第13話「ニセモノ」
「暴動の初動【ライオット・ファースト】」
「哀れみの結晶【ドロップ・クリスタル】」
藍徒は全身に「暴動」を駆け巡らせ、灯火は美しく光り輝く「涙淵」の結晶を生成する。
仮面の少女は、依然としてこちらを見ているだけだ。
「来ねぇなら、こっちから行くぞ!」
灯火から結晶を受け取り、腕に力を込める。
そして思いっきり腕を振り、結晶を凛花めがけて投げた。結晶は空中で氷柱のような形状に変化し、風を切る速度で凛花の胴体に打ち込まれた。
その瞬間、鼓膜を劈くほどの爆音がなった。
凛花がいたところは爆発によって勢いが死んで地に落ちた結晶と、抉れた地面だけだった。
「ーー!!どこへ消えた……!?」
慌てて周りを見渡す。すると、元いた場所とは反対方向に何もなかったかのように佇んでいた。
「じゃあ、次は私の番ね」
凛花の周りに強く光を撒き散らす球体が、複数浮遊している。
「烈火の焼却【ブレイズ・イレース】」
呪文が唱えられると、球体は凄まじい速度で藍徒たちに飛来して来る。
藍徒は球体よりも速いスピードで駆け抜け、灯火を抱えて、全て避けた。
辺りの爆発によって穿たれた地面がその威力を物語っていた。
「さぁ、どこまで避けられるかしら?」
次々と空中に装填される赤い熱を帯びた球体。
舌打ちをしながら、脚に「暴動」を込めて駆け抜ける。
爆音と爆風が鳴り止まないスクランブル交差点。爆ぜるアスファルト。
無人の都市にはこれまでに無い喧騒が、地響きのように轟いている。
「チッ……隙を突かない限り、遠距離からの攻撃は意味ねぇみたいだな……」
「どうする? 藍徒さん」
「近接攻撃なら、素早く動ける俺に軍配が上がるはずだ。……灯火、自己防衛出来るか?」
「ちょっと、待って。また、一人でやろうとしてる?」
抱き抱えられている彼女は、藍徒のこれからする事を咎めるように瞳を合わせてくる。
その凄みのある瞳を向けられ、それは違うと言わんばかりに首を横に振る。
「違う。確かに怪物の時は、自己犠牲だったけど……今回は俺単体の方が最善ってことなんだよ。ちゃんと、分かっているさ。この戦いは、二人の戦いだってことぐらい」
真面目な声色で、彼女に告げた。
名残惜しい表情を浮かべている灯火だが、渋々了解してくれた。
「分かった。その代わり、危なくなったら絶対逃げてね」
「あぁ、分かってる」
更に脚に力を入れて都市を飛び回る。
そして、地図に印をつけた地点の一つに灯火を連れて行き、待機をさせる。
「じゃあ、行ってくる」
灯火は「うん」と頷くだけだった。
見送られながら、自分たちを捜し回っている少女の所へ向かう。
爆音がする方向に進路を変え、突っ切る。
少し駆けると、仮面の少女はビルの屋上にいた。
ポケットのサバイバルナイフを取り出し、鞘から引き抜く。照明の光に照らされた刃が鋭く光る。右手に構えながら高く飛び上がり、建物と建物を次々と飛び乗ってビルの屋上まで辿り着いた。
そこに見下ろすように凛花は立っていた。
「あら? 貴方一人だけ?」
「あぁ。二人の方が良かったか?」
「いいえ。殺される順番が変わっただけのことよ」
凛花が腕を横に薙ぎ払うと、それに従うように球体は空中から放たれた。
それに臆せず、藍徒は仮面の少女めがけて駆ける。正面から迫り来る灼熱の球体を「暴動」で研ぎ澄まされた動体視力で、回避する。
全て切り抜け、右手に力を込める。
その手が震えていたのは、彼自身が一番分かっていた。
それを払拭するように、吠える。
「ーーッッ……いらねぇんだよ! こんな気持ちは!!」
歯を食いしばって、胸に凶器を突き刺した。
嫌な感触が刺した腕から全身に伝って、悪寒が走る。ずっぷりと刺した所から、温かい鮮血が噴き出す。血飛沫を被る。サバイバルナイフを慌てて抜く。
目を瞑りたい光景だ。
