第11話「足掻き方」
「そうか。あのバケモン送りつけて来たの「偽造」だったのか……というか、灯火大丈夫だったのか? 何もされて無いか?」
「うん。大丈夫……とにかく、今はどうすればいいのか考えないと」
もう日は暮れていた。
「偽造」から「死刑宣告」を受けたという話を聞いた藍徒は、頭を悩ませていた。
この「選定」において、他チームの殺害は「道化師」を手に入れる手段であるということは分かっているのだが、怪物の時とは勝手が違う。
相手は自分たちと同じ人間だ。
殺される気も無いが、殺す気もさらさら無い。
生温い生活を送ってきた人間に、人を殺す度胸なんてある訳も無い。
自分の良心と殺されるかもしれない恐怖が混ざった思考を抜けると、腑に落ちない疑問点が頭をよぎった。
「俺たちが万全の状態になったら、殺しに来るってどういうことだ? 舐められるのは仕方ないけど、なんだって一番殺しやすい今の状況を狙わないんだ?」
「きっと、舐めプだよ。私たちのこと舐めきってるんだよ」
「やっぱ、他のチームに比べたら俺たちは雑魚以下なんだろうな。まぁ、それを理由に死んでやるほど腐ってないけど」
柔らかい布団の上に倒れる。天井の照明の光に顔をしかめて、目を手で覆い隠す。
本当に軽く見られているだけなのだろうか。
そうせざるを得ない何かがあるのではないか。
もっとも、その考えを確信に変えられる情報が何一つ無い状況なのだが。
ふと、右腕の刻印に目を向ける。
まだ完全とまではいかないが、少しずつ黒い刺青のような模様が腕に刻まれていく。
「万全の状態って、俺らの魔力が全部回復した時だよな……なぁ、本当に全快するまで待ってくれるんならずっと魔力使ったらいいんじゃね?」
ふざけていると思われるかもしれないが、それが出来るなら何らかの対抗策を練る為の時間が稼げる。
藍徒からしてみれば、本気のようだ。
「そんな都合の良いことある? それに、あの女、私たちを監視してるって言ってたよ。あからさまに魔力を消費するようなことしたら、痺れを切らして殺しに来るかも」
「……ですよね」
そんな馬鹿げた希望は灯火の言葉によって一蹴された。
「やっぱ、迎え撃つしかねぇのか……それにしたって情報が無さすぎる」
「ヴァイオレットさんにダメ元で訊いてみる?」
「無理だと思うけどなぁ……」
藍徒が渋い顔をするのは理由がある。
以前、いつ襲撃されてもいいように都市の逃げやすい場所や隠れやすい場所を探していた時に、他チームの情報も把握しておきたいと思い、藍徒はヴァイオレットを呼び出し、いつもと同じように質問をした。
他チームにはどのような人物がいるのか、どのような類の魔法を使って来るのかということを。
彼女は、それをタブーだといわんばかりに、申し訳なさそうに首を振った。
「それは質問の域を超えております。私個人で
「選定」に参加しているチームに肩入れをしてしまうのは、レミル様から禁じられています。
たとえ、レミル様から多大な信頼を寄せられている貴方たちだとしても、それは叶いません」
そう告げると礼儀正しく頭を下げて、ヴァイオレットは何も言わずにその場から消えた。
「そりゃそうだよな。それじゃあ出来レースになっちまう。まぁ、あの人らしいけどな。やっぱり、ヴァイオレットさんに訊くのやめとこうぜ」
「そうだね……」
ポケットの中にあるベルを取り出して鳴らそうとしていたが、また仕舞い込もうとする。
その時、思い出したかのように藍徒は再びポケットの中に手を入れた。
「……いや待て。大事なこと訊き忘れるところだった。危ねぇ……」
「どうしたの?」
「少しな……ヴァイオレットさん呼ぶぞ」
「? ……分かった」
藍徒はベルを少し強く鳴らした。
鐘の音色が部屋に反響して、隅まで響かせる。
段々と音が消えて、何も聞こえなくなった。
すると、白い絹のような髪をなびかせてヴァイオレットは現れた。佇まいを正してお辞儀をする。
「こんばんは。藍徒様、灯火様。先日はご期待に添えず、申し訳ありませんでした」
「謝らないでください。あれは俺が悪いところもあるんですから……今日はあんな質問はしないんで、安心して下さい」
頭を下げたままのヴァイオレットに、顔を上げるように声をかける。
そう言われてヴァイオレットは顔を上げ、真っ直ぐな瞳を向けてきた。
「それでは、私がお応え出来る範囲でなら何なりと」
「俺の魔力はいつ全快の状態になりますか?」
いつになく真面目な声のトーンで話す。
これが、藍徒が訊きたかったことだ。
