第3話「道化師のお誘い」
道化師の風貌はピエロのソレではなく、スーツを着込んでいたが、シャツもジャケットもあとからドリッピングをかけられたかの様なカラフルな色合いで、奇抜さだけで言えば確かにピエロそのものだった。
道化師自体は、長身の黒髪で顔は男らしい凛々しい顔立ちの美形だが、物腰の柔らかい表情がよく似合う。
今更のように辺りを見渡すと、城の中の様な内装になっていて藍徒たちがいる空間はさしずめ来客用の大広間そのものだ。
煌びやかな装飾の光が、目に眩しい。
「とうとう、頭がおかしくなったのかな……」
疑問符が頭に飛び交う。人生の中でこんなにも、鮮烈に記憶に残る様な出来事はあるわけもなく、パニックにはならずとも、混乱はしていた。
「…………ん」
「灯火!」
「……藍徒さん?」
「良かった……無事で」
その混乱も、灯火が目覚めたことで途絶えた。彼女の少し細めている黒い瞳を見て、再び安堵に包まれる。
「私達死ななかったけ?」
「俺もなんで生きてるのか分からねぇよ……」
「ここどこ……?」
「ここはね、僕の家なんだ」
灯火も同じように辺りを見回していたら、道化師が笑顔で藍徒たちに答えた。
「良かったね、お嬢さん。目が覚めて」
整った顔立ちでそう笑いかける。
『誰?』
藍徒はさっき視界には入って来たのだがあまりに唐突だったゆえ意識から消えていた。今更ながら、二人同時にハテナをぶつける。
「あぁ、ごめんごめん! 自己紹介が遅れたね」
そう言うと道化師は、自分の佇まいを正してこちらにお辞儀をしてきて、
「僕は、レミル。レミル・ネイバーだよ」
ピエロ顔負けの笑顔で言ってきた。
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「……藍徒さん、友達?」
「……こんな変な格好のイケメン知らないよ。え?
仮装パーティー?」
とりあえず、訳が分からない。次々に変わっていく状況に思考が置いてきぼりにされる。
しかし向けられてくる笑顔のせいか、何故か警戒心はそこまで高まっていない。
自分でも不自然だと感じながらも、目の前の道化師に口を開く。
「アンタが俺たちをあの火事から助けてくれたのか……?」
「そうだよ。いや~それにしてもよく燃えてたね~。僕も思わず汗をかきそうになったよ」
「俺の頭がまだイカれてなければ、俺たちはあのとき確かに死んだはずだと思うが……俺たちは今生きているのか?」
自分たちが燃えた記憶がある。灰も残るかどうか分からないぐらいに命を燃やされたはずだ。しかし、燃やされたはずの体は、何事もなかったかのように動く。
「うーん、少し違う」
道化師。もといレミルは人差し指を突き出して横に振る。
「確かに、君たちはこうして今生きている。心臓は鼓動して、手足も動く。死んでいないことは確かだ。
しかし、君たちが居た世界に、君たちはもう居ない。存在すら消えている」
「へ?」
「君たちは今、もともと存在していた世界とは別の世界にいるということ」
「それって……」
「そう。君たちが読んでいる本で言う所の、異世界召喚ってとこかな」
楽しそうな顔で、レミルは言う。
そんな事は有り得ない。意味が分からない。あそこであの火事が起きたこと自体有り得ないのだが、これではまるで漫画やアニメの世界だ。
ラノベで何度も読んだ空想の世界。
その世界に自分たちが招かれたことになる。
「悪い冗談?」
思わず、そう尋ねる。冗談に決まっている。
冗談でなくては困る。
「まぁ、僕もこれでは信じてもらえないと思ってるから、証拠として少し君たちに見て欲しいものがある」
そういうとレミルは指を鳴らした。
すると、何もないはずの空中に突如スクリーンで映したかのような光景が広がる。それに対しても二人とも驚愕していたが、それを凌駕する内容が目に飛び込む。スクリーンの様なものから、自分たちも見ていたニュースが空中でこう報道していた。
「速報です。昨夜未明に全国各地の書店、図書館から同時刻に謎の出火が報告されました。現場の出火の原因は、いずれとも不明です。警察はこの件に関して、『複数犯による放火』として調査を進めており……」
記憶が蘇る。全て灰と化す炎。自分たちを全て呑み込んだはずの炎。
それが、スクリーンの中では無数に広がっていた。地獄のような光景。その地獄の中には、自分たちがいた書店も入っていた。
「なんだよ、これ……」
驚愕の表情で固まっている二人にレミルは無垢な笑顔のまま言った。
「この事件こそ、君たちがこの世界に呼ばれた原因となったことかな」
「え……?」
「あの時、君たちは死ぬはずだった。それは、君たち自身が一番よく分かっていたことだ。だけど、僕はあんな所で君たちを終わらせたくなかった。だからあの世界から存在が消えて無くなった君たちを、この世界へ呼んだ。ここまでで、なんか質問ある?」
楽しそうに目を細めて、レミルは二人にそう訊いた。
そんな問いかけに応える訳でもなく、藍徒と灯火は互いに顔を見合わせた。
レミルに背を向けた状態で、今の状況を理解しようとしてみる。
「理解できた?」
「ううん、藍徒さんは?」
「出来ないっていうか、したくない」
「でも、私はあの火事が夢だとは到底思えないんだよね」
「それは俺もそうだよ。こんな鮮烈で精密な夢が見れる程の想像力持ってるなら、俺はとっくにラノベ作家になってるわ」
「とにかく、ちゃんと話を聞いてみようよ。格好はおかしいけど、私たちに好意的に接してるみたいだし」