自分はたった今、人を殺した。
だが、これでもう「偽造」は。
「残念。『ハズレ』よ」
殺したはずの彼女から、卑しい笑い声が聞こえてくる。未だに血は流れているが、何でもないように、ただ笑っている。
「何で……」
全て言い終わる前に、凛花の拳が藍徒の顔に打ち込まれた。右ストレートをまともに喰らい、藍徒の体はあと寸前でビルから転落するぐらい、大きく飛ばされた。
殴られた右頰の鮮明な痛みだけでは終わらず、強く体を地面に打ち付けられ、全身に鈍い痛みが走る。
「ーーッッ!!くっ……何がどうなってんだ?」
目の前の事象に理解が及ばないが、再び立ち上がり、仮面の少女を睨み付ける。
血塗れのナイフを握って、またあの感触が蘇る。
確かに殺したはずだ。心臓を深く抉ったはずだ。
それなのに痛みに悶え苦しむ様子は無く、あまつさえ自分を大きく殴り飛ばして来た、仮面の少女。
その少女の背後に、人影が見えた。
段々と彼女へ近づいて来る。
「……? アイツ一人だけじゃないのか?」
灯火から聞いた話では、「偽造」は一人だけで「空洞」に襲撃するとのことだったが、やはり油断させる為のものだったのだろうか。
ナイフを強く握って、より一層眼光を鋭くする。
だが、その眼光も驚愕の光景に動揺して、力無いものになっていた。
「なんだよ……アレ」
凛花に近づいて来た人影が照明に照らされて、その姿が露わになった。
その人物は、凛花と全く同じ容姿をしていた。
黒い紳士服。黒くて長い髪。
そして、涙を流している嘆きの仮面。
何一つとして異なる場所が無く、鏡のようだ。
いや、一つだけ違うところがある。胸から血が流れている凛花と無傷な凛花がいるということだ。
「アレもアイツの魔法か? クソ……あっちの方を叩くしかねぇか……!」
左の無傷な方の凛花に狙いを定めて、再び駆ける。
凄まじい速度で斬りつけようと、ナイフを入れ持つ腕に力を入れて、大きく地面を蹴る。
体ごと突っ込むような態勢で、仮面の下は澄まし顔であろう少女にナイフで斬り払う。
その時横にいた血塗れの凛花が、斬りかかろうとした藍徒に回し蹴りを喰らわせようとした。
「チッ! 邪魔だ! どけ!」
藍徒から見て右斜めに抉り込むように打ち込まれた蹴りを、空いた左手にも「暴動」を込めて薙ぎ払った。血塗れの方がよろめいているのをよそに、横に切り払った。
綺麗に胸元の横一線に血飛沫が飛んで来た。それだけに留めず、首元を突き刺す。
喉仏の硬い感触に虫酸が走ったが、深く刺す。
首を貫通したあとに、抉るように抜き取る。
「ククククク……」
惨たらしく殺された死体のような見た目なのにも関わらず、仮面の少女は笑っていた。
首を抉った箇所からは真っ赤な水泡が溢れて体に滴り落ちていた。空気が漏れ出す音が喉から聞こえくる。それなのに、彼女は笑っていた。
「……何なんだよ、コイツら」
訳が分からなかった。自分はこんなにも殺した感触が鮮明なのに、何も起きていないようにそこで笑っている。
動揺をしていると、二人になった血塗れの凛花が拳を今度は腹に打ち込んで来た。
とっさに腕で防いだが、威力は単純計算で二倍ぐらいだ。足を踏ん張るが、ズルズルと後方に退いた。
動きが止まると同時に、二人の凛花を見やる。
無理解が頭を埋め尽くす。
「訳わかんねぇ……あそこまでやれば、ゾンビでも大人しく死んでくれるぞ……」
しぶといなんてものではない。アレではまるで、不死身ではないか。
それに彼女たちの拳や蹴りも、人間離れしている。
厄介だと頭を悩ませていると、複数の人物の視線を感じた。嫌な予感が首筋をなぞる。
周りを360度見回してみる。
藍徒の周りには、同じ人物が立ち並んでいたた。仮面を被った少女と全く同じ姿で。
「マジか……勘弁してくれよ」
本当に困ったような顔をして、溜息をつく。