魔力が全て回復したら最後、「死刑宣告」は始まってしまう。それまでにどれくらいの時間の猶予が残されているのかを確認したかった。
藍徒は右腕を突き出す。右腕の刻印を見て、ヴァイオレットはこう告げた。
「魔力を完全に使い果たしたのであれば、全快するまでにはある程度時間がかかります。今の状態を察するにあと三日ほどかと思われます」
「三日……」
これは少ない時間と捉えるべきなのだろうか。
しかし、事実としてこの三日間の内に何か対抗策を立てなければ勝機は更に薄くなってしまう。
不安が心を煽る。そのことに少し、苛立ちを覚える。
「質問は以上でよろしいでしょうか?」
そんな不安定な心境から、ヴァイオレットの声によって我に返った。
「……あ、はい。ありがとうございます。ヴァイオレットさん」
「いえ、私にはこのようなことしか出来ないので……それでは、ご健闘をお祈りしております」
いつもより寂しげな口調でヴァイオレットは指を鳴らし、姿を消した。
深く溜息をつく。正直言って、状況は深刻だ。
相手がどのような戦いを仕掛けてくるのかも分からず、こちらの動きは随時見張られていて制限がかかっている。
そして、タイムリミットは三日間。
そう考えると、溜息のひとつもつきたくなるものだ。
「あのバケモンの時みたいに正面からぶつかって行っても、倒せるような相手だとは最初から思っていない。何か作戦を立てたいけど、それに必要な情報もゼロに等しい。
まさに、八方塞がり。
……うるせぇよ。俺の脳内ナレーション。
そんなんで、くたばってたまるか」
何も無い虚空を睨み付ける。その目は鋭いけれど、どこにも屈折していなかった。
それを見ていた灯火も、口を開く。
「私たち二人だったら、きっと大丈夫だよ。二人ならね」
「あれ? まだ、お怒り?」
「当たり前。藍徒さんが私を護りたいように、私も藍徒さんを護りたいと思ってるんだよ?」
彼が向けている視線に、自分をねじ込む。
彼女も同じように真っ直ぐな瞳をしていた。
「だから、私だけじゃなく自分の心配もして? 大丈夫。私だって戦えるんだから」
弱々しくではなく、今度はしっかりと藍徒の手を握った。
そうだ。自分たちの心は不安で揺れるような不安定な代物だけれど、強がりで立て直すことも出来る心だ。
安っぽくてもいい。軽く思われてもいい。
今は、醜く足掻く道を選ぼう。
「そうだよな。……俺、色々と勘違いしてたわ。これは二人の戦いだったな」
「やっと、分かってくれました?」
「あぁ。無様に足掻いてやろうぜ。俺たちは立ち止まる訳にはいかないんだから」
勝機が如何ほどか考えている時間なんて、無い。
脅威に身を竦めているポーズなんて、要らない。
ただ、眼前に広がる絶望に一泡吹かせる。
それだけを狙いに定めていればいい。
自分たちなりの抗い方をすればいいだけのことだ。
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暖かさに無縁な部屋は、ヴィルムートの部屋だけでは無い。
彼女の部屋もまた、冷たくて、重い空気で満たされていた。
それが心地よいと感じている彼女は、「異常者」には相応しい。
ただ一つの光は、希望を被っている「空洞」の様子を映していた。
「貴方たちなんかの手に渡る訳が無い。貴方たちは、私の手によって消えるのよ。『空洞』の分際で、希望を持つなんておこがましいわ」
その声は、存在を嘲笑うような軽いもので、深い恨み言のようで、そして、助けを求めるような悲痛なものだった。
「やめてくれる? 監視するの」
少し不愉快そうな声が、暗い部屋に響く。
凛花は慌てて後ろを振り返る。
するとそこには、リストカットの傷だらけの男が「憂鬱」そうな表情で立っていた。
「貴方……一体どうやって?」
「そんなことはどうでもいいよ。とにかく、監視するのを止めろ」
不愉快から苛立ちに変わった声色を聞いて、凛花は無人の都市に仕掛けておいた魔法を解いた。光が失われて、部屋は月明かりしか入ってこない。
それを見て、「憂鬱」な表情を消して男は無垢な子供のように笑った。
「うん、それでいいんだよ。これからも監視はしないでね。彼らが万全の状態になったら、ヴィルムートがキミに教えてくれるでしょ。
ヴィルムートには、もう監視の話はつけているしね」
「……貴方は何が目的なの?」
凛花は長身の男を睨み付ける。それに微笑を浮かべた「憂鬱」はこう告げた。
「知らなくていい事だよ。どうせ話したところで、誰にも共感はされないしね」