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空洞と魔法と雨  作者: 気怠げなシュレディンガー
第1章 道化師の選定
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第12話「空洞と偽造」

「とは言っても、どん詰まりなのは事実なんだよな……」


 啖呵を切ったのはいいが、依然として状況は厳しいものだ。

 対抗策を練るにも、こちらの動きが見られている以上意味が無いと言っても過言ではない。

 どうにかして、「偽造」の目を誤魔化さなければ。


「ていうか、本当にずっと見てんのかね。プライベートもあったもんじゃないわ」


「確かめる方法があればいいんだけどね」


「もう一回ヴァイオレットさんに訊いてみるか」


 再三の呼び出しに申し訳無さを感じつつも、

 もう一度ベルを鳴らそうとした時、何かが背中をなぞった。寒気がする。ベルは金属の重い音を立てて、その場に落とされた。

 背後にただならぬ気配を感じて、二人は後ろを振り返る。



「その必要は無いよ。ボクが彼女にやめてほしいってお願いしたから。それにしても久しぶりだね。といっても、まだ開会式からは数日しか経ってないけど」



 そこには、笑顔な「憂鬱」が立っていた。



「! ーーテメェ、いつから……!」


 二人は魔法を発動して、戦闘態勢に入る。

 鋭く目の前の男を睨み付ける。心臓の鼓動はいつもよりも速くなっていく。

 そして、藍徒は脳に遅れてやって来た男の軽い口調に聞き覚えがあることを思い出した。


「お前、まさか開会式の時の……」


「そうだよ。覚えていてくれてたんだね」


 嬉しそうに笑う。それを聞いて藍徒と灯火の警戒心はマックスだ。あの時、殺し合いをさも楽しそうなゲームのように話していた軽い口調。

 あの声の主を一番警戒していたけれど、こんなにも早く襲来して来るとは、思わなかった。


 長身の男。穢れを知らない白のスーツに身を包み、こちらに微笑みかけているリストカットの傷だらけの男。

 こちらが必死に眼光を突き立てているにも関わらず、余裕ある表情で男は口を開く。


「そんな怖い顔をしないでよ。ボクはキミたちのことを助けたいだけだよ」


「……信じられると思うか?」


 薄い刻印を削ってでも、「暴動」の力を発揮する。勿論、危険人物を相手にしているとはいえ、ここで黙って死体になるつもりなんて毛頭無い。


「思わないよ。信じてくれなくてもいい。ただ、ボクは事実を伝えに来たんだ」


 全く戦意の無い様子を見て、思考は恐怖と疑念が忙しく交差している。

 何を考えているのだろうか、この男は。


「キミたち、『偽造フェイク』の女の子に狙われているだろう?」


「……!なんで、お前が知っている?」


「少し前に『偽造フェイク』のリーダーに会ってね。

 その時聞いたんだ。魔獣によって被害が出ている『空洞ホロウを潰すってね」


 この男はどんなに物騒な事柄でもこんな風に何でもないことのように話すのだろうか。

 そんな余計なことが一瞬頭をよぎったが、すぐさま警戒の眼差しを向ける。


「そこで、ボクはお願いをしたんだ。『空洞ホロウを潰すのはもう少し後にしてくれないかなって」


 真実を話しているかなんて、自分たちが分かるわけも無いので考えることをやめた。

 しかし、もしもこの男が言っていることが本当だとしたら、自分たちは今頃殺されていたのかもしれない。そして、結果的にこの男に助けられたことになる。


「どうして、お前がそんなこと……?」


「どうしてって、ボクはキミたちにこんなつまらない結末を迎えて欲しくないだけだよ。抗うことも叶わず、無惨に殺される結末に。

 キミたちを殺すのは、ボクだけでいいんだよ」


 無垢に笑いながら、そんなことを口走る。

 この男の考えなんて、模索しようとしてもキリがない。考えるだけ無駄だ。

 ただ、分かることは自分たちは今この男に殺されるのではないことと、この男もまた、自分たちと同じようにどこかが欠落していることだ。


 思考を強引に整理して、藍徒と灯火は最初の疑問に立ち直る。


「お前がやめてほしいって頼んだ奴って誰だ?」


「『偽造フェイク』の須藤凛花だよ」


「何を頼んだんだ?」


「キミたちのことを監視するのを止めろって頼んだんだ。それじゃあ、つまらないからね」


「え……?」


 思わぬ朗報と捉えてもいいのだろうか。

 これが本当なら、自分たちは「偽造」の目を気にせずに対抗策を練ることが出来る。

 素直に喜べないのは、その事実に警戒心と疑念がまとわりついているからだろう。


 その原因である男は部屋を見回し、外へ出るためにベランダに出た。

 なんの警戒心も無い男はスタスタと部屋の中を歩く。藍徒たちは依然として、魔法は解いてなどいない。


「もっと楽しくお話しがしたかったけど、今は我慢しておくよ。じゃあ、絶対に殺されないでね。ボク以外のチームの奴らに」


 残念そうにそう言いながら、長身の男はマンションからスーツを翻して飛び降りた。藍徒たちの部屋は六階だ。

 慌てて下を覗き込むが、もう男の姿は無かった。


「……凄い疲れた」


「私も……」


 二人してフローリングに座り込む。

 魔法を解くと、一気に体の力が抜けた。

 心臓の鼓動も落ち着いていった。


「それにしても、なんでアイツあんなに俺らに肩入れしてくるんだ?」


「考えるだけ無駄だよ……レミルさんも言ってたでしょ? 今回の「選定」はまともな人格者が少ないって。きっと、サイコパスか何かだよ」