そして、今一度「暴動」を体中に駆け巡らせる。
「偽物達【フェイカーズ】
さぁ、噛み付いてごらんなさい。『空洞』さん」
※※※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
一方、灯火は藍徒に言われた通りにチェックポイントで身を潜めていた。そこは、無人の駅のホームだった。勿論、電車は動いていない。
ただ、照明が光の明滅を繰り返しているだけだ。
ホームの椅子に腰掛けて、いつ襲われてもいいように「涙淵」の結晶を生成する。
その間も、藍徒の心配は頭から離れなかった。
「大丈夫かな……藍徒さん。また、一人で無茶してるのかな……」
だが、彼はちゃんと分かっている。
この戦いは彼だけのものではなく、二人の戦いだということを。自己犠牲ではなく、最善の策を取ったということを、自分は分かっている。
心の中で彼を疑ったことについて、首を横に振り、その考えを払拭した。
「あの人は、ちゃんと分かっている……」
そう信じてここで待つことを決めた。
今は彼を信じて待つしか、
「こんなところへ居たのね」
無表情な声色が駅のホームに反響する。
声の方向に目を向ける。
そこに、「偽造」の少女は立っていた。
敵意と警戒心を剥き出しにする。
しっかりと凛花を見据えて、「涙淵」の結晶の素を握りしめる。
しかし、その手は震えている。
気が付きたくない疑問に気づいてしまったからだ。
自分の意思に反して、聞きたくない答えを訊く。
「……藍徒さんは? ……どこ?」
声も同じように震えている。それを聞いて、凛花は冷たくて嘲笑うような声で告げた。
「貴女は、分かっているんじゃないかしら? 私が今、貴女と対峙していて、彼の姿が見えないという意味が」
「ーーッッ!! ふざけないで!!」
激情が走る。駄々をこねる子供のように灯火は首を振っている。怒りで肩が震える。
「いい加減認めなさい。貴女は、目を背けているだけよ」
「黙れっっ!!」
灯火は凛花の足元に、「涙淵」の結晶を投げ込んだ。そこから、美しく煌めきを放つ結晶が生成された。それは槍のように凛花の胸を貫いた。後方に赤黒い肉片と血飛沫が飛び散り、結晶は鮮血で赤に染まる。
「あ……あ、あ……」
引きつったような声を出す。目の前で無惨な姿で人が死んだ。自分が殺した。
血が灯火の足元まで広がる。もう彼女は放心状態だ。自分よりも大事な存在の彼が、もういないと知ってしまったから。
「ふふふふふ。いいわね、その表情」
「え……?」
どこからか声がした。独り言ではない。
それは、心臓が貫かれた彼女の声だった。
灯火も藍徒と同じように、驚愕の表情で凛花を見ていた。
「どうして……」
「ふふふ。知らなくていい事よ。どうせ、彼と同じように死ぬんだから」
串刺しにされたままの凛花の後ろから、凛花たちがゆっくりと姿を現わす。
逃げなくては。頭では分かっているはずなのに、体が鉛のように重くて動かない。
体の傷や疲労からではない。心が折れてしまった。自分だけ生きてても意味がない。
どんどん近づいてくる。凛花たちは、殺意を宿した目だった。それさえ、灯火には見えていないが。
最期に、最愛の彼の名前を呼んだ。
「藍徒、さん……」
それは、涙声だった。
「クソが!何泣かしてんだよ、俺の嫁を!!」
そこに、血塗れの藍徒は現れた。
※※※※※※※ ※※※※※※※※※※※ ※※※※
文字通り、藍徒は血塗れだった。
自分から流れている血なのか、返り血を浴びたのかは分からない。だが、それは彼の必死の戦いを物語るにはちょうど良かった。
呼吸を荒くつきながら、眼光を自分たちを囲む「ニセモノ」たちに突き立てる。
「涙淵」の結晶に串刺しにされている方の凛花を見やる。その表情は嫌がらせのように口元を歪ませて、笑っている。