「そうだな……よし」
レミルに向き直って、今自分たちが置かれている状況を確認する。
「聞きたいことは山ほどあるし、これが夢であって欲しいというのが現状の感想だけど、まず最初に。本当にここはアンタの言う『異世界』なのか? そこがハッキリしないと、アンタはただの頭のおかしい人だよ?」
「やっぱアレじゃインパクト薄かったか……分かった。証明しよう。まず、あそこのシャンデリアを見てくれるかい?」
そう言うとレミルは、自分達から少し離れたところにある大きなシャンデリアを指差した。
二人はそのシャンデリアに視線を移す。
『失くした自我【ロスト・エゴ】』
聞き慣れない単語を言いながらレミルは指を鳴らす。
「は……?」
一瞬だった。本当に、一瞬だった。
確かに二人はシャンデリアをじっと見つめていた。
しかし、突如としてシャンデリアは視界から姿を消した。跡形も無く、まるで最初から存在していなかったかの様に。
「この世界では、魔法が存在する。別におとぎ話の中だけにある訳じゃないんだよ」
『再誕【リボーン】』
またよく分からない単語を言いながら、指を鳴らす。
するとどこからともなく、ガシャンという大きな音がした。音の方向へ目を向けると、消えたシャンデリアが同じ方向にある食台の上に落ちてひしゃげていた。
「魔法には様々な種類がある。僕はこんななりをしているけど、一応名のある魔法使いなんだ。だから、これぐらいは容易なことさ。どう? これで信じてもらえた?」
したり顔で聞いてくる道化師。
自分たちの認識が追いつかない。
これを、トリックといって解決出来るとは思えない。確かに、自分たちがいた世界でどうこう出来るものでは無い。「魔法」なんてものがあったらなんて考えたこともあったが、想像の中だけのものだと思っていた。
「ここまでくると信じる他無いだろ……俺たちの世界の芸当じゃ無いよあんなの……」
「私たち、本当に異世界に来たんだ……」
「案外、実感ないな……」
「異世界召喚に、実感ってあるの?」
ラノベを読み耽っていた自分たちだからこそだろうか。まるで、他人事のように感じている。
しかし、確かに見た。自分たちの認識より遥かに上の現象を。ここまできて、「トリックだろ」なんて言える気も言う気もしない。
「信じるよ。アンタが頭おかしいわけじゃないってことも分かった」
「なんか釈然としないけど、信じてもらえてありがたいよ」
「つかぬ事訊くんだが、俺たちもアンタみたいとまではいかないにしても、『魔法』使えちゃったりするの?」
ちょっとした疑問だった。あんなことができるのならば単純に凄いことだと思った。すると、少し困った表情でレミルは疑問に答える。
「うーん……どうだろう。魔法はこれといって定まったものは無いんだ。伝承は本当に卓越した魔法以外はされない。人の容姿や性格、考え方が異なる様に魔法もまさに十人十色なんだ。でも、使えない人間はこの世界にはいない。君たちもこの世界に籍を置いたことになるから使えるよ」
「マジか……でも、魔法ってどうやって使うの?」
「魔法は基本呪文を唱えながら発動する。自分の中でどの魔法を意識に置いているかが重要だから、口に出さなくても強く意識していれば使えるよ。しかし、君たちはどのような魔法が使えるのが分からないだろう? 知るためにはこれを使う」
また、レミルが指を鳴らすと何も無いところから二冊の本が現れた。シャンデリアほどの驚きは無いが、やはり不思議で仕方がない。
その二冊の本は、随分年季が入った様な見た目で、表紙の所々に小さな傷が付いている。
レミルからその本を手渡され、少しめくるとそこには何も書かれていない真っ白なページだけがあった。
「これは?」
「これは、自分がどの様な種類の魔法を唱えることが出来るか知るための道具だよ。表紙の紋章に手を置いてみて」
青漆色の表紙に浮き出ている紋章は、光り輝いている王冠に剣が交差しているというものだった。言われた通り手を置くと、真っ白なページの一つが黒く染まった。
「その、黒いページをめくってごらん。そこに君たちが使える魔法が載っている」
思わず固唾を呑む。二人はその黒いページをおそるおそるめくった。そこには、
【雨沢藍徒『暴動』】
【雨沢灯火『涙淵』】
と、白くて歪な文字でそう刻まれていた。
「これまた、中二な魔法だな……」
「藍徒さん暴動するほどの度胸ないでしょ?」
「ねぇよな。灯火に関してはどういう奴なのこれ?なに、『涙淵』って。嫌いじゃないけど」
「うん。嫌いじゃないけど」
「なぁ、レミルさんよ。これ本当にあってる? なんか、カッコ良すぎてない? 大丈夫?」
自分たちの魔法が不服だった訳では無い。
無いのだが、自分たちに似合うものなのかが心配で疑問を投げかける。
「クッ……アハハハ……! いや~まさか、自分たちの魔法にいちゃもんをつけるなんて! しかも、自分たちを卑下する方なのは初めてだよ! 」
二人の返答に耐え切れなくなったのか。レミルは腹を抱えて笑った。笑わせる方である道化師が逆に笑っているのを見て、藍徒と灯火は首を傾げた。
「そんなに面白いこと言ったか?」
「ごめん、気を悪くしないで。ハハハ……ふう。……やはり、僕は見誤っていなかった」
ひとしきり笑ったと思えば、レミルはドリッピング模様のスーツを正して真剣な眼差しでこう提案した。
「君たち、僕と同じように道化師になってくれないかい?」