瞳はまさにアメジストのようだった。背も高く顔も美しいものだから、スーパーモデルのような印象を受けられる。
服装は清潔感が溢れる白だが、その胸にはレミルの格好と同じような模様のリボンが付いていた。
ヴァイオレットは穏やかな微笑みを向けて、礼儀正しく自己紹介をしてきた。
「僕は色々と準備があるから、もう行くよ。何か困ったことがあったら彼女を頼るといい。開会式が終わったら、しばらくお別れだ」
「……レミルさん」
「ん?」
藍徒と灯火はレミルに向かって深々と頭を下げ、感謝を伝えた。
「ーー本当に色々とありがとう。アンタのおかげで俺たちは希望が少し見えた気がしたよ」
「私たちきっと道化師になってみせるから、見ててね。レミルさん」
少し驚いたあと、レミルは目を細めながら笑顔で返してくれた。
「……あぁ。君たちならなれると信じているよ。
あ、世界を救うっていうのも出来れば忘れないで欲しいな」
「大丈夫だよ。忘れてないから」
「そうか。それなら心配は無いかな。じゃあ行くね。ヴァイオレット。後のことは任せるよ」
「仰せのままに」
指を鳴らすとレミルの姿は突如として消えた。
彼が期待してくれているなら、自分たちも希望へ進むことが出来そうだ。別れを少し惜しんでいるとヴァイオレットが口を開いた。
「それでは藍徒様、灯火様。他の参加者の方々もいらっしゃる大広間へご案内しますので、私について来てください」
「分かりました」
ヴァイオレットが藍徒達を先導して城の中を移動する。内装はおとぎ話のように煌びやかで、廊下の長さや部屋数の多さも相当なものだ。
しばらく城の中を歩いて行くと、藍徒の身長よりも高い大扉があるところに着いた。
鈍く重い音を響かせながら、その大扉はひとりでに開かれた。
露わになった部屋の中は、さっきまで自分たちがいた部屋よりも遥かに広い。部屋の中心には大きな円卓と、その周りに並べられた数席の椅子があった。
「こちらです。お二人は真ん中の席へお座りください。尚、開会式中は如何なる魔法や物理的攻撃も干渉しない結界を張っておりますのでご心配なく」
「ありがとうございます……あれ? なんで誰も座っていないんだ?」
他の参加者ももういるとヴァイオレットは言っていたが、円卓を囲んでいる席には誰一人として座っていなかった。無意識の内に零した疑問に、ヴァイオレットが口を開く。
「これも結界の特徴でございます。不可視の魔術を織り込ませておりますので、皆様のお姿はお互いに見えない状態となっております」
「これは、ヴァイオレットさんが張ったんですか?」
「僭越ながら」
「なんで、見えないようにしたんですか?」
「他の参加者の方からのご要望をいただきましたのでそのように。『お互いに手の内を見せ合うのではつまらない』とのことでしたので」
他の参加者が何を考えているのかは知ったことではないのだが、何か意図があるのは確かなようだ。
何にせよ、警戒を怠るつもりは毛頭ない。
「そうなんですか……分かりました」
頷きながら、二人とも指定された席へ腰掛ける。大きな円卓の周りに誰もいない状況を見て、些か不思議な気持ちになった。
「それでは私はここで失礼致します。開会式が始まるまで今しばらくお待ちください」
丁寧な立ち振る舞いでヴァイオレットは大広間を後にした。
また大扉が軋みを上げながら閉ざされる。
閉ざされた途端、
「へぇ~。キミたちが今回の『空洞』か。あんまり潰し甲斐が無さそうだ」
「……!」
軽い口調の話声が聞こえて来た。もちろん自分たちの声ではない。何処からともなく、姿も見えないが続けて聞こえてくる。
「あぁ。心配しないで。ここじゃ、あの白い髪の女の子の結界があるからボクらは何も出来ないから」
「……何のつもりだ」
警戒心を剥き出しにしたまま、低い声で藍徒は応答した。