そして、彼女は虚ろな目でこう告げた。
「ごめんなさい、雨沢灯火。貴女の絶望に満ちた表情が見たくて、つい嘘をついてしまったわ」
それが愉快で仕方がないというようにクスクスと笑うと、他の凛花たちも感染するように笑い始める。嘲笑うような声色で、笑う。
「それ以上喋んな」
藍徒は度し難い怒りを瞳に宿しながら、串刺しの凛花の顔を殴り飛ばした。
結晶から胴体が引き離され、そのまま後方へと倒れた。風穴が開かれた腹からは肋骨やズタズタになった内臓が剥き出しになっている。
その光景に吐き気を催すが、なんとか持ち堪える。ホームはとっくに血塗れだ。
しかし、胴体に穴を開けられにも関わらず、凛花はむくりと起き上がり、藍徒と灯火に目を向ける。
「女の子の顔を殴り飛ばすなんて、とても紳士的だとは思えないわ」
「喋んなっていうの聞こえなかったか?今度は声が出ないように声帯を使えなくしてやるぞ」
同じく血塗れのナイフを彼女の首元に差し向け、人生でやる予定も無かった脅しをする。
どうってこともないように、血の滴り落ちる音がしたまま、凛花は依然として口を開く。
「大人しく殺されなさい。大丈夫。痛みもないように一瞬で殺してあげるから」
囲んでいた凛花たちが、一斉に襲ってきた。
呆気に取られていた灯火を連れて、電車のレールへ降りた。そしてそのまま、凛花たちから離れるようにレールの上を走った。
「よかった……藍徒さん」
自分の首筋に鼻をうずめる彼女から、安堵の声が聞こえてきたから、余計に凛花への怒りが強くなった。
後ろの方から、同じように足音が聞こえてきたので更に速度を上げて駆け抜ける。
突き放されたかのように足音が薄れていき、少しホッとすると、明かりが見えてきた。
一駅先のホームに着いた。灯火を降ろした後、藍徒は息が荒くなっているのも気づかずに、必死に模索していた。
あの不死身の彼女たちの殺し方を。
※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※
時は、灯火のところに駆けつける前まで遡る。
四方を囲まれていた藍徒は、どん詰まりな状況に苛立ちを覚えていた。
人数としては、十数人ぐらいだ。心臓を貫いても、首を裂いても殺せず、おまけに並外れた拳や蹴りを打ち込んでくる「偽造」の彼女ら。
そんな化け物じみた彼女らが、十数人いる。
「絶対絶命ってこういうことなのか……」
それでも、ナイフを片手に彼女らを睨み付ける。
白旗を上げてやるものか。
震える脚に「暴動」を込めて、一人の凛花に突っ込んで行った。首根っこを掴み、一緒にビルから飛び降りた。風を感じると共に地面が近づいてくる。
「どこが、お前らの死ぬラインなんだ?」
今度は腕に力を入れて、凛花を頭から地面に叩きつける。何かが潰れた音がしたあと、自分はギリギリで受け身を取り、絶命を免れる。
いくら「暴動」で強化した体とはいえ、流石にそれなりの痛みが全身に走る。
痛みに顔をしかめながら、叩きつけた凛花の方へ目を向ける。
頭は割れて、血と脳の中身がこぼれ出していた。四肢も全て地面に衝突した衝撃で骨が剥き出しになっている。
「……う、おええっ、うえ……」
自分がしたことにも関わらず、その凄惨な死体を見て、藍徒はその場に吐いてしまった。
胃の中の物を捻り出されているかのように、口から酸っぱい胃液と一緒に吐瀉物が出てくる。
「……はぁ、はぁ。うぶ……はぁ、マジで、勘弁してくれよ……」
一通り吐き終わったあと、凛花がもう起き上がってこないことを確認した。あの化け物じみた彼女も、ここまで全身を破壊されれば流石に命を落とすことが分かった。
殺し方は分かったのはいいが、ここで新たな問題が立ち塞がる。
「ここまでやらなきゃいけないのか……やっぱ、一人一人殺すしか……」
