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空洞と魔法と雨  作者: 気怠げなシュレディンガー
第1章 道化師の選定
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第14話「暗い影からの声」

 鋭く睨み付けるのも、もう何度目だろうか。

 そんなことが頭に浮かぶぐらい、心はさっきと比べ物にならないほど落ち着いている。

 隣に彼女がいるからだ。


 卑しい笑顔を見せる凛花たちを見て、藍徒は何か違和感を感じて、対峙している凛花たちの人数を数えた。

 そして数え終わると、藍徒は勝ち気な笑顔を浮かべた。


「灯火、アイツらの人数数えてみ」


「え? えっと……八人だけど、それがどうしたの?」


「俺がアイツらを初めて見た時、人数は十人ぐらいだったんだ。そんで、俺が殺した人数は三人」


「それって……」


「そう。もともと十一人だったアイツらは、殺しても復活はしない……不死身なんかじゃないんだ」


 彼女らを殺す方法は、そう簡単なものではない。

 だが、殺すことは出来る。その事実だけで充分だった。もう退く理由は無いのだから。


「行くぞ! 灯火!」


「うん! 藍徒さん!」


 二人は互いの名前を呼び、凛花たちへ向かって駆ける。もう、足の震えは無くなっていた。


『哀れみの結晶【ドロップ・クリスタル】』


 灯火が凛花たちの足下へ結晶を投げ込む。見惚れてしまいそうな美しさを放つ結晶に、彼女らの足は捕らえられた。


 地下鉄のレールが一面結晶に包まれる前に、藍徒は大きく飛び上がり、ナイフを彼女らの両肩に深く突き刺した。断裂した音が聞こえたら引き抜き、別の凛花に同じように突き刺す。

 それの繰り返しで、彼女らの腕は力無いように垂れている肉となった。


「まずは、腕を使えなくしてやった。テメェらは、殺せないなんてこと無いんだ。灯火を傷つけたこと、後悔しても遅いぞ」


 彼女らの死んだ目を見据え、低い声で言い放つ。そのまま、結晶に包まれたままの足をナイフで切りつけようとした。


「ーーッッ!」


 その瞬間、何かが砕けた音がして、藍徒はホームに飛ばされていた。

 一人の凛花が結晶から無理矢理足を抜いて、藍徒に凄まじい速度で蹴りを入れたのだ。


「何してんの?」


 だがその足は、一瞬の内に怒りの篭った声と共に串刺しにされていた。血に染まって穢れた槍のような結晶に両足を貫かれて、その場に膝を落とした。


「灯火!」


 ホームに飛ばされた藍徒は起き上がり、何故か嬉しそうな声色で彼女の名前を呼んだ。

 灯火は、それに応えるように笑った。


 結晶の砕ける音が複数聞こえて来た。抜け出したその足は美しくも凶器な結晶に肉を裂かれ、所々に血を滲ませていた。

 腕を下に垂らしたままで、今は笑いもしない凛花たちに、逆に笑ってやった。


「言ったろ? 後悔しても遅いって。暴動の初動【ライオット・ファースト】」


 全身に『暴動』が駆け巡る。


「はい、藍徒さん」


 灯火は一粒の『涙淵』の結晶を、藍徒が握りしめるナイフの刃に優しく触れさせた。

 すると、ナイフはみるみるうちに美しい結晶に包まれ、長い刀身の剣となった。


「ありがとう」


 少し重くなったナイフを、握りしめる。

 そのまま、勝ったと言わんばかりの表情を浮かべ、眼前に迫っていた「ニセモノ」の首を、美しくなぞるように横一閃に切りつけた。


『燦爛の一閃【グロリアス・パルチザン】』


 勝手に出てきたその呪文を唱え終わると、凛花たちの頭はすでにその場に切り落とされていた。頭があった場所からは血が吹き出して、崩れ落ちるように残された体は倒れた。

 止めどなく流れる血で、無人のホームを赤く染め上げていた。


 八人の死体を目の前に、藍徒は深く溜息をついて、感情のこもった声でこう言い放った。



「……何、今の呪文。カッコイイ」



 こんな場違いな台詞と共に、「ニセモノ」への反撃は幕を下ろした。

 身勝手な「死刑宣告」は免れた。




 と、思われていた。


「藍徒さん! 死体が!」


 灯火の声が強く鼓膜に響いて、慌てて下に転がっている残骸に目を向ける。

 すると、血塗れの死体たちが黒い影のようなものに姿を変えていた。

 咄嗟にその場から離れ、灯火のそばまで駆けよる。握られたナイフは、まだその黒い影に向けられたままだ。


 やがて影は影同士で溶け合わさっていき、一つの黒い塊ができた。そして、恐ろしさとおぞましさが感じられるその固まりから、人型のような何かが形成された。


「なんだ……アレ」


 声が震える。さっきの威勢は、目の前にある黒い人影を見た瞬間に消えていた。

 影が垂れていた頭を上げ、黒いのっぺらぼうの顔でこちらをじっと見つめてきた。


 藍徒は灯火の前に立ち、その人影と対峙する。

 その暗闇を前にすると、勝手に手も足も小刻みに震え出した。

 それを誤魔化すように必死に力を入れるが、目なんて見当たらないその影に見つめられると、今まで感じたことのないような恐怖が心を包み込んだ。


 マズイ。すぐにこの場を離れなくては。


 頭の中で、アラートが鳴る。すぐさま『暴動』で灯火を連れてここから逃げようとする。


「逃げるぞ……!」


 灯火の手を掴もうとした時、足ががくんと沈み込んだような感覚になった。


 足下を見ると、自分の片足がおぞましい影に呑み込まれていた。その影は、黒い人影から広がっていたものだった。

 寒気が全身をなぞったあと、藍徒は意識をなくしてその場に倒れ込んだ。体全身が、影の中へ沈み込んでいく。


 最後に残っている記憶は、後ろで灯火が自分と同じように倒れた音と、深い闇の底から聞こえてくるような悲痛な声だけだった。



「私は、一体誰なの?」



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