「何って、挨拶に決まっているじゃないか。これから仲良く殺し合ってく仲なんだしさ。言葉ぐらい交そうと……」
「主人。お戯れは其処までにしておいてください。そろそろ、始まるようですし」
弾んだ声でこちらに話しかけてくる声を制するように、低く冷たい声が聞こえて来た。
「厳しいな、キミは。まぁ、いいや。とにかくよろしくね『空洞』。楽しい殺し合いをしようじゃないか」
すっと、声は消えた。早まっていた心拍数を落ち着かせる。灯火が心配そうな表情で藍徒を案じた。
「大丈夫?藍徒さん……」
「あぁ、大丈夫……それにしてもアイツ一体なんだ?開幕前からあんなの絡まれちまった……灯火も気をつけろよ。今は大丈夫でも、今後いつ襲って来るか分からねぇ」
「うん……分かった」
あの声の主は今のところ一番警戒すべき人物なのは確かだ。
心拍数がだいぶ落ち着いたところで、円卓の中心に映像がが映し出された。
「ご機嫌よう、参加者の諸君。ただ今から「道化師」選定の開会式を行う。僕は先代『道化師』、レミル・ネイバーだ」
そこには、ドリッピング模様のスーツを丁寧に着込んだレミルが、地味な色合いの椅子に座って微笑みかけていた。
「ご存知の通り、今この世界は危機が訪れている。『彼女』によって。それを阻止するため、『空洞』『偽造』『背徳』『狂乱』『憂鬱』の中から相応しい者を見極め、『道化師』の称号を贈ろう。『道化師』の称号を得られたあかつきには、その手にしたチームに強大な力と、欠けた『心』を埋める願いを叶えよう。そして、『道化師』となって『彼女』の世界崩壊を阻止し、世界を救うヒーローとなって欲しい」
そう言い終わるとレミルは右の手の平を前に出した。その上には、小さな王冠が欠陥人間には眩し過ぎるほどの光を放っていた。
「『道化師』の選定は、五つのチームが一つになるまで行われる。勝ち上がる為に他チーム脱落させる方法は自由だ。例え、殺害でも。
チーム脱落は、チームの人間が全滅した場合、または降伏したものとする。
次に、チームごとに『居場所』を用意した。自分たちの心残りがある場所が選択されている。それと同時に君たちが一番存在しやすい場所でもある。この選定は『魔法』だけが全てでは無い。『居場所』も武器となる。
最後に。
『道化師は人を笑わせるもの』
『道化師』を手に入れたチームはそれを忘れないようにして欲しい。そして、僕は君たちがその『名前』を捨てられることを祈っているよ」
レミルはいつもの笑顔のままだった。
そして、彼の笑顔が映っている姿が円卓から消えたと同時に、部屋は眩い光に包まれた。
その光は『道化師』によく似ていた。
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「君たちが存在しやすい場所とは言ってたけどさ……これは、あまりにも似過ぎてない?」
「なんでそんな不服なの? 藍徒さんは」
「もうちょいファンタジー感があっても良くない? って思っただけだよ」
「……それは、私も少し思った」
嘆息を吐いて、二人は上を見上げた。
すると高くそびえ立つビル群が、視界を埋めた。そのまま視線をなだらかに落としながら辺りを見渡すと、見覚えのある景色が広がっていく。連日行列が絶えないような有名店やその商品も、忙しく走る自動車や電車もそこにはある。
それは現実味のある景色とも言えたかもしれない。
しかし、その都市には彼ら以外誰も人間がいなかった。
自分たちがいた世界の都市にそっくりだが、特徴とも言える喧騒は全く無い。時間は夜らしく、建物の照明が煌々と光を放っているだけだ。
「ーー都会って人がいないとこんなに味気無いんだ」
冷たいアスファルトで出来たスクランブル交差点の真ん中で、藍徒と灯火は「期待外れ」という言葉を飲み下して、代わりにそう呟いた。