正直言って、今のは運が良かっただけだ。
隙をつけたから良かったものの、今後はそう易々とはいかないだろう。それに加えて、今のような全身を破壊するような攻撃は、自分には無理だ。
「……灯火と合流しよう。何でか知らねぇけど、初手の爆弾みたいな魔法は使ってこないようだし」
あの爆炎を爆風を轟かせた魔法は、凛花の心臓を刺した時から一回も見ていない。もしかしたら、灯火の魔法も有効になるかもしれない。
そう思い、灯火が待機しているチェックポイントに向かおうとした時、どこからともなく二人の凛花が自分の背後に回り込んでいた。
「ーーッッ! テメェらに構ってる暇は無いってのに!」
気配を感じて、後ろに振り返って一人の腹に蹴りを食らわす。そのあともう一人には拳を打ち込もうとした時、ビルの屋上を飛んだ凛花たちが目に入ってきた。
自分がここにいることは、この二人がいることで分かっているはずだ。
その不自然さに嫌な予感がした。
「アイツら、一体どこに……まさか」
急速に頭の中でチェックポイントの場所を確認する。
凛花たちが向かっている方向は、灯火が隠れている方角と同じだった。
抜かった。心の中で舌打ちをしていると、拳を打ち込もうとした凛花が、逆に藍徒の腹にその拳を打ち込んできた。
「ぐっ……!!」
鳩尾に入り、激痛が走る。よろめいていると続けて、蹴り倒した方が後ろから藍徒を押さえつけて、もう一人が蹴りを食らわしてきた。
痛みが無視できないほどになり、発狂しそうになる。しかし、歯を食いしばって再び飛んできた拳を掴み、手首ごと握り潰した。
自分の手の平は、鮮血でとても暖かった。
そのあと、押さえつけている方の足元を足で払い、倒れ込んだところを取り出したナイフで腹に突きさす。鮮血をまた被る。
もう、痛み以外何も感じなくなっていた。
ここまでやっても怯まない彼女たちを、殺意の入った表情で睨み付ける。ナイフを力強く握りしめる。
「テメェら、灯火に手を出してみろ。その体、原型も留めないぐらいに俺が引き裂いてやる……!」
もう何も厭わないように、刈り取るように目の前の敵を切りつける。
この時、彼はもう殺すことに抵抗がなくなっていた。
※※※※※ ※※※※ ※※※※※※※※
話は戻る。
依然として、藍徒は頭を悩ませていた。
「動かないようにするには、全身使いもんにならないくらいの衝撃じゃなきゃダメだ……だけど、そんな攻撃俺だけでできるのか?」
打開策を考えようにも、難題が多過ぎる。
だからといって、逃げることも出来ない。
考えろ。考えろ。考えろ。
脳が擦り切れるほどに思考は働いている。
それでもなお、自分の中にいる自分は考えろと急かす。それに勝手に舌打ちが出る。
もう少ししたら奴らが来る。マズイ。考えろ。
今、自分の心を席巻しているのは、焦燥感と恐怖だけだ。
「藍徒さん」
彼女に名前を呼ばれて、我に返る。
彼女の目は少しだけ赤くなっていたが、いつも通りの綺麗な黒い瞳だった。それに見入っていると、彼女は藍徒に向かってこう言った。
「また忘れてるよ。私がいること」
頭の中は真っ白になった。
そうだ。いつも自分は灯火を「守らなきゃいけない人」としか考えていなかった。
でも、違っていた。
「だから、一緒に戦えばいいよ」
そう言って、灯火は微笑んだ。
何回間違えるのだろうか。いい加減にしろと自分でも思う。
けど、いつも彼女は自分の間違いを気付かせてくれる。だから、今は。
「ありがとな」
「……うん」
凛花たちが這い出すように暗いトンネルから出てきた。
灯火は「涙淵」を生成し、藍徒はナイフを凛花たちに差し向ける。もう、心配するようなことは一つもない。
威勢良く不敵に笑って、二人は「ニセモノ」たちに反撃を開始した。
俺の嫁というのは、どういうことなのか。
話をある程度進めたら、お話します。