第14話「暗い影からの声」
鋭く睨み付けるのも、もう何度目だろうか。
そんなことが頭に浮かぶぐらい、心はさっきと比べ物にならないほど落ち着いている。
隣に彼女がいるからだ。
卑しい笑顔を見せる凛花たちを見て、藍徒は何か違和感を感じて、対峙している凛花たちの人数を数えた。
そして数え終わると、藍徒は勝ち気な笑顔を浮かべた。
「灯火、アイツらの人数数えてみ」
「え? えっと……八人だけど、それがどうしたの?」
「俺がアイツらを初めて見た時、人数は十人ぐらいだったんだ。そんで、俺が殺した人数は三人」
「それって……」
「そう。もともと十一人だったアイツらは、殺しても復活はしない……不死身なんかじゃないんだ」
彼女らを殺す方法は、そう簡単なものではない。
だが、殺すことは出来る。その事実だけで充分だった。もう退く理由は無いのだから。
「行くぞ! 灯火!」
「うん! 藍徒さん!」
二人は互いの名前を呼び、凛花たちへ向かって駆ける。もう、足の震えは無くなっていた。
『哀れみの結晶【ドロップ・クリスタル】』
灯火が凛花たちの足下へ結晶を投げ込む。見惚れてしまいそうな美しさを放つ結晶に、彼女らの足は捕らえられた。
地下鉄のレールが一面結晶に包まれる前に、藍徒は大きく飛び上がり、ナイフを彼女らの両肩に深く突き刺した。断裂した音が聞こえたら引き抜き、別の凛花に同じように突き刺す。
それの繰り返しで、彼女らの腕は力無いように垂れている肉となった。
「まずは、腕を使えなくしてやった。テメェらは、殺せないなんてこと無いんだ。灯火を傷つけたこと、後悔しても遅いぞ」
彼女らの死んだ目を見据え、低い声で言い放つ。そのまま、結晶に包まれたままの足をナイフで切りつけようとした。
「ーーッッ!」
その瞬間、何かが砕けた音がして、藍徒はホームに飛ばされていた。
一人の凛花が結晶から無理矢理足を抜いて、藍徒に凄まじい速度で蹴りを入れたのだ。
「何してんの?」
だがその足は、一瞬の内に怒りの篭った声と共に串刺しにされていた。血に染まって穢れた槍のような結晶に両足を貫かれて、その場に膝を落とした。
「灯火!」
ホームに飛ばされた藍徒は起き上がり、何故か嬉しそうな声色で彼女の名前を呼んだ。
灯火は、それに応えるように笑った。
結晶の砕ける音が複数聞こえて来た。抜け出したその足は美しくも凶器な結晶に肉を裂かれ、所々に血を滲ませていた。
腕を下に垂らしたままで、今は笑いもしない凛花たちに、逆に笑ってやった。
「言ったろ? 後悔しても遅いって。暴動の初動【ライオット・ファースト】」
全身に『暴動』が駆け巡る。
「はい、藍徒さん」
灯火は一粒の『涙淵』の結晶を、藍徒が握りしめるナイフの刃に優しく触れさせた。
すると、ナイフはみるみるうちに美しい結晶に包まれ、長い刀身の剣となった。
「ありがとう」
少し重くなったナイフを、握りしめる。
そのまま、勝ったと言わんばかりの表情を浮かべ、眼前に迫っていた「ニセモノ」の首を、美しくなぞるように横一閃に切りつけた。
『燦爛の一閃【グロリアス・パルチザン】』
勝手に出てきたその呪文を唱え終わると、凛花たちの頭はすでにその場に切り落とされていた。頭があった場所からは血が吹き出して、崩れ落ちるように残された体は倒れた。
止めどなく流れる血で、無人のホームを赤く染め上げていた。
八人の死体を目の前に、藍徒は深く溜息をついて、感情のこもった声でこう言い放った。
「……何、今の呪文。カッコイイ」
こんな場違いな台詞と共に、「ニセモノ」への反撃は幕を下ろした。
身勝手な「死刑宣告」は免れた。
と、思われていた。
「藍徒さん! 死体が!」
灯火の声が強く鼓膜に響いて、慌てて下に転がっている残骸に目を向ける。
すると、血塗れの死体たちが黒い影のようなものに姿を変えていた。
咄嗟にその場から離れ、灯火のそばまで駆けよる。握られたナイフは、まだその黒い影に向けられたままだ。
やがて影は影同士で溶け合わさっていき、一つの黒い塊ができた。そして、恐ろしさとおぞましさが感じられるその固まりから、人型のような何かが形成された。
「なんだ……アレ」
声が震える。さっきの威勢は、目の前にある黒い人影を見た瞬間に消えていた。
影が垂れていた頭を上げ、黒いのっぺらぼうの顔でこちらをじっと見つめてきた。
藍徒は灯火の前に立ち、その人影と対峙する。
その暗闇を前にすると、勝手に手も足も小刻みに震え出した。
それを誤魔化すように必死に力を入れるが、目なんて見当たらないその影に見つめられると、今まで感じたことのないような恐怖が心を包み込んだ。
マズイ。すぐにこの場を離れなくては。
頭の中で、アラートが鳴る。すぐさま『暴動』で灯火を連れてここから逃げようとする。
「逃げるぞ……!」
灯火の手を掴もうとした時、足ががくんと沈み込んだような感覚になった。
足下を見ると、自分の片足がおぞましい影に呑み込まれていた。その影は、黒い人影から広がっていたものだった。
寒気が全身をなぞったあと、藍徒は意識をなくしてその場に倒れ込んだ。体全身が、影の中へ沈み込んでいく。
最後に残っている記憶は、後ろで灯火が自分と同じように倒れた音と、深い闇の底から聞こえてくるような悲痛な声だけだった。
「私は、一体誰なの?」