「でも、これで少し希望が見えて来たな。この三日間の内に『偽造』を迎え撃つ為の作戦を立てられる。……でも、今日はもう疲れたわ」


「そうだね。藍徒さんは休まなきゃ」


 疲労と安堵が混じった溜息をつく。

 あの男が何を考えているのかは、考えないようにしよう。

 けれど、少し思うことがある。

 もしも、もっと違う形で心が欠落していたら、自分たちもあの男のようになっていたのだろうか。


「そう考えると、ゾッとしねぇな……」


 そんなことに思考を働きかけるぐらいには、

 安堵が彼らに訪れていた。

 すぐさまその思考をシャットダウンした。

 今、考えるのはそんなことでは無い。

 自分たちが生き残る為の作戦を考えるべきだ。


「憂鬱」の男によって開けられたままの窓から、星が見える。やはり、都会には一等星ほどの強い光を放つ星しかなかった。

 ここまで再現されると、異世界という感覚が薄れていく気がする。


 しかし、ここは紛れもなく異世界で、無人の都市だ。自分たちの元いた世界を忠実に再現してあるけれど、命の危険が蔓延る世界だ。

 焦燥感や不安なんて数え切れないほどに、心に生まれてくるが、ごちゃごちゃになった頭の中を一掃して、生き残る術は未来の自分たちに任せることにした。



 ※※※ ※※ ※※※※※ ※※※※ ※※※



「よし、あとはここがいいか」


 残された三日間のうちにこの都市の地図を調達し、身を隠しやすい場所へ赴き、チェックをつけていた。


 幸いにも、この都市はある程度までの広さしか無いが、隠れやすそうな場所は幾らでもあった。

 地図は赤色の印が斑模様のように刻まれている。この都市は自分たちの世界とそっくりなのだが、地図には名前が無かった。


「無名で無人の都市……うん。カッケェな」


「中二藍徒さん、次行くよ」


「俺、高二ですよ!?」


 ラノベのタイトルにでもしようかなと思っていたら、中二心がくすぐられて口走ってしまった。藍徒はスタスタと歩く灯火に追いかける。


「あとは、武器だな。警察署があったから拳銃とか置いてあると思うけど」


「拳銃とか危なくない? もし暴発して腕が吹っ飛んだとかなったら、洒落にならないよ」


「本当に洒落にならないな……よくよく考えたら、拳銃の使い方なんて知らないわ。

 やっぱり、武器はなるべく扱いやすい奴にするか」


 相手を撃退する為の武器が自爆装置になっては、目も当てられない。

 都市にある店を回り、自分たちでも扱えそうな、武器になりそうな物を見繕う。その途中にいかにもというような物を見つけた。


「サバイバルナイフか……これぐらいだったら、俺でも使えそうだな」


 手に取ってみる。

 鈍色の光沢をしている凶器は、見た目に反してとても重く感じる。これは確かに敵と対峙することには最適なのだろう。


「よし、これにしよう」


 刃が剥き出しのサバイバルナイフを鞘に納め、

 着ているパーカーの大きめのポケットに仕舞う。


「灯火は? いらないか?」


「私は『涙淵』が武器みたいなもんだからいいよ。私には使えなさそうだし」


「そっか。……よし、これで俺らに出来ることはこんぐらいだな」


「そうだね。藍徒さん、刻印はどう?」


 パーカーの長袖を捲り上げ、右腕の紋章を見せる。もう殆ど黒く染まっていて、完治までに時間はもうかからないだろう。


「うん。大丈夫そうだね」


「あぁ、きっともうすぐで『偽造』が来る」


 二人は頭の中で自分の魔法をイメージした。

 緊張が走る。ついでに恐怖も。

 でも、足掻くって決めた。抗うって決めた。


 足なんて震えてばかりだ。

 だけど、そんなの強がりでどうにでもなる。


「まだ、始まったばかりなんだから」


 勝手に心から漏れ出した言葉だった。

 それを聞いた灯火は何も言わず前を見据えたままだ。

 それが、妙に心地よくて笑みが溢れる。


 藍徒も同じように真っ直ぐな瞳をした。

 右腕の刻印はもう全て黒で染まっていた。


 日が暮れる。ここが戦場になることなどお構い無しに、都市は相も変わらず照明の光を煌々と放つ。



「煩わしい光ね。こんな場所で生活しているなんて、心中お察しするわ」



 日が完全に沈んだと同時に、「偽造」の彼女は現れた。スクランブル交差点の真ん中で都市の空元気な明るさに、仮面の下の顔をしかめた。


「前まで、テメェもいた世界だよ。そんなに居心地悪いなら、帰ってどうぞ?」


「戯れ言を。せいぜい足掻き方は見つかったのかしら? 『空っぽ』な『空洞』さん?」


 挑発に笑ってやった。ふざけるなと。


「おかげ様でな。お前の方こそちゃんと準備して来たか?須藤凛花。『ニセモノ』のお前に大人しくやられてやるほど諦めよくないんだよ、こっちは」


「ニセモノ」と言われて、激情が胃液のように逆流して来そうになった。それを寸前で止め、何でもないように、凛花は愛想笑いをした。


「……虚勢が得意のようだけれど、所詮貴方たちは私に殺されるのよ」


「勝手にほざいてろ。立ち止まる訳にはいかねぇんだよ。俺たちも『空っぽ』なんて名前捨てたい一心なんだよ。お前と同じように」


「レミルさんに約束したの。きっと、自分たちの生きている意味を手に入れるって」



 一歩前に出て、「暴動」と「涙淵」を呼び起こす。不敵に笑ってみたあと、最後にこう吠えてやった。



「そういうことだ。挑発は終わりか? だったら、さっさと来いよ。テメェが見下してる『空っぽ』が『ニセモノ』に噛み付いてやるからよ」




 都市の照明が一番強く光を放った時、「空洞」と「偽造」の殺し合いの火蓋は切って落とされた。



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